そして出発…………?

「……本当に城から出てしまったのですね…………」


 腕輪の力で姿を変えたブランシェが、城下町を囲む城壁を見上げながら呟く。


 カギの神具で消えた後、ブランシェを探しに出る兵士達の後ろに付いて城を出て、そしてそのまま姿を消しながら荷馬車の真後ろに付いて城門まで出てしまった。


 つまり此処は、ブランシェが16年間住んでいた首都トエロの外側。


 そして周りを見渡せば、身を隠す為に入った森の木々が怖い生き物の様にザワザワと揺れ動き、少し先の闇が何もかも飲み込んでしまいそうな程暗かった。


 それで父親に歯向かった罪悪感や、見えない未来への恐怖が後から後から湧き出てしまったブランシェがカギの方を向こうとして…………けれど誰も居なかった。


「カギさん!? カギさん!」


 慌てて叫ぶと、上から声。


「ちょっと、あんまり大きな声出さないでくれる?」


 それで木の上を見ると……結構上の方にカギが居た。


 ホッとすると同時に疑問が湧くブランシェ。


「あ、ごめんなさい。それで……っと、あの、木の上で何されてるんですか?」

「色々。……さ、こっちに来て」

「はい? え? あ、あの、こっちとは……まさか木の上ですか?」

「野犬とか捜索隊とかに会わない為だよ。木の上の方が見つかり難い。だからほら、早く」


 そうカギに急かされたものの、木登りなんて一度もしたことが無いブランシェには土台無理な話で……。


「あの! その……わたくし…………」


 オロオロしているブランシェで察したのかカギが下に降りてきて手を出した。


「ほら掴まって。足はそこの窪み……そ。んでそこの枝掴んで…………」


 そうしてカギの言葉に従って必死で登るけれど……


(高いですわ。怖いですわ。強い風が吹いたら大丈夫ですの? 落ちたら痛そうですわ。いえそれよりも首の骨を折ったら、回復魔法掛ける前に死にますわ。旅立つ前に終わりを迎えてしまいますわ!)


「うん、ここら辺で良いかな。じゃあ、そこの太い枝に座って……そうそう、しがみついてれば安心だから。んで、日の入りまで後……4時間位?だから、せめてそれまでは此処で我慢して下さいね」


(4時間!? こんな不安定な場所で!? 嫌ですわ。怖いですわ。無理ですわ無理です無理…………)


「無理っぽいですか?」

「ががががが頑張って、みます…………」

「そ。じゃあ頑張ってくださいね」


 ついいつもの癖で“良い子”の返事をしてしまうブランシェに、カギがのほほんと突き放す。それで内心焦るブランシェ。


(違います! 違うのです! 怖いのです! 怖い怖い怖い怖い……)


「そういえば、お姫様の生活ってどんななんですか?」

「ふぇ!?」

「やっぱり毎日お茶会とか宴とか、沢山あるんですか?」

「え? あ、いえ、頻繁にされている方もいらっしゃいますが、わたくしはあまり……」

「なんで?」

「えっと、何故と言われましても……その、わたくしは、その、修道女でもありますし、ですからあまり遊ぶのも……」

「えー! じゃあ、いつも何やってたの?」

「え? えっと、あの、その、修道女としてのお勤めとか、勉強とか……」

「うわー……清すぎー。じゃあ好きなお菓子は?」

「お菓子……ですか?」

「そ。何が好き?」

「えーっと……マカロンとか、ホットチョコレートとか……」

「うわっ!? 出た出た高級品! ……ね、チョコレートってどんな味?」

「どんなと言いますと……その…………………」


 こうして後から後から質問攻めにあったブランシェは、次第に恐怖心より答えを考える方に意識が持っていかれ……割とすんなり夜を越せたのだった。


       ★


「さて……捜索隊の気配も無かった事だし、城門が開き次第トエロに戻って宿で休もうか」


 まだ若干薄暗い林の中でカギが言うけれど、ブランシェは目を瞬かせる。


「? 戻るのですか?」

「うん。なにせ旅の準備、全然でしょ? それに少し休みたいし。食事もしたいしね」

「ですがわたくし達を探している可能性が……」

「あるかも知れないけど、腕輪を外さなければバレないし、そもそも巡礼の旅に行くって言ってて留まってるなんて変でしょ? おそらく今日の午前中までトエロ中を探して、その後は外に焦点を当てると思うよ」

「そうなのでしょうか……」

「ま、行ってみて噂話聞けば分かるでしょ。行こう」


 そうサクサクとカギが検問まで歩いて行くから、疲れと不安で倒れたいのを我慢して付いて行くブランシェ。しかし城門に立っていた兵士の言葉に青ざめてしまう。


「身分証を出して下さい」


(どうしましょう……わたくし持っていませんわ! ですが持っていたとしても出せませんし…………)


 そうオロオロするブランシェの横で、苦い顔になるカギが兵士に言った。


「それがですねぇ……盗まれちゃいまして」

「盗まれた?」

「そうなんですよ! 3日前の宿屋で置き引きにあって……宿の主人に文句言ったんですけどね、向こうも『個室を選択しなかった時点で自衛してないお前等が悪い』の一点張りで、でもそれは無いでしょ? こっちは生きるか死ぬかの大問題なのに。その癖…………」

「分かった分かった! もう良いから、向こうで再発行の手続きをしてきて下さい」

「はーい」


 そう不満そうな声を出したカギだけれど、ブランシェを見た瞬間ニヤリと笑った。それでいけない事だと分かっていながらも感心してしまうブランシェ。


(カギさん……ああもスラスラ嘘が言えるなんて、一体何者なのでしょう? 確かに悪魔の様にも見える行動を起こしていたのは事実ですが、それはわたくしを助ける為で……だからやはり悪魔とは思えません。ですが何者だろうと罪を犯している事は事実ですし、正さなければならない筈。……だけれど正直に言えば城に戻されてしまうかも知れませんし、そもそもわたくし自身、お父様に歯向かって悪事を働いてしまいました。なら、わたくしは一体どうしたら…………)


「はいコレ」

「!?」


 突然ブランシェに差し出されたのは身分証。どうやら結構な間悩んでいたのだと、ブランシェは思い知った。しかし答えは出ない悩みで……だから仕方無く思考を一度放棄して身分証を見ると、そこには“シロ”という名前と、遠い北のリュース国出身の平民と記されていた。


「大変だったみたいだが、此処は聖女が居られる土地。きっとお前達にも幸運が訪れるだろうよ」


 近くに居た兵士の言葉が、ブランシェの心に棘を刺す。


(聖女が居る土地。……ですがわたくしは、そんな国民の気持ちを無視して旅に出ようとしている。…………本当にこれで良かったのかしら?)


 ブランシェは見知らぬ街の景色に目移りしながらも、心の奥底には重い不安が巣食い始めていた。


        ★


 そんな状態で連れて行かれた先は宿屋。しかし街中を見た事が無いブランシェにとっては未知の世界で……看板がある事すら分からずに首を傾げる。


「えっと…………此処はなんですか?」

「此処は昼は食堂、夜は居酒屋をしている宿屋だよ」


 そう言いながらドアを開けようとして……慌ててブランシェに忠告してきた。


「あ、ごめん。言い忘れてたけど、今回の身分証で僕達は兄妹って事にしてあるから。だから僕に『さん』付けは止めてね」

「は、はい! カギさん」

「いやだから、カギでお願い」

「はい。えっと…………カギ?」

「ん。じゃ、よろしく」


 そうしてドアを開けると、中はブランシェの想像とは程遠いものだった。


(これは煙草とお酒? 酷い匂いだわ。それに、そこまで広くない場所なのに、こんなに沢山のテーブルと椅子、それに人が多過ぎる。本当にこんな場所が食事場所だというの?? 舞踏会の休憩場所より狭いわ)


 大衆食堂としては一般的な状況なれど、城での生活しか知らない彼女にとってはゴチャゴチャしてる様にしか写らず、思わず眉をしかめた。


 なのに店員らしき人と話し戻ってきたカギがとんでもない事を言い出す。


「シロ! 僕達、2週間ここで働ける事になったから!」

「はいっ!?」


 あまりにも唐突な状況に意味が分からず変な声を出すブランシェに、先程カギと話していた店員らしき女が続けて言ってきた。


「大変だったんだね。置き引きだって? ウチはあんまり沢山の給料は出してやれないけど、寝食の保障はしてあげるから。少しの間宜しく頼むよ」

「本当にありがと、お姉さん!」

「いやだ、もう『お姉さん』の年じゃないよ! オバさんかロラと呼んどくれ! ……さて、それじゃあ先ずは腹ごしらえだね! そこに座って、少しだけ待ってな!」


 それでロラが居なくなると、ブランシェは慌ててカギに意味を聞いた


「あの! さっきの働くとは……」

「そのままの意味だよ。金が無いから働くの」

「ですが宝石が……」


 言いながらカギの腰を見ると……宝石を入れていた筈の袋どころか、カギ自身の持ち物すら無かった。


 そんなカギが答える。


「持ち物は、全部夜に居た木の辺りに隠したよ。てかアレをへーリオスで売る訳無いでしょ。すぐに足がついちゃうじゃん。それに置き引きの信憑性高めるには荷物なんて無い方が良いしね。……てコトで、2週間頑張ろ!」


 外の世界に無知なブランシェに、反論出来る余地は無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る