カギという人間
「やぁこんばんは、お姫様」
尋問室に入ると、尋問されている筈の少年・カギがにこやかに出迎えてきた。
それで慌てる尋問官。
「お前! 聖女様に向かって無礼だぞ!」
「じゃあ挨拶しない方が良いって事? 僕はそっちの方が失礼な気がするけどね」
「挨拶の仕方を考えろって言ってるんだ!」
「そんなの底辺の人間に言っても無駄だって分かんない? 頭悪いなぁ」
「貴様……」
まるで捕まっていると思えないカギの態度に尋問官の額には青筋が浮かび、マルクも苛立つ表情をみせる。そしてブランシェも、前に会った時には感じられなかった棘に、どう対応して良いのか分からなくなってしまった。
しかしそんな事は構わないのか、まるでここの主の様にブランシェに話し掛けるカギ。
「それで? お姫様が僕に何の用ですか?」
「……それは……その………礼を…………」
「礼? ああ、昨日ですか? でもそれなら言葉よりも此処から出してくれた方が嬉しいな」
「貴様! ブランシェ様がお前の様な薄汚い小僧に礼をして下さってるんだ! それを……」
「どんなに高貴な人だって、投獄一歩手前の僕からしたら意味がないよ」
「違う! それはお前が罪人だから…………」
「だからそうやって…………」
尋問官とカギのやり取りは煩いくらいで、ブランシェは初対面だろう人間とここまで言い合える2人に驚きつつも、カギに対して減刑や罪の償いについて話すべきなのか分からなくなっていた。
それで黙っていたブランシェに、少し落ち着いたらしいカギが言う。
「ま、この兵士さんの馬鹿発言は置いておいて……お姫様、どうせこうなる事は分かってたので、気に病む必要は無いですよ」
その言葉が気になったのか、マルクが前に出る。
「逮捕されるのが分かってて助けた……と?」
「そうだよ。困ってるお姫様を助けるなんて、物語の主人公みたいで格好良いでしょ?」
「ふざけないで下さい!」
突然机を叩くマルク。その顔からは疑いと嫌悪が滲み出ていた。
「貴方がた放浪者の頭の中は、いつだって損得勘定ばかり。……何かあるのでしょう? わざわざブランシェ様に腕輪を使った理由がっ!」
「私利私欲を神の名前で包む聖職者より、損得勘定の方がマシだと思うけどね」
「偏見で物を言うのは止めなさい」
「そっちだって偏見でモノを言ってんじゃん。……まぁいいや。何か有るのかと聞かれたら、無い訳じゃないよ」
「ほら見なさい。やはり放浪者なんて……」
「違うって! 腕輪の力を教会の上層部に見せる理由はあったけど、わざわざお姫様を使った理由は無いって言ってるの。……そもそも! お姫様が街に降りるなんて知らなかったし、それで面倒な目に合うかどうかなんて分かるはずないじゃん! 割と頭良さそうな雰囲気醸し出してる癖に、馬鹿なの?」
(あの時は気付きませんでしたが、とても言葉使いが悪い人だったのですね……)
ポンポンと喧嘩を売るカギに若干のモヤを抱きつつも、自分とは違って言いたい事を言えている羨ましさを感じるブランシェ。
逆に言われた方のマルクは苛立ち始め、しかし冷静を装い聞く。
「なら、教会に見せる理由は何だったのですか?」
「これの使い方を教える代わりに、僕をここから出して、そして遺跡調査出来る許可書をちょうだい」
「だからさっきから何度も出来無いといってるだろ! この犯罪者がっ!」
今度は苛立ち混じりに尋問官が言うけれど、カギは淡々と脅す。
「だから判断を上に仰ぎなって、それこそ散々言ってんじゃん。……いい? この腕輪、教会からしたら歴史的発見なんだよ? でも使えない。僕以外誰も。……いいの? いい加減にゴネ続けると、こっちだって舌噛み切ってやるからね。本気だよ。そしたらこれ、数十年先までガラクタになっちゃうよ? それにコレを見つけたオグル遺跡は、君達へーリオスにとって厄介な場所なんじゃないの? 地図上で言えば端と端、とんでもなく遠い場所だし、おまけに厄介なトランディア国の管轄だし、それにまだ誰も中まで入った事が無い難攻不落な遺跡。だけど……それを攻略する知識を僕が持ってるとしたら? たかだか軽犯罪者一匹を野に放つのと、歴史に名を連ねる可能性を捨てるのと……教会の皆さんは、どっちが得なんだろうね?」
(カギさんは本気なのかも知れないけれど、わたくしなら舌程度なら治せるし、オグル遺跡には神の結界が何重にも張ってあって入れない筈で、だから嘘を言っている可能性もある。……安易に罪を見ない振りしてはいけないわ)
情状酌量による減刑は求めていても、悪は悪だと信じて疑わないブランシェ。
しかし他の2人から出た言葉は…………
「……マ、マルク様、どうしましょう?」
「…………私だけの判断では決めかねます。大司祭様方に判断を仰ぎましょう」
まさかの保留という判断。
戸惑うブランシェとは対象的に、カギはニヤリと笑って言った。
「なら、色良い返事を期待させて貰うよ」
★
「ねぇマルク。……何故、先程の交渉を大司祭様方に仰ぐ形にしたのですか?」
自室に戻る途中、ブランシェは思いきって聞いてみた。すると苦渋を舐めた様な顔のマルクが言う。
「申し訳ありません。私もあの小僧の小賢しい態度には苛立ちしか覚えませんでしたが、あの場ではああ言うしかありませんでした」
「彼の善悪よりも腕輪の解明の方が優先される可能性がある、と考えているのですか?」
「…………大事の中に小事なし。悪魔が出た以上、魔王による防衛を最優先に考えるべきと考えます」
「……………………」
魔王の単語に、ブランシェはルイーズの言葉が蘇った。
『それにしても貴女……実は不吉な聖女なんじゃなくて?』
(わたくしが至らないばかりに、彼等にこの様な選択をさせてしまったのでしょうか……?)
目に見えない不安の中、ブランシェはマルクと別れた。
★
翌朝、ブランシェは朝の祈りを果たしてすぐに、もう一度カギの元へ行く。
しかし苦い顔の兵士に通して貰った格子の向こうで待っていたのは、寝ているカギ。
「寝ていらっしゃるなら……仕方ありませんね。出直します」
そう少し残念に思いつつ話すブランシェに、慌てた兵士が怒鳴り起こす。
「いえいえ! ……おい起きろ! ブランシェ様がお越しになられたぞ!」
「あ、いえ、大丈夫ですから……」
「良いんです! 起きろ!」
「ふあぁぁ……。煩いなぁ。何? また?」
「つべこべ言わずにさっさと起きろ! ブランシェ様が、わざわざお前を心配なされてお越しになられたと言っているだろう!」
「今度はお姫様? いい加減に1人ずつ来ないで纏めて来てよ。説明だって楽じゃないんだからさ」
ガシガシ頭をかくカギに、大司祭達が話を聞きに来たのだと理解したブランシェが謝る。
「ごめんなさい。まさか大変な状況になってるだなんて知らなくて…………」
「別に。愚痴だから気にしないで」
「お前! ブランシェ様になんて口の聞き方だ!」
兵士に怒られたカギは舌を出し、そしてブランシェに向かって聞いてきた。
「それで? お姫様も腕輪の説明を求めに来たんですか?」
「いいえ。ただ…………なぜ遺跡調査許可証が必要なのかと思いまして……」
あれからどう判断されたのかが気になって来たものの答えを聞くのが若干怖くなったブランシェは、とりあえず核心に触れなさそうな事から聞く。すると即座に答えるカギ。
「単にアレみたいに新しい物が見つかれば、金儲け出来るかなって。それだけ」
「お金儲け……ですか?」
「そ。こっちは収入が不安定な上に、商業目的の入国だと入国税だの宿泊税だの色々高いからさ。金儲けに手段選んでらんないんだよ。でも逆に教会からしたら、魔獣わんさかの遺跡に護衛団雇ったり兵士使ったりして調査員派遣するのは金掛かるし面倒くさいのが本音でしょ? たかだかガキ一匹を釈放させて遺跡調査許可証発行するだけで名声が上がる可能性が可能性がある訳だ。お陰様で……何人だっけ? 10人くらい? 眠いから数えないけどさ、教会の上の人とかお貴族様とかが目の色変えて交渉しに来たって訳。……世の中、持ちつ持たれつだよね」
欠伸しながらの答えに、だけれどブランシェは驚いた。
「…………つまり、貴方の所に来られた皆さん全員……貴方の罪よりも歴史的発見の第一人者の名を欲しがりに来た、と言う事ですか?」
「そうだよ。しかも半数位はケチな奴等だったし。遺跡調査が危険を伴うのは知ってる癖に、小僧だ犯罪者だって理由で足元見るクソ野郎」
「お前! 無礼だぞ!」
控えていた兵士に再度怒られたカギは、聞こえない振り。
ブランシェはそんなカギに半ば呆れつつも、自分が優しい世界しか見せられていない事実を悟った。
なにせ大司祭達は、ブランシェに散々誠実であれと諭していたから。
それで裏切られた気になりつつも、自分も城を抜け出した罪があるのを思い出し、なら同じなのかと考える。けれど…………
「……たとえどの様な理由であれ、法を破ってはいけません。もっと良い方法を探すべきだったと……思います」
するとカギは暗い笑みで言った。
「法を犯さずに悪事を働けって事?」
「そんな事言っていません!」
「そういう意味だよ。だって教会のお偉いさん達が良い例じゃん。神法の中にある曖昧表現。解釈次第でどうとでもなる様に作られてる。だから僕を罰則無しで釈放出来るし、僕もそれを狙ってやったんだ。さて……なら、お姫様の考える罰される人って、一体誰なんだろうね?」
「……………………」
ブランシェには反論出来なかった。
★
(どう言えば良かったのでしょうか……)
ブランシェは、昼中結界補助をしながら何度も考え、その後も神法を読み直し……しかし答えがでずに夜になってしまった。
世の中は黒と白に分かれていると思っていた。
しかしカギと話をすればするほど分からなくなった。
「お母様……ゾーイ…………」
会った事の無い家族の名を呼ぶブランシェ。
歴代の白き聖女は、その魔力の高さ故に胎内の時から母体を蝕み、そのため母親は出産と同時に死んでしまう。そしてそれは、残念ながら双子の妹も免れなかったらしく、産まれると同時に死んでしまった。
それを誰もが“必要な犠牲”だと言うけれど、ブランシェにとっては贖罪の対象だ。
2人の為にも、自分は良い聖女であらねばならないと強く思う。
けれど今、それが揺らいでいる。
何が善で何が悪なのか。
そして……ルイーズの言葉。
『実は不吉な聖女なんじゃなくて?』
嫌味だと何度も否定するものの、その度にもしも本当なら……と不安になるブランシェは、全部をごちゃごちゃに考えて…………
だけれどその時、少し名案を思い付いた気がした。
だから時間的に少し気が咎めたものの、国王に会う為に部屋を出た。
自分の思いを伝える為に…………。
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