第155話 馬鹿※
「むっ、何者だ!?」
見張りの闇黒騎士達を倒して、地下儀式場へと乗り込んだ三人を前に誰何するのは、豪奢な金の装飾がされた高級そうな衣服を着た、初老の男だった。
その隣には金髪に青い瞳で眼鏡をかけた、長身痩躯で二十代後半と見られる男性が手足を拘束された状態で、椅子に座らされている。
「サイラス兄貴、無事か!?」
拘束されている男に、ジャンが声をかける。どうやら彼が第二王子サイラスのようだ。その声に反応して、サイラスが皮肉げな笑みを浮かべる。
「ジュリアンか。ふっ、まさか貴様が助けにきてくれるとはな。ああ、今のところは無事だが、一体これから何をされるのかと戦々恐々としていたところだ。出来れば早々に救出してくれると有難いね」
その言葉とは裏腹に余裕綽々なふてぶてしい態度でサイラスが言う。続けて彼は、クリストフとルーシーへと視線を向けた。
「そちらのお二人は初めて見る顔だな。見たところ、本日登城する予定だった女神様に仕える方々かな? このような恰好で申し訳ないが、名乗らせていただこう。この国の第二王子、サイラス=ド=ローランディアだ。お見知り置きを」
椅子に拘束されたまま自己紹介を行なうサイラスを、隣に立つ初老の貴族が苛ついた様子で見ながら、口を開いた。
「随分と余裕ぶった態度ですが、自分の立場を弁えていただきたいですな王子」
彼こそが王子をこの場所に攫い、拘束している犯人である事は明らかだ。お前は俺に捕まっているのだから、大人しく従っていろと命じるが、サイラスはそれを鼻で笑った。
「ハッ。立場を弁えろだと? この国の重鎮たる大貴族、公爵という立場でありながら魔物共に与し、謀反を企てた貴様が言える事か? 全くお笑いだ、実に滑稽だなベレスフォードよ。それともこれは私を笑い死にさせる為の策略か何かか?」
邪悪な笑みを浮かべながら、サイラスが痛烈な皮肉の刃を突き刺す。犯人の男……ベレスフォード公爵がますます苛立った様子を見せる。
「全く口の減らないお方だ。だが、いつまでその態度が続きますかな。貴方様にはこれから、私の野望の為の礎となっていただきます」
「フン……野望。野望か。貴様の野心には気付いていたが、貴様は私を王位に着け、傀儡とする事で実権を握って、この国を牛耳るつもりでいると思っていたのだがな。いつから魔物共に鞍替えした?」
「ええ。最初はそのつもりでしたとも。しかし残念ながら、貴方は私の想像を超えて優秀で、賢くなり過ぎた。傀儡にするつもりで、逆に我々貴族派の者達が良いように飼いならされてしまう程に。私は貴方様が立派に成長するにつれて、危機感を抱くようになっていきました。……この者は天下の宰相たる大器の持ち主だ。私に飼いならせる器ではないと」
「……それは買い被りすぎだな。私は貴様の野心に気付いていながら、それを利用して飼い慣らせると思っていたから側に置き続けた。その結果がこのザマだ。どうやら私は理詰めで考えるのは得意でも、人の心がわからぬらしい」
そう自嘲し、サイラスは改めてベレスフォード公爵に訊ねる。
「それで? 貴様は私をどうするつもりで、ここに連れてきたのだ? 大方の予想はつくが、貴様の口から説明して貰おうじゃないか」
「フフフ……簡単な事ですよ、殿下。貴方様にはこれから、生贄となっていただきます。そう……偉大なる魔神将、ビフロンス様復活の為の生贄にね!」
「「「魔神将!?」」」
看過できない固有名称が出た事で、たまらずクリストフ達が叫び声を上げる。
「そうですとも。この地下儀式場こそ、かつて神代の時代にビフロンス様が封じられた場所なのです! この王宮、そして王都そのものが、ビフロンス様の本体を封印する為の結界であり、蓋の役割をしているのだ!」
そして神代の時代、神々と共に魔神将ビフロンスと戦った勇者こそが、後にローランド王国の初代国王となった男であった。彼はこの魔神将が封印された土地の上に街を作り、街そのものに結界の役割を持たせる事で、強固な封印を施したのだった。
「その封印を解く為に必要な、心に闇を抱えた多くの者達の命! それは地下牢に捕えられた罪人達を生贄に捧げた事で、既に達成済み! 後は仕上げの為に……勇者の末裔たる殿下、貴方をビフロンス様復活の依代として捧げる事で、儀式は完了する!」
そう叫び、ベレスフォード公爵はサイラスを手にかけようとする。だが、彼らがそれをみすみす許す筈もなく。
「させない!」
ジャンがクロスボウの矢を放ち、同時にクリストフが
「ちぃっ! 忌々しい女神の信徒共め! それにジュリアン殿下も一緒とは。丁度いい、貴方もサイラス殿下と同じように、ビフロンス様の復活儀式に捧げてさしあげましょう!」
「お断りだ、魔神将に魂を売った裏切り者め!」
身を翻して攻撃を回避したベレスフォード公爵は右手に杖を、そして左手には邪悪なオーラを放つ
「何故ですか。何故貴方はこのような暴挙を!? このような大逆を仕出かした以上、ベレスフォード公爵家はお終いです! 貴方の妻や子も、ただで済む筈もない。領民達も多くが路頭に迷うでしょう。貴族としての責務や誇りは、一体どこへ行ったというのですか!」
クリストフが、ベレスフォード公爵を問い詰める。その問いに対して、公爵はあからさまに侮蔑の表情を浮かべた。
「貴族としての責務や誇りだとぉ? 下らん! 民などは所詮、我ら貴族の為の道具に過ぎんのだ! 第一、どうせこの国は消えて無くなり、この私こそがビフロンス様の腹心として新たな国の王となるのだ! ゆえに、誰も私を罪に問う事など出来ぬ! むしろ弱く愚かな人間共は首を垂れて、私に忠誠を誓って赦しを請うであろう!」
下衆な本性を剥き出しにして、公爵が嗤う。
「そもそも、貴様のような下賤の者に貴族としての在り方をどうこう言われる筋合いなど無いわ。神官如きが無礼であるぞ! 身の程を弁えよ!」
「てめぇッ! その言葉、どういう了見だ! その腐った目ん玉をひん剥いてよく見やがれ! こいつはてめぇの息子、クリストファー=ベレスフォードだろうがッ!」
公爵の罵倒に、ジャンが逆上してそう言い放った。ルーシーはそれを聞いて、思わずクリストフの顔を二度見する。
そして、それを聞かされた当の本人である公爵はと言うと……首を傾げながら、記憶を探っている様子であった。まるで、「はて? そんな息子うちに居たかな?」とでも言いたげだ。クリストフが妾腹の子であり、幼い頃に神殿に入れられた身の上だとしても、あまりにも酷い。
「てめぇはッ……! それでも人間かああああッ!!」
怒髪天を衝いたジャンが放ったクロスボウの矢を、闇の魔力で弾き返しながら公爵はクリストフへと話しかける。
「まあ良い。お前が私の息子だというならば丁度いい。お前も私と共にビフロンス様のもとに来るがいい。共に愚かな人間共を支配しようではないか」
そう言って、公爵はクリストフに向かって手を差し伸べる。
「何を言っている……てめぇ、どこまで腐ってやがる……!」
ジャンの怒りの声も届かず、公爵はなおも続ける。
「お前も私の、大貴族の貴い血を引いているならば理解するがいい。民草など、所詮は我らに支配されなければ生きていく事すら出来ない、脆弱で愚鈍な存在なのだ。我らのような選ばれた者こそが世を統べ、人を支配する権利を有するのだ。さあ、理解したなら我が手を取るがいい」
そんな悪魔の誘惑を前にして、クリストフは……
「馬っっっっっ鹿じゃねぇの?」
端正な顔に心底馬鹿にした表情を浮かべて目の前の、父親と呼ぶのも恥ずかしい愚物に向かって罵倒を浴びせたのだった。
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