第126話 大海の覇者の物語※

「……ここは、どこだ……? 俺は……あの時に消滅した筈……」


 マナナン=マク=リールが目を覚まし、ベッドから体を起こすと、そこは見覚えのない部屋であった。

 内装や調度品、それに証明に至るまで、これまでの長い生の中で一度も目にした事のない物であり、それどころか窓の外に見える、天高くそびえ立つ高層建築物に至るまで、馴染みのない物ばかりである。

 これは一体どういう事だと、マナナンの思考は混乱の極致に達した。

 その時、部屋の入口のドアを開けて、何者かが部屋の中へと入ってきた。振り返るマナナンの目に映った、その人物は……


「おっ、ようやく起きたか」


 無造作に伸ばした黒い髪に、同じく黒い瞳の、長身の中年男性であった。背は高く、鍛え抜かれた屈強な体格。顔は整っているほうだが、目が大きく鋭いせいで、えらくガラが悪い印象を受ける。


「お前は……バロールか? お前が俺を助けたのか……?」


 マナナンは、その男をバロールと呼んだ。それは、あの世界にいた神の一柱。闇と魔眼の神の名であった。マナナンとは旧知の間柄だ。


「ああ。とはいえ、流れ着いてきたのを拾って看病しただけだがな」


「流れ着いた……だと? この場所にか? そうだ、ここは一体どこなのだ?」


「まあ落ち着け。一から説明してやるから、まずはお茶でも飲んでリラックスしな」


 そうしてバロールが淹れた茶を飲んで一息ついた後に、この世界について説明を受けたマナナンは、驚きに目を見開いた。


「別の世界……だというのか……」


「ああ、そうだ。どうもかつて俺達が居た世界と、今いるこの世界は近い場所……何て言ったっけな、位相だか座標だかいうのが物凄く近いんだそうで、俺達のように向こうで存在を維持できなくなった神が、何人も流れついてきてるらしい。尤も、この世界じゃあ向こうと違って碌に力を使えず、ほぼ人間と変わらない存在になっちまっているがな」


 バロールの説明によれば、マナナンや、魔神戦争で力を使い果たして消滅した神々が何人も、こちらの世界……地球へとやって来ているらしい。また、この地球とはまた別の異世界へと渡った神々も存在するとの事だ。


「死に損なった、という事か」


「そう言うな。生き延びたって事は、まだ天命は尽きちゃあいない。まだやるべき事が残ってるって事だろうよ。俺も、お前もな」


「……そう、だな。力を失い、見知らぬ地でのスタートになるゆえ、何から始めるべきか見当もつかんが……生き残ったからには、まずは精一杯生きねばな。そうでなければ、死んでいった者達に申し訳が立たん」


 こうして、マナナン=マク=リールの地球での生活が始まった。バロールや、その後に出会った他の神々とも協力しながら、住居や仕事を見つけ、地球に来てから数年が経つ頃には、すっかり暮らしも安定してきた。そんなある日の事だった。

 バロールが、とある物を持ってマナナンが住む家を訪れた。


「よう、最近神々おれたちの間で話題になってる面白い物を持ってきたぜ」


「それは確か、コンピューターゲームというやつだな?」


「ああ。そしてソフトがこいつだ」


「ロスト……アルカディア……? このパッケージの背景に描かれているのは……エリュシオン島か? なんだこれは?」


 バロールが持ってきたのは、ゲーム機とそれで遊ぶ為の一本のソフトであった。そのソフトのタイトルは、ロストアルカディア。


 早速ゲーム機をテレビに繋ぎ、マナナンはそのゲームをプレイしてみた。

 内容は……遥かな昔、かつて神々が人と共に暮らしていた世界で、世界の中心、大洋の彼方に浮かぶ孤島、エリュシオン島の伝説を耳にした一人の旅人が、嵐の海を超えてエリュシオン島へと辿り着いたところからスタートして、かつてこの島に住んでいた人々の末裔との交流や、島の各地に点在する遺跡やダンジョンの探索、そして襲い来る魔物との戦いを繰り返しながら、エリュシオン島に隠された謎を解き明かし、遠い神代の歴史や消えた神々について知ってゆく……という物だった。


 強い興味を惹かれたマナナンは、バロールが帰った後にすぐ自分でゲームを購入し、続きをプレイした。

 そして長い冒険の末に、旅人はエリュシオン島の全土を踏破し、八つの秘宝を集めて島の中心、そこに隠された妖精郷へと辿り着いた。

 しかしその直後、封印から目覚めた魔神将バルバトス……かつてマナナンが封じた恐るべき存在が目を覚ます。旅人は、島で出会った仲間や妖精達と力を合わせて戦い、長い封印から目覚めたばかりで弱っていた事もあって、どうにか魔神将を討伐する事に成功するのだった。


 クリア後にひとしきり余韻に浸った後に、マナナンはバロールに連絡を取った。


「あれは何だったのだ? なぜ我らの世界がゲームになっている? しかも、エリュシオン島の細部や妖精郷の門を開く方法まで、何故ああも正確に再現出来ている? 最初は誰か他の神が状況を提供したのかと思ったが、俺しか知り得ないような事までしっかり描写されていたのだが……」


「ああ、それなんだがな。お前さんが最初にこっちに来た時に言ったよな? 俺達がいた世界と、今いるこの世界は近い場所にあるって」


「ああ、確かに言っていたな。そのおかげで俺達がこちらに来られたと」


「それは逆にこの世界から見ても、あの世界は身近な物だって事だ。そんな訳で時々出てくるんだよ。こっちの世界の人間で、あちら側に繋がっちまう奴がな。俺達のような向こう側の神々が、全く同じ名前でこっちの世界でも神話に出てくるのもそのおかげって奴だ。だからこそ、向こうの世界で人間達との絆を断たれ、名前を忘れ去られて消えた俺達が、こちらの世界で存在を保つ事が出来ている……ってのが俺の見解だ」


「……成る程。つまり、このゲームは……向こうの世界を見た者が、その記憶を元に作った物だと?」


「ああ、その通りだ。普通は見れたとしても断片的な物になる筈なんだがな。これを作った奴は、よほど深くあっちと繋がれる異才の持ち主らしい。ついでに少し前に本人と話をして聞いてきたんだがな、ゲームにするにあたって多少の脚色はしているが、ゲーム内で描写された話の大まかな流れは、あっちの世界で実際にあった事らしいぜ」


「……………そうか。それは、よかった」


 あちらの世界では、神々が消えた後に随分と長い時間が経っていたらしい。

 その長い時間の末に、神はその姿を見せる事は無くなり、人々の多くはその名と、共に過ごした記憶を忘れ去ってしまっても。

 彼らが護った者達の末裔は、逞しく生きていた。そして、ついに魔神将を討伐する勇者が現れたのだ。何と嬉しく、誇らしい事か。


 ……それから、また年月が経過した。

 マナナンはこの世界で、ただの人間と変わらぬ日々を過ごしていた。人間と違って歳を取らず、何年経っても容姿が変わらない為、あまり人と関わる事はないが、悠々自適に地球での生活を満喫していた。

 ロストアルカディアをプレイした後にゲームにハマったマナナンは、すっかりゲーマーになっていた。幸いにして事業に成功し、当分遊んで暮らせる程度の稼ぎはある。今日もマナナンは、様々なゲームを買い漁っては遊んでいる。


 ロストアルカディアの続編も、出るたびに購入してプレイした。

 まずは『ロストアルカディアⅡ 妖精郷の勇者』。

 1の直後、封印から目覚めた魔神将を討伐した旅人が、妖精郷を拠点にバルバトス討伐の余波で開いてしまった次元の裂け目の先、次元の狭間にある様々なダンジョンを攻略して混沌の勢力の侵略を防ぎ、最終的にもう一体の魔神将、第六十八将ベリアルを討伐した。

 主人公の使う神器が思い入れのあるフラガラッハである事や、自身がかつて治めた妖精郷を舞台にしていた事から、マナナンにとっては特にお気に入りのタイトルだ。


 続いて『ロストアルカディアⅢ 戦火の大地』。

 舞台をエリュシオン島からルグニカ大陸へと移し、フィールドマップの広さは前作までの数倍になり、それに伴ってボリュームも大幅アップした。

 かつてこの大陸に存在した巨大帝国が崩壊後、様々な国が誕生しては消えていき、最後に残ったのは二つの大国、ルグニカ王国とアグニカ帝国。長い時を経ても争いは絶えず続いており、また人間と亜人種の間にも、差別や諍いが絶えなかった。

 そんな争いと問題だらけの修羅の国で、一人の冒険者が大志を胸に旅に出る。底抜けの明るさと前向きさを武器に、他種族の者達とも分け隔てなく接し、様々な問題に体当たりでぶつかって行き、国も種族も関係なく、様々な者達と絆を深めていく。

 やがて彼らは、大国同士の争いの裏で手を引く巨大な悪と対峙する事になるのだった。

 主人公が使う神器は『極光槍ブリューナク』。そして敵役として登場する魔神将は、第二十九将アスタロト、そして第一将バエルの二体。なんと、この時点で既に魔神将の長であるバエルは討たれていた。

 前作までは無かった人間同士の戦いや、以降の作品でシリーズの名物として定番になる軍団同士の大規模戦闘の原点となった作品であり、シリーズ最高傑作として挙げるファンも多い作品だ。


 『ロストアルカディアⅣ ルグニカ大戦』は、シリーズ最大の問題作と呼ばれた。

 Ⅲから数年後のルグニカ大陸で、二大国間の全面戦争、そしてその結末が描かれた今作では、主人公はルグニカ王国の若き王子として軍を指揮して戦う事になる。

 そんな彼が率いる仲間達は、とにかく一癖も二癖もある者ばかりであり、また複雑な事情を抱えた者ばかりが彼の下に集まった。

 問題はその仲間達だ。メンバー内に別の仲間が家族の仇で、いずれ復讐する為に表面上は仲良く接して弱点を探ろうとしている者が居るなど可愛いもので、主要登場人物が全員何かしらの爆弾を抱えており、バッドエンドルートでは終盤にそれらが連鎖爆発した末に目も当てられない事態になった。

 前作がとにかく明るく前向きな主人公を中心に和気藹々としたパーティーだったのもあって、落差で大ダメージを負うプレイヤーが多数発生した。

 『史上最大のギスギスPT』『人間関係が複雑骨折してる』と言われたそんな軍団を纏める主人公は『爆弾処理担当』と呼ばれ、全ての爆弾をきっちり処理しきって仲間達を一つに纏め上げたトゥルーエンドルートでは、バッドエンドの反動で大きな感動と達成感をユーザーに齎した。

 主人公の使う神器は『聖剣デュランダル』、登場する魔神将は第二十八将ベリト。シリーズ中、最も賛否両論の好き嫌いが分かれる作品であった。


 『ロストアルカディアⅤ 叛逆のダインスレイヴ』は、舞台をハルモニア大陸へと移し、これまでとは異なる土地での物語が描かれた。

 主人公は逃亡奴隷の少年。追手に追い詰められ、逃げ込んだ遺跡の奥で発見した神器『魔剣ダインスレイヴ』を手にした彼が、持たざる者から成り上がっていくストーリーだ。シリーズ初となる最初から神器使いの主人公であり、本人は元奴隷なので最初は弱く、何の力も持たないが、魔剣の力を解放すればほぼ敵無し、どんな強敵が相手でも纏めて斬り伏せる事ができる。

 しかし、そんな強大な力には当然リスクがあり、考え無しに使いまくったら最後、魔剣の呪いに心身共に侵食されて、あっという間に悪堕ちバッドエンド一直線である。

 魔剣を手にした事を切っ掛けに剣士として名を上げていく中で、主人公は小国の王女と出会い、彼女を助けた事で騎士として取り立てられる。王女の志に共感した主人公は、騎士として彼女を公私共に支え、戦場では比類なき活躍を見せた。それによって並居る敵を次々と退け、国は大国へと成長していき、主人公もまた王女の近衛騎士へと出世していった。

 しかし中盤以降、王位を継いで女王となったヒロインは、人が変わったかのように野心を露わにし、覇道を歩み始める。その裏で蠢く巨悪に気付いた主人公は、彼女を解放する為に、反旗を翻す。

 主人公は後の世に『叛逆の騎士』の悪名で呼ばれる事になる。そのように、これまで積み上げてきた地位や名声の全てをなげうってでも、彼は愛する王女を救おうと決意したのだった。

 登場する魔神将は、第三十二将アスモデウス。お察しの通り、ヒロインが豹変した元凶であり、彼女に憑依している。


 『ロストアルカディアⅥ Knight of Abyss』は、冥界騎士フェイトの物語だ。冥王の指示の下、生と死の理を侵す者に裁きを下す。そうやって現世へと介入していく中で、フェイトは地上の者達と出会い、絆を交わす。そんな普通の人間達との交流の中で、特異な出自を持つ彼は自分自身のあり方や、人との関わり方について悩みながら、その心を成長させていった。

 主人公の使用する神器は処刑鎌『マリシャスセイヴァー』および双銃『カストール/ポルックス』。ラスボスとして登場する魔神将は、第十五将エリゴスだ。


 そして、シリーズ初のMMORPG……ロストアルカディアオンラインALOが、サービス開始した。

 マナナンも、当然βテストの初日からALOに参加した。クライアントソフトをダウンロードし、アカウント登録も済ませ、意気揚々とゲームを開始した。


 最初に行うのはプレイヤーである自身の分身となるキャラクター作成である。

 そんなプレイヤーキャラクターは、人間は勿論、獣人族、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、鬼人族、巨人族、龍人族……様々な種族を選ぶ事ができる。

 そんな選択可能な中に、小人族も存在していた。それを選択し、画面上に現れた男の小人族を見た時に、マナナンは深い懐かしさを感じた。


 それから時間をかけてキャラクタークリエイトを終わらせたマナナンの視線の先に映っていたのは、懐かしい友にそっくりな見た目の、小人族の少年であった。


「ふっ……何をやっているんだかな、俺は。まあ、あいつの姿を借りて遊んでみるのも面白い。別に構わんだろう? なあ、レグルス……」


 もう居ない友にそう呼びかけながら、マナナンは最後にキャラクターネームの入力欄に、『レグルス』と入力し、エンターキーを叩いた。


 『その名前は本作中にて歴史上の重要人物の名前として登録されている為、使用できません』


 しかし、返ってきたのはそのようなシステムメッセージである。製作者は奴の事まで把握しているのかと、驚きつつも嬉しい気持ちを抱くマナナンだったが、ではどのような名前を付けるかと悩んだが、そこで彼は思い出した。


「そういえば、あいつには大海の王の座をくれてやったな。だったら……」


 マナナンが再びキーボードを叩き、キャラクターネームを入力する。そうして入力された文字列は、


 『うみきんぐ』


「少々バカっぽいが、まあそれも、奴らしくて良いだろう」

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