第144話 玉兎転生※
「むっ、あれは陰陽の構え!」
アレックスとニーナの兄妹がとった、互いに左右対称の構えを目にした兎先輩が、驚きの声を上げた。
「知っているのですか!?」
「うむ。彼らの体格や戦闘スタイルに合わせて、本来の物と比べると若干変化が加えられているが、間違いない」
隣に立つセシル王子の疑問に答えて、兎先輩は解説を始めた。
「光と影、天と地、善と悪、昼と夜、男と女、剛と柔、先輩と後輩。この世の万物は表裏一体、二つで一つ。それらは相反しつつも、一方が存在しなければ、もう一方もまたその存在たりえない。真逆の存在でありながら調和し、共存する。これすなわち『陰陽』なり。あの構えは、それを表したものだ。二人が完全に息を合わせて戦う事で、非常に強力な奥義を放つ事ができる。ただし、それを成すのは決して容易な事ではない」
兎先輩の言う通り、二人が行なおうとしているのは、とても難易度の高い攻撃であった。
LAOでは陰陽の構えから放つ協力奥義は、二人のプレイヤーが殆どズレが許されないタイミングでコンボを繋げる必要があり、どちらか一人がコマンド入力をミスったり、タイミングがズレたりした瞬間に不発となり、致命的な隙が生まれてしまうハイリスクな物だった。一部の廃人共は当たり前のように成功させてくるが、一般プレイヤーにとっては敷居が高く、使いにくい存在だった。
「いくぞ、ニーナ!」
「うん!」
アレックスとニーナが、同時に動き出した。一足跳びに地獄の道化師との距離を詰めて、同じタイミングで拳を放つ。
地獄の道化師は左右の手でそれぞれの拳を受け流した。
「まだだ!」
左右から地獄の道化師を挟み込み、アレックスとニーナが交互に拳や蹴りを矢継ぎ早に繰り出した。
地獄の道化師は両サイドから次々と襲い掛かる連撃を、巧みな防御技術で捌いていたが、二人の攻撃はどんどん激しさを増していき、また相方の隙を消すように、完璧なタイミングで次々に攻撃が来る為、防御に専念せざるを得ない状況に追い込まれていた。
(ちぃっ、中々やりますねェ……! しかしこんな事、いつまでも続けられるものではないでしょう。疲れや焦りから、いずれは綻びが生まれるはず。そうなった時が君達の最期です!)
そう考えて、地獄の道化師は守りに徹する。その判断は決して間違ったものでは無かった。事実、アレックスとニーナは後先考えない全身全霊のラッシュを仕掛けており、しかもそれはお互いに息を完全に合わせたものでなければ破綻する代物だ。ゆえに敵だけではなく、相方の動きにも気を配る必要があり、大きく神経を擦り減らす。普通であれば、すぐに連携攻撃を繋げるのに失敗して致命的な隙を晒してしまう事だろう。
しかし、二人は間違える事も、動きが鈍る事も無く、限界を超えて更に加速しながら攻撃を続けていった。
もしもここで地獄の道化師が防御をかなぐり捨てて、捨て身で攻撃を仕掛けていたならば、結果はまた違ったものになっていたかもしれない。しかし、
「ば、馬鹿な! 何故止まらない!」
加速し続ける二人のラッシュが、次第に地獄の道化師の防御を抜いて命中し始める。次第にガードが間に合わなくなってきた事に焦りを感じた地獄の道化師は後退を考える。
その思考のノイズが、致命傷になった。
二人が同時に放った上段蹴りが、地獄の道化師の腕を大きく弾く。次の瞬間、ガラ空きになったボディに拳が突き刺さった。
「ぐぼぁっ!」
「「はあああああああッ!!」」
棒立ちになった地獄の道化師に、怒涛の連撃が叩き込まれる。アレックスとニーナは最後まで、一切間違える事なく完璧なタイミングで連携を繋いでみせた。
「「双 龍 無 尽 拳 ! !」」
ラッシュの〆に、二人同時にジャンピングアッパーを放ち、地獄の道化師が天井付近まで大きく打ち上げられる。地獄の道化師はそのまま頭から床に落下し、大の字になって仰向けに倒れた。
それを見届けるアレックスとニーナは、体力と気力を使い果たしており、お互いに支え合う格好になりながら、しっかりと両足で立っていた。
「お見事! 二人共、よく頑張ったね」
兎先輩が『天晴!』と書かれた扇子を広げて、二人を褒め称えた。そして彼らを治療しようと近付いた、その時であった。
「まだだッ!!」
倒れていた地獄の道化師が立ち上がる。既に全身ズタボロで、口から血を吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がって、
「かくなる上は、死なば諸共! 最後にドデカい花火をブチ上げて差し上げましょう! ケェーッ!」
地獄の道化師が跳び上がって、アレックスとニーナに向かってフライング・ボディプレスのような態勢で落下攻撃を仕掛けた。そしてその体が、風船のように大きく膨らんでいく。
「『
地獄の道化師が発動したのは、『
それが発動すれば最後、今いるこの城のフロアごと纏めて吹き飛ばすほどの破壊力を誇る。当然、爆心地にいるアレックスとニーナや、セシル王子も助からないであろう。
もはや絶体絶命という、その瞬間。兎先輩が地獄の道化師に飛びかかり、そのまま彼に抱き着いた。直後、先輩玉が兎先輩と地獄の道化師を囲むように、何重にもバリアフィールドを展開した。
「チイッ! ええい邪魔です、放しなさいウサ公!」
「いいや離さないよ。それと先輩を付けろデコ助野郎!」
「糞が! ならば貴様だけでも地獄に道連れにしてくれるわァーッ! 『極大自爆』発・動ッ!」
地獄の道化師の極大自爆が発動し、大爆発が引き起こされる。その爆発は、兎先輩が展開したバリアフィールドによって、バリアの外にいる者達に対する被害は皆無であった。人は勿論、建物に対する被害も一切ない。
しかし、至近距離でその爆発をまともに受けた兎先輩は、当然無事では済まなかった。床に倒れた兎の着ぐるみが炎に包まれ、黒い灰と化している。
「兎先輩ーーー!!」
アレックスとニーナが兎先輩の身を案じて、倒れた先輩に駆け寄った。しかし彼らの目の前で、兎の着ぐるみは無情にも燃え尽きていき……
「とうっ!」
その炎の中から、何者かが勢いよく飛び出してきた。
「兎先輩、復活ッ!」
そう叫んでポーズを取り、『玉兎転生』と書かれた扇子を広げたのは、身長160センチほどの美女であった。薄桃色の長い髪の上には大きな兎耳が生えており、豪華絢爛な着物を身に付けている。そしてその胸は、アルティリアに勝るとも劣らないほど豊満であった。
死んだと思った兎先輩(着ぐるみ)の中からセクシーな和服美女が現れた事で、目をぱちぱちと瞬かせる子供達の前で、彼女は言った。
「ふふふ、これが兎先輩の真の姿である。おっと、お母さん達には内緒だぞ」
兎先輩はそう言って、子供達に
「残念ながら着ぐるみが壊れてしまったので、兎先輩は一旦帰らなければならない。では子供達よ、さらばだー」
そう言って兎先輩は、窓からその身を躍らせた。そして、どこからともなく取り出した人参型ロケットに掴まって、空の果てまでカッ飛んでいったのだった。
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