第128話 名前を言ってはいけないあの人※
海神騎士団に所属する魔術師の少女、リン=カーマインは悩んでいた。
悩みといっても、胸がA寄りのBカップから一向に大きくならない事についてではない。信奉する女神との格差に落ち込む事は多いし、それについても常日頃から悩んではいるが、今回の悩みはもっと真面目な内容である。
彼女の視線の先には、同僚の神殿騎士、ルーシー=マーゼットの姿があった。男所帯の騎士団の中で、数少ない同性の仲間であり、控えめな乳に悩む同志でもある。
そのルーシーは現在、団長であるロイドと模擬戦を行なっていた。ただしお互いにフル装備で、実戦形式での真剣勝負である。
ロイドが戦技を次々に、途切れる事なく連続で放つ。ルーシーはそれを、左手で構えた盾を巧みに使って防ぎながら、要所要所でカウンターを入れていく。一方ロイドのほうも、連続攻撃を仕掛けながらも攻めだけでなく、回避にもしっかりと意識を割いており、ルーシーの反撃をしっかりと受け流しながら攻め続けていた。
「はああああっ! 海破斬!」
ロイドが、彼が使う技の中で最大の威力を持つ奥義を放つ。大海を断ち割るほどの威力を誇る水の斬撃が、ルーシーを襲う。
それに対し、ルーシーは先日入手した、先祖代々伝わる聖剣を真っ直ぐに構えた。
「フラガラッハ、その力を解放しなさい! 『
あらゆる攻撃を反射する、神器に宿った固有技が発動し、ロイドが放った海破斬を、そのまま放った本人に向かって跳ね返した。
大技は放った後にできる隙も大きいものだ。自分の技をそのまま返されたロイドは、成す術なく敗北する。そのようなリンの予想を、ロイドは軽々と上回った。
自身に向かって襲い掛かる水の斬撃を、ロイドは刀で受け止めた。しかし技の威力を完全に殺しきれずに、足裏で床を削りながら、後ろに向かって後退していった。
そのまま巨大な水の斬撃が、ロイドを飲み込むかと思われたが……
「まだだッ!」
しかし、海破斬によって形成された水の刃は、ロイドの意のままに彼が持つ刀へと吸収されていった。
「元は俺が放った攻撃、ゆえに受け止めさえすれば元に戻すのは容易い! もう一発いくぞ!」
寄せては返し、また寄せる波のように、ロイドが再び刀身に長大な高密度の水の刃を纏わせて、ルーシーに向かって突撃する。
再び両者がぶつかり合い、一度では決着が付かずに二度、三度と強者同士の激しい激突が繰り返された。
それを見ながら、リンは無意識のうちに溜め息を吐いていた。
訓練が終わり、いつものように破損した訓練所の修理と清掃を行ない、風呂で汗を流して着替えた後に、リンはクリストフの部屋を訪れていた。クリストフは、海神騎士団の初期メンバーであり、頭脳労働・後方支援担当として重宝されている司祭だ。金髪碧眼の、線の細い優男だが、騎士団の厳しい訓練にも涼しい顔で付いてこれるだけあって、身体能力の高さもかなりの物だ。それに関しては、リンも同様だが。
「どうぞお座りください。まずはお茶でも」
勧められるままに席について、出されたお茶を飲む。リンは茶については詳しくないが、果物のような良い香りと、僅かな酸味と甘味を含んだ心が安らぐ味がした。
リンがクリストフの部屋を訪れたのは、訓練の後に、クリストフに言われた事が原因だ。
「リンさん、何かお悩みですか? よろしければ相談に乗りますが」
そう声をかけてきた彼に、何故そう思ったのかと訊ねれば、見学中に溜め息を吐いていたのを見られていたらしい。
流石に支援担当だけあって、よく周りを見ている。そんな彼であれば、自分の悩みについても良い答えを出してくれるかもしれないと期待して、リンは相談に乗ってもらう事にしたのだった。
そして今、彼の部屋を訪れてお茶と茶菓子をご馳走になった後に、リンは改めて相談の内容を口にするのだった。
「実は最近、伸び悩んでいるというか、自分がどんな方向に進めばいいかと悩んでまして……」
リンがそう切り出すと、クリストフは「なるほど」と相槌を打ち、
「周りの皆さんと自分を比べて、焦っていらっしゃるようですね」
と、核心を突いてきた。
「うっ……やっぱり、分かっちゃいますか」
「それはまあ、私も多少は似たような事を考えますからね。元々ロイドさんやスカーレットさんの強さは騎士団の中で突出しており、競い合うように更なる成長を続けていますし、元近衛のレオニダスさんを筆頭に即戦力のメンバーも新たに入ってきております。そしてルーシーさん。先日の一件以来、一皮剥けたようで素晴らしい成長を遂げております。彼らと比べて、自分の力不足を嘆きたくなる気持ちは私にも分かりますよ」
そう言われて改めて考えて見れば、リンとクリストフの立場は似ている部分がある。二人とも騎士ではなく、それぞれ魔術師と司祭であり、火力役と参謀兼支援役の違いはあれど、どちらも後衛の立ち位置だ。
「それで、私ももっと戦力になれるように成長したい……とは思ってるんですけど、どういう方向に伸ばしていけばいいのかなぁ……って悩んでいる次第でして。そもそも他の魔術師の人達ってどうしてるんでしょう……?」
また、他の騎士団のメンバーは揃いも揃って前衛職の者ばかりである為、比較して参考になる相手が居ないというのも悩みの種であった。
元々、リンの魔術は独学であり、普通の魔術師と違って学園に通ったり、先人に師事したりといった、多くの魔術師がする筈の経験をしてこなかった。それによる知識の不足もまた、彼女が進むべき方向性に悩んでいる原因だった。
尤も、完全な独学で一流と呼べるレベルの魔術師として成長出来ている事自体が凄まじい事なのだが、幸か不幸か本人はその事に全く気付いていなかった。
「ふむ……そういう事でしたら、私よりも相応しい相談相手がいるではないですか」
そう告げたクリストフの後について、向かった先は……リン達が過ごしている海神騎士団詰所のすぐ隣に建っている、海の女神アルティリアの神殿であった。
「なるほど、話はわかった。しかし難しい問題だな、それは」
クリストフが言った相応しい相談相手とは、他でもないアルティリアの事だった。確かに彼女自身が卓越した魔術師であり、また様々な
しかし、リン達の相談内容を聞いたアルティリアの答えは、芳しい物ではなかった。
「確かに私は魔術師の構築については色々と知っているし、ある程度の助言をする事は出来るとも。しかしそういった、自分がどのように成長したいか、その為にどの職業に就き、どの技能や魔法を習得するかといった悩みは誰もが行き当たる壁であり、また、それについてあれこれ考える時間はある意味一番楽しい、冒険者にとっての醍醐味でもあるからなぁ。他人がああしろこうしろと指示したり、何も考えずにテンプレ……定番の組み合わせ通りに組むようなのは好きじゃないんだ」
アルティリアの言う事はリンにはよくわからない部分もあったが、つまりそれぞれ自分に合ったスタイルがあるのだから、よく考えて試行錯誤しながら自分だけの構築を見つけるのが一番だという事らしい。
「とは言え、それで終わっては何のアドバイスにもならんからな。あくまで参考だが、定番の組み合わせや少々変わった構築について教えておこうか」
アルティリアによる臨時講義、魔術師の
「魔術師の
そして怒涛の勢いで次々と状況を叩き付けてくる。隣で一緒に聞いているクリストフは、なるほど興味深いなどと呟きながらメモを取っているが、リンは何とかついていくのが精一杯だった。
一方、アルティリアの方も、
(後衛の特化型魔術師だと、真っ先に思いつくのが自殺式……ALOを代表する珍プレイヤーのスーサイド・ディアボロスが考案・実践した、あえてサブ職業に魔術師と相性最悪の
と、密かに集団PVPにて開幕暴走メテオぶっぱで全滅しかけたトラウマを呼び起こされていた。
「次に後衛にこだわらないタイプの魔術師だが、これはとにかく多種多様な構築があって、とても全ては紹介しきれない……というか私でも全部は把握しきれていないので、代表的な物だけ紹介しよう。まずは魔法戦士タイプ……前衛として戦いながら、魔法も行使する構築だが、これ一つ取っても多岐に渡る。
アルティリアがそのように話を纏めた。そして、今まで挙げた中で気になった物や、それ以外でもこのような組み合わせはどうか、といった質問はないかと訊ねた。
「あの、ところでアルティリア様? 途中で何か言いかけてませんでしたか? 確か、あるてま式とか……」
「その名前は禁忌だ、口にしてはいけない。いいね?」
あるてま式、それはALOが誇る珍プレイヤーの筆頭格、あるてまという名のプレイヤーが編み出した、仕様やシステムの抜け道を利用した永久コンボを軸にした史上最強にして最悪の戦術である。しかも性質の悪い事に、永パだけではなく前衛・中衛・後衛と立ち位置を問ない隙の無い立ち回りと、戦局を巧みにコントロールしてじわじわと相手を追い詰めていく戦略を兼ね備えた、ただの一芸特化ではないヤバい代物である。
ALOでは過去に2度、魔神将襲撃の大規模イベントが開催されており、その内の1回では魔神将フェネクスを相手に永久コンボを叩き込んでおり、ツイッターでは、#魔神将フェネクス や#ALO といった単語と共に、 #あるてま被害者の会 というワードがトレンド入りした。
とにかく、あんな物をこちらに上陸させる訳にはいかない。アルティリアは断固として阻止するべく、二度とその単語を口にしないように厳命するのだった。
まあ、どうせ無駄な努力なんですけどね。
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