怒りましたわ!
「まだ此処だったのですね、お父様」
ブランシェが兵士の案内で執務室に入ると、仕事中の国王の顔が破顔した。
「おお! どうした、こんな夜中に」
「実はお父様にお願いがありまして…………」
「……なんだね?」
「………………じゅ、巡礼の旅を、させて下さい」
緊張で震える声に、国王の目が驚きで大きくなる。
それもそのはず、ブランシェはほとんど我儘を国王に言った事が無かったから。あったとしても“本を下さい”程度。
だからとても勇気がいる行為だったものの、これが最良の案だと信じて疑わなかった。
自分が世界中を回る事でトエロ以外の人々も安心し、またブランシェ自身も世界中の色々を見る事で善悪の線引きが出来るであろう案。
しかし国王の答えは否定だった。
「済まぬ……。その願いは、叶えてやれない」
「何故ですか!? 魔王の影響が出たのでしょう! わたくしが各地の教会へ赴けば、励ます事も出来るかも知れないではないですか!」
「悪魔が出たらこそ、だ。……そなたは学んだのだろう? 400年前に起きた聖女が殺された話を。本来務めを果たす筈だった年から次の聖女が18になる迄の間、各地で天災や魔獣災害が起こり、世界は地獄と化した。だからこそ今、そなたを危険な目に合わせる訳にはいかない」
「ですがそれは、殺された聖女が赤子だったからでしょう? わたくしなら大丈夫です! 魔法学も魔法医学も結界学も学びました。白き聖女の名に恥じぬよう、回復・補助魔法に関しては、ほぼ習得致しました! 簡単には死にません」
「ブランシェ……分かってくれ。悪魔が出た以上、そなたを死なせる訳にはいかない。何が何でも守らなければならないのだ」
それはまるで、ブランシェが一度でも外に出たら確実に死んでしまう様な、そんな恐怖からくる使命感のような言葉で……そしてブランシェの気持ちなど、一切考えていないものだった。
「もう…………良いです」
「……ブランシェ?」
「わたくし、ずっと疑問に思っていました。何故城の外に出てはいけないのか、何故政治に参加させて貰えないのか、何故孤児院訪問の時ですら周りの人と交流させて貰えないのか、と。わたくしは、ずっと自身が至らないからだと思っていまいりましたが…………お父様にとってわたくしは、使命を果たす為だけの子どもだったのですね……」
「ブランシェ……それは違うぞ!」
「聞きたく御座いません! ……失礼します」
ブランシェは、走り去る様に執務室から出た。
★
そうして来たのは、カギの居る牢屋。
「せ、聖女様!?」
「カギと話をさせて下さい」
「いや、ですが…………」
初めて見る怒り顔のブランシェに、しどろもどろに止める門番。しかし怒り心頭のブランシェには通じない。
「良いから入れて下さい!」
「ですが…………」
「どうした、騒がしい」
突然扉が開いて出てきたのは、ブランシェにとって恩師に近いギュスターヴ枢機卿だった。
「おや、ブランシェ君じゃないか。どうしたんだい、こんな所で? ここは君の居て良い場所では無いよ」
優しい表情のギュスターヴ。しかし父親に裏切られた気分のブランシェには、その笑顔すらも嘘に思えた。
「ギュスターヴ枢機卿こそ、何故ここにいらっしゃるのですか?」
「なに……面白い人物を見つけてね」
そうギュスターヴが後ろを見ると、そこに居たのは旅支度が整っている姿のカギ。
「…………ギュスターヴ枢機卿がカギを釈放なされたのですか?」
「おや、彼を知っていたのか。……ふむ、なるほど。なら君も神具狙いか。しかし残念だね、彼は私が貰うよ」
「貰う……とは?」
「勿論……私との契約に同意した、という意味だ。釈放と調査許可証、及び成功報酬でオグル遺跡品1個につき200万リルを約束したのだ」
「200万リル…………」
「貴族の家なら余裕で買える金だな。しかしオグル遺跡品と言う事を考えれば安いもの。だが……いやはや、ブランシェ君まで狙っていたとは、その手の欲とは無縁だと思っていた分だけ驚いたよ」
楽しそうに話すギュスターヴ枢機卿を見て、ブランシェは心底理解した。
誰もカギの罪など見ていない事を。
先程、父たる国王がブランシェの気持ちなど考えていなかった様に……皆が自分の事ばかりで、他人に対しては表面だけの対応なのだと。
『私利私欲を神の名前で包む聖職者より、損得勘定の方がマシだと思うけどね』
牢屋で聞いたカギの一言に納得したブランシェは、カギに思いを聞いて貰おうとする態度をやめて……そして覚悟を決めた。
すなわち、『誰もが自分事だけなら、自分もそうしてしまおう』と……。
「カギさん……」
「なに?」
「わたくしは未だに貴方の罪について、どう有るべきか答えが出ません。ですがお願いがあります。……わたくしと共に巡礼の旅に来て下さい」
「は?」
「ブランシェ君!?」
「聖女様!?」
全員目が点になるけれど、怒りのブランシェにはどうでも良かった。
「わたくしは、ずっと法が正しいと思っていました。ですが分からなくなりました。何を信じれば良いのか、怖くなりました。このままだと本当に魔王を封印して良いのか分からなくなってしまいそうなのです! ……カギさんは、お金が有れば動くのでしょう? お願いです。魔王封印の日までわたくしを護衛し、わたくしに様々な物の見方を教えて下さい」
ブランシェの頼みに苦渋顔になるカギ。戸惑う兵士と、思い留まる様に説得するギュスターヴ。
しかしブランシェは信念を曲げまいと、力を込めてカギを見る。
だからか、少ししてからカギが頭を掻きつつ聞いてきた。
「…………遺跡調査許可証は?」
「何とかします。無理でも、最悪わたくしのが有ります」
「報酬は?」
「わたくしの部屋にある宝石類を全て貴方に差し上げます」
それで考え込むカギに、ギュスターヴが少し苛立った様な声で牽制してきた。
「ブランシェ君……駄目だよ、変な気を起こしたら。君は聖女だ。魔王を封印しない等と馬鹿げた事を言ってはいけない。それに小童も……そなたは私と契約した身。話自体、耳を貸す事など言語道断の筈だ」
「それを言うなら、まだ口約束の段階でしょ? 遺跡調査証もこれからだし、契約書も書いてないから未契約に近いよ」
「なっ!」
「それに魔王を封印して貰えないとなると、ぶっちゃけ世界崩壊じゃん? 小者の僕としては震え上がっちゃう話だよね」
「なら…………」
ブランシェは唾を飲み込む。
するとカギはニヤリと笑った。
「色々思う事はあるけど…………良いよ。乗ってあげる」
するとカギがブランシェの腕を握り引っ張り、その瞬間、周りが騒ぎ出した。
「消えた!?」
「ブランシェ様は? あの小僧は?」
(消えた? どういう事ですの??)
大混乱しているブランシェではあるものの、カギに口を塞がれていて声に出せない。
「くそっ! 矢張りもう一つ神具を隠し持っていやがった! おかしいと思ってたのに…………あー! くそっ!! そこの近衛! はやく探せ! それがそなたの役目だろう!」
「は、はいっ!」
「それにそこのヤツ! そなた等の職務怠慢がこれを招いたのだ! どうしてくれるっ!!」
「も、申し訳ございませんっ!! すぐに捜索致します!」
そうしてギュスターヴは怒りをぶつけながら兵士と共に牢屋を出て……そして部屋にはブランシェとカギだけになった。
手を離したカギが、扉に耳を付けて少しの間扉向こうの状況を探り……そして耳を離した。
「……ふぅ。じゃあ休憩がてら少し話そうか」
そうカギは笑うけれど、大混乱のブランシェにはまず聞かないといられない。
「では……あの、先程のアレは……」
「ん? コレの事?」
カギが、耳に付いていたカフスをブランシェに渡してきた。
まじまじとブランシェが見ると……裏にびっしりと神語が書いてある。
「姿だけ隠すヤツね。音は無理。……隠したい所をイメージする感じで出来るよ」
(やはりこれも知らない無い神具。…………それにこんなに小さなもの……今まで一度たりとも見た事ありませんわ……)
それで得も知れない恐怖を抱きつつカギにカフスを返すと、カギは苦笑しながら受け取った。
「素直に返すとか……真っ直ぐに育ち過ぎじゃない?」
「駄目…………なのですか?」
「いいや。きっと素直な事は良い事なんだと思うよ。さて……それより急ぎたいから僕の質問にも素早く答えてね。……取り敢えず遺跡調査証と旅費が欲しいけど、どこに行けばいい?」
「遺跡調査証は自室にありますが……お金は持っていません」
「……………………なら宝石とかで……」
「それなら自室ですわ」
「じゃあ、声無しで部屋まで案内して」
「わ……分かりました」
それで頷いたカギがブランシェの腕をとって、静かに小さく扉を開ける。そして周りの様子を見てから牢屋を出た。
★
(まるで冒険譚の中に居るようですわ……)
そう、足音をたてないように気を付けつつカギの後ろを歩きながら思うブランシェ。
悪事である事や楽しむのは不謹慎だと考えているものの、昔好きで読んでいた冒険譚のスリリングな展開を思い出しては高揚感に胸を躍らせていた。
(あ、そこ、そこです!)
自室の扉を指差すと、頷いたカギが曲がり角まで戻ってブランシェに隠れる様に指示する。しかし気になるブランシェ。興味本位で自室の扉前をそっと見ると、突然扉を守っていた兵士達2人が殴られた様な動作をしつつ倒れた。
(突然近くの人間が一人で殴られて倒れるというのは、からくりを知っているから状況が分かるものの、知らなければ悪魔と勘違いしてしまいそうですわね……)
若干の申し訳なさを抱きつつも、目の前の不思議な光景に感心してしまう。
しかしそんな呑気な事を考えるなとでも言うかの様に、カギが一瞬姿を表してブランシェにドアを開けるよう指示してきた。
それでブランシェは慌てて意識を切り替えて、部屋の中へ……。
「姫様!?」
「ブランシェ様!」
侍女達が驚き不安そうな顔でブランシェの所へ駆け寄ってくる。
「どういう事ですか? 先程、ギュスターヴ枢機卿がお怒りの状態で来られて『姫様は何処だ』と……」
「何かあったのですか?」
「心の内に溜まっている物があるのなら、どうぞ私達に話して下さい!」
ブランシェは侍女達の言葉に嬉しくなるものの、もしも自分が“白き聖女”でなければこんな風に心配される事などないのだろう……と、そんな風に思えた。
だから流されては駄目だと、ブランシェは心の中で言い聞かせ、話す。
「皆様……わたくしは、今から巡礼の旅にでます」
「!?」
「その様な話、私共は聞いていませんが?」
「ええ。少し前にお父様と話をして、反対されました」
それでホッとした表情をみせる侍女達。それでブランシェに罪悪感が湧くものの、奥の方で遺跡調査証が入っている衣装箱が静かに開けられているのを見て、心を鬼にする。
「お父様はわたくしが使命を果たす為に生きている事が大切だと言っていました。ですが……わたくしは使命の為だけに生きる気はありません! 王女として、神を崇める信徒の1人として、わたくしは出来る事をしたいのです。その為の巡礼の旅です。その為の遺跡調査です! だから……ごめんなさい」
「姫様!?」
「どういうことですか!?」
ブランシェが頭を下げた時、兵士達が大人数でなだれ込んできた。
その彼等全員に、ブランシェは宣誓する。
「わたくしは今からこの城を出ます。そして世界の人々を励ます旅をしたいと思っています。ですが安心して下さい。18の使命の日までには戻ると約束します。なのでお父様……陛下には、くれぐれも連れ戻そうなど思わないで下さいとお伝え下さい。………………カギさん」
瞬間、ブランシェの姿が消えた。
驚く兵士や侍女達。
しかも突然部屋の窓が開いて、より現場は混乱した。
「外に出られたのか!?」
「ブランシェ様っ!」
「何処ですか!」
城は夜中にも関わらず兵士達が騒ぎ、探し回り…………しかしブランシェの姿を見つける事は出来なかった。
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