第111話 王国軍人に対するインタビュー記録※

「あの時の事ですか……ええ、よく覚えていますよ」


 後日の昼下がり、グランディーノから来たという記者の取材に対して、王都北関門の守備隊に勤務する王国軍准尉(23歳・男性)はそう答えた。


「ボルカノ大佐……いえ、元大佐ですね。彼が女神様に決闘を申し込まれた時の狼狽え様といったら、今思い出しても笑えますよ。必死な顔で苦しい言い訳を繰り返していました」


「ですが、女神様はそれを一蹴されました。決闘を拒否するのであれば、今この場でロイド=アストレア殿に対する侮辱を撤回し、彼に対して謝罪をするように申しつけたのですが……まあ、自尊心と虚栄心の塊のようなあの男が、それを受け入れる筈もないですよね」


「それで、結局ボルカノは進退窮まって決闘を受ける事になったのですが……そこで奴は臆面も無く、決闘を受ける条件としてハンデを要求しました。『わかりました、かくなる上は潔く決闘の申し込みをお受けしましょう。しかしながら、決闘とは対等な条件にて行われるべき物。貴女だけが魔法や神の力を行使して遠くから一方的に攻撃したり、強力な装備や道具を使えるのは些か不公平なのでは?』などと。したたかと言うべきか、恥知らずと言うべきか……」


 ――それに対して女神はどう答えた?


「女神様は全く気にもしていない様子で、ボルカノの要求を受け入れました。『いいだろう。私は魔法も奇跡も行使しないと誓おう。武器や防具も必要ない。素手で相手をしてやろう』と」


「えっ? そこまで譲歩して大丈夫なのかって? ハハッ……いやいや、ボルカノの奴も、それを聞いた途端にさっきまで狼狽え、怯えていたのがまるで無かったかのようにイキイキと、自分が勝った時はどうするのか等と訊ねたりしていましたが……その程度のハンデ、あの方にとっては無いも同然ですよ」


「女神様は『お前が勝った時には何でも要求を飲もう。殺すなり犯すなり好きにするがいい。ただし私が勝ったら、お前には質問に答えて貰う』と言い、ボルカノもそれを承諾しました」


 そして、いよいよ決闘が始まった。その戦いがどのようなものだったかと記者が問いかけると……


「いやいや、そもそも戦いになんてなりませんでしたよ。一撃です。開始の合図がされ、ボルカノが剣を構えて斬りかかろうとした瞬間に、アルティリア様が放った拳でボルカノが吹っ飛ばされて、それで終わり。あそこ、見えるでしょう?」


 そう言って少尉が指差したのは、関門の白く高い壁に刻み込まれた、人型にへこんだ箇所であった。


「あれが、ボルカノが吹っ飛ばされて叩き付けられた痕です。元々立ってたのがあのあたりだから……まあ、100メートル以上飛んでますね」


 その人型の痕は、今では観光名所として多くの人が見学に訪れている。すぐ隣には石碑があり、『ボルカノ打痕 女神アルティリア様を怒らせ、打擲された愚か者が叩き付けられた痕である。後世の人々への教訓の為、この後は修繕せずに残す事とする』という文章が刻まれていた。

 ボルカノは、実に不名誉な形で後世に名を残す事になりそうだ。


 ――成る程、あれが噂の。後でじっくりと見学させていただきます。ところで、あんな痕が残るほどの勢いで壁に叩き付けられたボルカノは大丈夫だったのですか?


「いや、もう全身ズタボロの血まみれでしたが、女神様が手をかざして魔法を使われると、奴の怪我はあっという間に無くなりました。私も軍人ですので、戦いや訓練で怪我をして、神官の方々が使う治癒魔法のお世話になる事はあるのですが……女神様が使われた魔法は、私が知るそれとは次元が違いましたね」


 ――その後はどうなりましたか?


「決闘……と呼べるか怪しいくらいの一方的な展開でしたが、女神様が勝利した為、ボルカノに対して質問をされましたよ。その内容は、『6年前にロイドが軍を追放された事件について、知っている事を全て話せ』というものでした。それに対してボルカノはロイド殿を指差しながら、あの男が全て悪い、自分は何も知らないと、この期に及んでみっともなく苦しい言い訳を重ねていましたが……その時、不思議な事が起きたのです」


 ――いったい何が?


「突然、女神様が指をボルカノの頭部に突き入れたのです。すると、ボルカノは先程までとはうって変わって、本当の事を白状し始めました。その内容は……既にご存知ですよね?」


 アルティリアが秘孔を突いた事によって、自分の意志とは無関係に質問に対して本当の事を答えるようになったボルカノは、自白を始めた。

 曰く、若く優秀で、めきめきと頭角を現していたロイドが目障りだった。今は亡きロイドの父ジョシュアに対しても、若い頃に槍試合や軍事演習でコテンパンに負けた事があって恨んでおり、彼に生き写しなロイドを貶めてやろうと思った。自分が行なっていた横領や違法行為を、ロイドがやったように見せる為に偽の証拠を作らせ、賄賂をばら撒いて複数の高官に偽りの証言をさせた。

 そんな醜悪極まりない陰謀を本人の口から聞かされた兵士達は、怒りに震えた。

 ボルカノが起こした騒ぎを聞きつけ、決闘を見る為に集まっていた通行人達も、軍上層部の腐敗ぶりに怒りや嘆き、呆れといった様々な負の感情を抱いた。


 奴を逮捕しろ!

 誰かが叫んだその言葉を皮切りに、その場に居た兵士達が一斉にボルカノを包囲する為に動き出した。


「知っての通り、ボルカノは逮捕されて失脚。彼の不正に関わっていた軍上層部の人間や役人も、後日一人残らず逮捕されました。軍に対する国民の信頼を損なう事件ではありましたが、汚職に関わっていた者達が一掃された事で、健全な体制になって再出発する事ができました」


 ――その後、女神様はどうされたのですか?


「予定通り、王都へと向かわれました。ですが……」


 ――何か問題が?


「あの御方の勇姿を見た民や、兵士達までもが女神様について行こうとして、ちょっとした騒動が起こりましてね。結局、関所を通過した人々と護衛の兵士達も加わって、大所帯で王都へと向かう事になりました」


 ――そのような事が。ところで、貴方はその時には……


「勿論、女神様の供をして王都へと向かいました」


 ――実に羨ましい。その時の事もぜひお聞かせいただきたいのですが……


「そうしたいのはやまやまですが、もう昼休みが終わるので、また後日にでも」


 ――わかりました。本日はお忙しいところ、本当にありがとうございました。

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