第99話 オーク達は思った事を隠せない

 今日もこの俺、アルティリアは領主との会談の為に、レンハイムの街にある領主官邸を訪れていた。一緒についてきた子供達は、いつものように領主の娘と一緒に遊ばせている。

 今回はいつもの領主やこの地域の有力者達との話し合いとは違って、遠くからお客様が来る事になっていた。俺が領主官邸を訪れると、既に客人は到着していたようだった。

 領主一家が自ら玄関先まで出て俺を出迎えてくれるのはいつもの事だが――わざわざそこまでしてくれなくても、と言ったのだが、女神様に対しては最大の礼を尽くしたいとの事だったので、好きにさせている――、今回は彼らの他に、もう一人の人物が出迎えに加わっていた。どうやら、彼がその客人のようだ。


「スチュアート=オリバーと申します。女神様にご拝謁する事が叶い、大変嬉しく思います」


 跪いてそう言ったのは、青い髪に翠色の瞳の若者だった。年齢は見たところ、線が細く、端正で中性的な顔立ちから十代の少年にも見えるが、後から聞いたところによると、実年齢は二十代半ばなのだとか。

 彼は、あの沈没船ダンジョンの奥で出会った幽霊……アルフレッド=オリバー伯爵の子孫にあたる人物だった。

 先日、沈没船探索および亡霊戦艦との戦いから戻った後、俺は領主にその時の出来事を報告し、オリバー伯爵から預かった秘宝『天空の翠玉』――かつて領主の御先祖様が、オリバー伯爵に贈った物だ――を返却した。

 それと同時に、沈没船から持ち帰った財宝の半分を彼に預け、公共事業の為に役立てるように頼んである。街道や港の整備、病院や公衆浴場の設立の他に、近い内に領内の子供なら誰でも通える学校を建てる予定になっている。


 さて、そんな訳で領主の元に、先祖がオリバー伯爵に贈った宝石が戻ってきたわけなのだが……領主はそれをそのまま受け取る事を良しとせず、当代のオリバー伯爵家当主であるスチュアートに対して手紙と共に、改めて天空の翠玉を贈ったのだった。

 ちなみに、手紙と翠玉を彼の元に送り届けたのは、帝国にも伝手のあるミュロンド商会のボス、ダグラス=ミュロンドであった。


 それに泡を食ったのが、スチュアートを筆頭とするオリバー家の物達だった。

 オリバー伯爵家はかつて、ローランド王国に行ってきた帰りに当主が船ごと海に沈んで亡くなった事で、大混乱に陥った過去を持つ。

 いや、オリバー伯爵家のみならず、当時は帝国全体が荒れに荒れた。ローランド王国の陰謀だ、ただちに王国との戦争を再開すべしと声高に叫ぶ者がいれば、逆に帝国内でオリバー伯爵を邪魔だと思う者が手を下したのではと言う者も出てくる始末。何が真実かも分からぬまま、人々は好き勝手に自分達の憶測を口にして、帝国は一時的に政治的混乱に陥った。

 そんな事があったので、オリバー伯爵家の者達はローランド王国に対して強い不信感を抱き、ケッヘル伯爵家との交友関係も、当主の死をもって断たれた。それと同時に帝国に対しても信頼が置けぬと、政治の中心部からも距離を置くようになっていったという。

 こうして、帝都から遠く離れた領地で細々とやっていたオリバー伯爵家だったのだが、そんな時にいきなり、仲の悪い隣国の貴族から手紙が届いた。何かと思って中を見てみれば、そこに書いてあったのは偉大な先祖の死の真相や、その遺言。そして霊になっていた彼が、どのような最期を迎えたかが記されていた。

 そして最後には領主……ケッヘル伯爵からの、このようなメッセージが添えられていた。


「かつて我が父祖がアルフレッド=オリバー伯爵に贈った、この天空の翠玉を、改めてオリバー伯爵家に贈ります。我らの父祖が願った、両家の変わらぬ友情を祈って」


 手紙を読んだスチュアートは、すぐに僅かな供回りを連れて王国へと旅立ち、こうして領主の住むレンハイムの街を訪れたのだった。

 そして直接、領主から詳しい話を聞いた事で、わだかまりは完全に解けたようだ。


 そんなわけで今日の会談は、帝国貴族のスチュアート=オリバー伯爵を交えての物になる。

 スチュアートはケッヘル伯爵領の統治システムや、この地方で花開きつつある文化――特に、食文化について大いに関心を寄せていた。そして、それを齎した俺という存在についても。


「必ずや我が領内にもアルティリア様の教えを広め、神殿を建立いたします。その際は是非とも、我が領地においでください」


 最後にスチュアートはそんな事を言ってくれやがった。

 やったねアルちゃん! 帝国にも信者が増えるよ!(白目)


 さて、俺達がそんな話し合いをしている最中に、子供達はこっそりと三人でお出かけした様子である。

 あの子達はバレていないと思っているだろうが、残念ながらエルフの耳は地獄耳。いくら物音をたてないように、こっそり出ていこうとも俺の耳には丸聞こえである。

 ついでに、うちの子達には護衛として水精霊ウンディーネをつけているので、バレない筈がないのだった。


「子供達を迎えに行ってきます」


 そう言って、俺は領主官邸を出た。


「こちらHQヘッドクオーター、護衛担当水精霊、応答せよ」


 そう呼びかけると、すぐに返答があった。


「こちらスネーク。どうしましたかアルティリア様」


「子供達の様子はどうだ」


「はっ、お子様達は農村にて畑を荒らす魔物退治の依頼を受け、遂行しました。その後、原因を調査する為に森に入り、現在はアレックス様がその魔物の一体と交戦中です」


「その魔物の特徴は?」


「見た目は二足歩行する豚で、人語を話しますがブヒブヒとうるさいです」


 オーク……だと……!?

 オークはファンタジー物の作品では定番の、豚を人型にしたようなモンスターだが、ロストアルカディアシリーズには登場した事が無かったはずだ。勿論、LAOにも存在しなかった。

 それが何故こんな所に居て、アレックスがそれと戦っている……?


「見た目に反してそこそこ理性的なようですが、戦闘力はかなり高いようですね。アレックス様がやや押され気味です」


「わかった。すぐにそっちに行く」


 俺は水精霊から送られてきた位置情報を使って、そこを目標に転移テレポートの魔法を使った。

 そして転移した先で、俺が見た物は……天羅地網の構えから、水竜破を放つアレックスの姿だった。それが、一瞬だけキングの姿と重なって見えた。


「……ああ。本当に、強くなったなぁ」


 子供の成長は早いものだと言うが、それにしても本当に、男の子というのは知らない内に強く、大きくなっていくものだ。

 勝ったものの最後まで立っていられなかったのだけは減点だが、そこ意外は本当によくやった。自慢の息子だ。


「ママ!」


「アルティリア様!」


 俺がアレックスを抱き上げると、ニーナとカレンが駆け寄ってきた。


「二人共、怪我は無いようですね。では、二人はアレックスを連れて先に帰りなさい。私は彼らと話があります」


「わかった!」


 ニーナは元気よく返事をしてツナマヨを呼びにいったが、カレンはおずおずと俺に話しかけてきた。


「わ、わかりました。あの、アルティリア様……わざわざ探しにきてくれて、申し訳ありませんわ」


「構いません。それよりも謝罪はむしろ、貴方のご両親にするといいでしょう。きっと心配していますよ」


「うぐっ……、はい……帰ったらお父様とお母様に、黙って出ていった事を謝ります」


「よろしい。まあ、きちんと謝れば、そうきつく叱られる事はないでしょう」


 こうして、子供達を先に帰した俺は、改めてオーク達に向き直った。

 オークは全部で5体。そのどれもが2メートルを超える巨体の持ち主だ。ぱっと見ではだらしのない肥満体質に見えるが、よく見るとよく鍛えられており、かつ柔軟性に富んだ肉弾戦に適した体だという事がわかる。


「さて……君達、少しいいかな」


 アレックスとのやり取りを見聞きした限り、理性があって話が通じる相手のようだったので、俺はオーク達と話をするべく、彼らに近付いたのだが……


「おっぱいブヒィ」


「……は?」


 突然オークの一体が、俺を指差してそう言った事で、俺は呆気に取られた。


「でっかいブヒィ」


「すごいでっかいブヒ」


「えっちブヒねぇ」


「魔界にいた淫魔サキュバスの姉ちゃん達よりデカいブヒィ」


「あいつら美人だけど、お高くとまってるし俺達の事を馬鹿にするから嫌いブヒィ」


「あんな奴らの事はどうでもいいブヒ。今は目の前のおっぱいに集中するブヒ」


「こいつ良い事言ったブヒィ」


 なんやこいつら。


「揉みたいブヒね」


「俺は吸いたいブヒ」


「俺は顔を埋めたいブヒ」


「僕はちんちんを挟んで気絶するまで延々と搾精していただきたいですねブヒ」


「こいつドMブヒィィィ!?」


 俺を見ながら好き勝手に語り合う豚共を前に、俺は進化した愛槍……『深海の三叉槍トライデント・オブ・アビス』を構えた。


「君達……少し、頭冷やそうか」


 魔力凝縮コンセントレイト・マナ! 魔力増幅マジックブースト! 水魔法最大化マキシマイズ・ウォーターマジック! 冷気の雨フリージングレインオラァ!


 ……そして数分後。

 オーク達は身体に霜を付けた状態で、俺の前で土下座をしていた。


「すみませんでしたブヒ」


「つい本音がブヒ」


「思った事をつい口に出しちゃうだけで悪気はないんですブヒ」


 どうやらオーク達は良くも悪くも、自分に素直な奴らのようだ。

 さて……こいつらをどうするべきかと、俺は頭を悩ませるのだった。

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