悪魔の影
城の中で一番大きく華美な大広間で行われている、ブランシェの誕生を祝うパーティー。
仰々しい式典の昼とは違い、皆それぞれに談話し、踊る。
それは勿論主役のブランシェも同じだけれど……
「ブランシェ様、お疲れですか? あまり楽しんでいない様な気がしますが……」
時折茶会で会う友人達が、心配そうに見に来た。だからブランシェは無理して笑う。
「いいえ、楽しいですわ」
「そうですか」
「それにしても、さすがはブランシェ様ですね。わたくし、ここまで豪華な顔ぶれを見たの初めてですもの!」
「そうそう! ほら、先程踊ってらっしゃった隣国の第一王子エンゾ様とか! フランカ国の皇太子ジャコブ様とか! あんな高貴な方々が来られるなんて……さすがは我が国の王女にして、高貴なる白き聖女様ですわ!」
「ありがとうございます……」
ブランシェは、表面ばかりの賛美をいつもの事だと悟りつつ笑う。
けれど、あの少年との時間を思い出しては虚しくなった。
(本当に、わたくしは嫌な人間になってしまいました。どんなものでも賛美は賛美。喜ぶべき事なのに、昼間に飴と共に頂いた言葉や、あの少年との会話の方が何倍も良いと思ってしまっている……)
そう内心溜め息を付いたその時、
ゾワッ!!
一瞬、強烈な寒気がした。
(さきほどの感じは……まさか魔力? ですがここまで大きな力、わたくしでさえ持っているかどうか……)
思わず見回してみたものの、辺りもざわついただけで何かしらの違和感は感じられなかった。
それで安心してしまったブランシェ。踊りに誘われた事も相まって、気のせいだと言い聞かせているうちに本当に忘れてしまうのだった。
★
しかし翌日早朝、ブランシェは国王の自室に呼び出され、パーティーの水面下で起きた事件を聞かされた。
「どういう事……ですの? 悪魔が国の結界を破壊しただなんて……」
「信じられないのも無理はない。儂とて、災厄は2年後だと思っておったからな。しかし目撃者の話を聞けば聞くほど、人間とは思えないのだ」
疲れと不安をない混ぜにした溜め息を付きながら、安楽椅子に座る国王が話す。
「黒髪黒眼、黒き羽根を持つ者が突然結界像の上に現れ、強大な魔力の放出と共に瞬時に像を破壊。そして消えたらしい。……幸い、すぐに人的結界に置き換え事なきを得たが……次、いつまた襲ってくるか分からない恐怖に晒されている状況だ」
魔王。そして悪魔。
ブランシェの背筋が凍った。
御伽話に近いそれは、五千年前に起こったという神と魔王との戦争から始まる。
四千年もの長い戦いに、封じる事でかろうじて勝てた神。しかし魔王の強大な魔力から、その封印は百年で解かれてしまうという。しかし大きな傷を負った神に再度の封印は難しく、ならばと神魔大戦中に天使と共に戦った人間の赤子の一人に神と同程度の魔力を与え、再封印の使命を与えた。それ以降、百年に一度、神の代理人として封印に携わった子孫・へーリオス王家の胎児に髪も目も白い子が産まれる様になった。
それが白き聖女。つまりブランシェは、百年に一度復活するであろう魔王の封印を掛け直す為に産まれた、十人目の神の代理人。
その聖女に、父親たる国王が話を変えて聞いてくる。
「ところで……聞けばブランシェ、そなたは昨日、城を抜け出したとか……」
「は…………はい。大変申し訳ございません。出来心でした」
「そうだな。分かっているなら、二度としないと誓ってくれ」
「…………はい。温情、感謝します」
「うむ。……それより聞きたい事があるのだ」
「なんでしょう?」
「その城下に降りた際に、そなたを助けたという少年の事だ」
神具の不正所持の事だろうと予想したブランシェがドキリとする。
そして考える。
法に触れたのだから仕方が無いとはいえ、助けて貰った手前、少しだけでも良いから減刑出来ないものかと。
しかし国王の口から出たのは、より酷いものだった。
「聞けば、その少年は姿を変える神具を持ち、さらに一瞬にして監視の目からも逃れたとか……。もしそれが事実なら、彼こそが悪魔かも知れん」
「!?」
「驚くか? しかし瞬時に消える事や、我等が知らぬ神具を所持している事から、最も悪魔に近い人物と言わざるを得ないのだ」
「そんな………………」
ブランシェには分からなかった。否、脳内で拒絶していた。あの時対等に話をしてくれた少年が悪魔なんて……と。
しかし“良い子”のブランシェに、否定や疑問の投げ掛けは出来ない。
ただ流されるまま、護衛していたという近衛の証言を元に描かれた似顔絵に「合っています」と頷くだけしか無かった。
★
(本当に、彼は悪魔だったのでしょうか……?)
教会本部の医務室で魔毒の検査を受けながら、ブランシェは何度も考える。
全てが謎だった少年。
誘拐犯かと尋ねた時に返された言葉は曖昧で、だから疑おうと思えばいくらでも疑える。
しかし逆も思う。
即ち、わざわざ疑われる様な事をする理由は無いのでは、と。そして本当に悪魔なら、ブランシェを殺す筈だと。
しかし真意は分からない。
そんな悩みの底に居るブランシェに、魔法医が声を掛けた。
「呪いの様な魔毒、及び魔病といった感じは見受けられません。なのでおそらく悪魔からの攻撃は無かったと考えて良いと思われます」
その言葉に、ブランシェは当たり前だと内心溜め息を付いた。
なにせ白き聖女は伊達ではない。ブランシェ以上に回復・補助魔法に秀でた人間は居ないのだから、本来魔法医に掛かる必要など一切無い。
しかし国王が悪魔と接触したと考えている以上、ブランシェ自身ではない、他の人間のお墨付きが必要だった。
だから不満を心に閉まって、魔法医に礼を言う。
聖女として、王族として……良い子でいる為に。
★
そうして人的結界の補助の為に神殿に行くと、件の石像は綺麗に片付けられており、その場所に20名強の神官が結界を張り続けていた。
そして控えだろう、神官の1人が深くブランシェに礼をする。
「この度はお忙しい所、大変ありがとうございます!」
「いいえ、本来なら真っ先に来るべきでした。気付かずに申し訳ありません」
「いいえ! 石像が壊されただけですので、我等だけで問題ありませんでした!」
それで改めてブランシェが見渡すと、確かに石像以外はとても綺麗だった。
ふと不思議に思う。
「あの……怪我人とかは?」
「それが奇跡的な事に、石像が壊された際に負った軽い怪我人が数名のみでして……」
(軽傷者が数名ですって?)
当たり前の事ではあるが、国の結界を守る兵士は神殿の外も中も大勢居た。その上での軽傷者。そして建物も、ほぼ傷がない。
(本当に悪魔なのかしら……?)
ブランシェは神官の半数と交代して、結界を張りつつ考える。
悪魔とは残忍なのではなかったのか? 何故結界の中に入れたのか? 何故石像だけを壊したのか? 確かに魔法石は採掘し難いと言われているけれど、おそらく3ヶ月もすれば首都の結界程度の魔法石は採れるはず。それに無い間の魔法士達は大変だけれども、国の結界自体は揺るがない。……つまり無意味に近い。だからこそ、悪魔の目的はなんなのか? あの少年が悪魔なら、何故自分を助けたのだろうか?
しかしいくら考えても、答えは見つからなかった。
★
そんな感じで始終悩みながらも結果を張り続けたブランシェが休憩と遅めの昼食の為に一度城に戻ると、廊下で苦手な人物に会った。
「あら、聖女様。お祈り帰りですか?」
「ルイーズ姉様……」
「いいわね、貴女は祈っていれば良いのだもの。わたくしには書類ばかり。たまには変わって欲しいわ」
「……………………」
会って早々棘ばかりの言葉に、いつもの事だと分かっていても、疲れているブランシェの心が軋む。
第一王女ルイーズは、魔力が非常に弱く、魔法が使えない。
それは一般人であれば別に“普通の人”で済ませられるが、神に選ばれしへーリオス聖王国の王族としては欠点でしかない。だから、神に愛され国民にも無条件で愛されているブランシェを嫌う。
ブランシェも、それを知っている。そして嫉妬は悪だとも思っている。けれど上手い返し方が分からない。だから黙る。それがさらに油を注いでいる事も知らずに……。
「そういえば昨夜、結界像が壊されたってね」
「…………ええ」
「物騒な誕生日で散々だったわね。それにしても貴女……実は不吉な聖女なんじゃなくて?」
「え……?」
「だってそうでしょう? 本来なら影響出るのは2年後。しかも少しずつ。なのに今年、しかも出たのが魔獣でなく悪魔だなんて……ああ恐ろしい!」
「……………………」
いつもの様に、ただの嫌味だと言い聞かせられれば、どれほど良かったのだろうか? しかし今のブランシェにとって鋭い棘となり、心深く刺さってしまった。
「あぁいけない、祈り疲れの聖女様相手に無駄話をしてしまいましたわ。申し訳ございません。それではご機嫌麗しゅう」
そう優雅に立ち去るルイーズとは反対に、ブランシェは苦しみと恐怖で、少しの間動けなくなった。
★
しかしブランシェの停滞した悩みとは裏腹に、周りは進む。
それは夕餉の後、最後の祈りを捧げようと思っていた時の事だった。
「例の少年が見つかったそうです。現在取り調べ中との事ですが、ブランシェ様に確認願いたいとの事でしたので、お疲れの所大変申し訳ございませんが、地下の尋問室までお願い致します」
側付きの神官・マルクが要請に、結界の補助等で酷く疲れていたブランシェは、しかし焦りに似た気持ちを抑えながら頷き、付いて行く。すると…………小窓の向こうに例の少年。
「ブランシェ様が見た少年で間違いは無いですか?」
「ええ。……あの、彼の名前は……」
マルクは少し怪訝な顔をしたものの、渋々答える。
「カギ……と言うそうです」
「カギ? 聞き慣れない響きですね」
「芸名だそうですが、孤児で旅芸人の一座に拾われたらしく、その名しか無い……と」
「旅芸人の一座……」
「それも本当かどうかは分かりません。……が、まぁ旅券を見た限りは世界中を回っていましたね」
「世界中…………」
ブランシェがまじまじと見た。すると少年が気付いてブランシェに笑顔で手を振り、尋問管に怒られる。
そんな強そうには見えない細身の体に人懐こそうな顔。姿が変えられるならば意味無いのかもと考えつつも、ブランシェにはどうしても彼が悪魔には思えなかった。
しかし、そんなブランシェの内心など知らないマルクが続ける。
「それと例の神具の事ですが……やはり誰も見た事がありませんでした。しかも書かれていた魔法陣が複雑過ぎて、神語解読の権威でさえも手を上げる代物です」
「そんなに凄い物だったのですね……」
「ええ。ただ彼自身の魔力は微々たるものでして……今回の悪魔だとは言い切れないのが現状でしょう」
それでブランシェの心が少し浮上するも、次の言葉でまた沈んでしまう。
「まぁですが、こそ泥なのか遺跡荒らしなのかは分かりませんが、神具の不法所持をしていた事に変わりは無いですから、20年程度の懲役は確実だと思われます」
「………………」
国の法とは別の宗教的法律……神法は、どの国であっても適応される法律であり、また厳格な法であるが故に情状酌量される例がとても少ない。
つまり、ブランシェが何を訴えても無駄だという事。
(ですが…………それで良いのでしょうか? 彼は、わたくしを助ける為に神具を使った。確かに不法所持は悪。使い方を誤れば、周囲に危険を及ぼす物。だけれど……)
「あの…………彼と話をさせて頂けないでしょうか?」
そうマルクに頼むけれど案の定、マルクは「駄目です」と一蹴。
「あれは一般人よりも酷い犯罪者。つまり下水を走り回るネズミみたいな存在なのです。話すだけでもブランシェ様が汚れてしまいます」
「そんな……ですが! …………助けて頂いたのです。一言、御礼だけでも……」
言いながら、ブランシェは泣きそうになった。
聖女だ王女だ言われていても、自分に法を捻じ曲げる力が無いから。いや、そもそも捻じ曲げて良いのかも分からないから。悪とも正義とも言えない存在に答えが出せず、しかしまた話したいという自分勝手な要求だけが存在するから。
そんな目に涙をためたブランシェを見たマルクが言う。
「………………………………ひ、一言だけ、ですからね!」
マルクは自分が泣かせたと焦り、慌てて尋問室のドアを開けるのであった。
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