第98話 激闘! アレックスVSオーク・ウォリアー!※
5体のオークの中から1体が前に出て、アレックスと距離を取って向かい合った。
「いくぞ!」
「かかって来いブヒィ!」
拳を握りしめて、まっすぐに突撃するアレックスを、オークはその場から動かずに迎え撃つ構えだ。
「ブヒィ!」
アレックスが間合いに入った瞬間、オークは右の拳を振り下ろした。アレックスは小さな体を更に縮めて、オークの巨拳を掻い潜った。
続けざまにオークは左の拳で攻撃するが、アレックスはこれも躱しながら、オークの手首にカウンターの肘鉄をくらわせた。
「ブヒッ……小さくて速いせいで狙いにくいブヒィ……」
サイズの差がありすぎて、リーチの長さでは圧倒的に有利なオークではあったが、アレックスが小さな子供である事が有利に働く点もあった。
巨大な肥満体の持ち主であるオークは、力こそ強いものの動きはあまり速くないし、小さくて素早く動き回る相手を正確に狙う事もできない。また、関節の可動域も小さく、死角が多い。
アレックスは素早くオークの攻撃を回避しながら、敵が攻撃に使う手足の関節にカウンターを入れつつ、隙を伺った。
「巨大な敵を相手にする時は死角に入りつつ末端を狙うべし、ですわね! 流石アレックスさん、よくわかっていますわ!」
「お兄ちゃん、がんばれー!」
カレンとニーナの応援を背に受けて、アレックスはオークを翻弄しながら戦闘を有利に進めていた。
しかし、彼が行なっているのはあくまで手足への攻撃に過ぎず、決定的なダメージを与える事は出来ていない。体格や筋力の差を考えれば、一撃で戦況が引っくり返される事も十分にありえる為、油断はできない状況だ。
しかし、そこでチャンスが訪れた。なかなか攻撃が当たらない事に焦ったオークが、雑な大振りで盛大に攻撃を空振ったのだ。
「もらった!」
力強く大地を蹴って、アレックスが前方に素早く踏み込み、そして跳躍する。同時にその右拳に水属性の
「水竜天昇!」
水属性の強力なジャンピングアッパーカットが、オークの鳩尾に突き刺さった。しかし、命中したその瞬間に、アレックスは「しまった」とでも言いたそうな表情を浮かべた。
カウンターで会心の当たりが急所に命中したにも関わらず、なぜアレックスはそのような表情を浮かべたのか?それは……
(手応えが変だ……! 効いてない!)
アレックスが右拳から感じたのは、柔らかく弾力のある、ゴムのような感触だった。それを感じた瞬間、アレックスは本能で理解した。
オークの腹部に蓄えられたブ厚い脂肪と、その下に眠る強靭な筋肉が、衝撃を大幅に吸収している事を!
「ブヒィィィィィ!」
そこに、オークの左拳が襲い掛かり、アレックスを吹き飛ばした。アレックスがカウンターで放った水竜天昇は敵に大したダメージを与える事は出来ず、逆に自らがカウンターを食らってしまうという、非常にまずい状況だ。
「お兄ちゃん!」
「アレックスさん!?」
しかしアレックスは大きく後方へと吹き飛ばされながらも、空中でくるくると縦方向に三回転して、軽やかに地面に着地して、ファイティングポーズを取った。
それを見て驚いたのは、戦いを見守っていた4体のオーク達だ。
「ブヒィッ!? あのガキ、オークの拳をくらってピンピンしてるブヒィ!?」
「確かに獣人はタフな種族ブヒ……しかしあんな小さいのに、なんというタフさブヒィ!?」
「馬鹿者、何を見ていたブヒ。あの少年は攻撃に逆らわず、あえてその流れに身を任せながら自ら後方に跳ぶ事で、ダメージを最小限に抑えたのだブヒィ」
「こいつ何者ブヒィ!?」
しかし、いかに上手く受け流したとはいっても、受ける衝撃を完全に0にする事は出来なかったようで、戦闘不能になるほど深刻な物ではないものの、アレックスは小さくないダメージを受けていた。
「どうするんですの!? 何とか防御する事は出来たみたいですけど、アレックスさんの攻撃が効いていないですわ! まずいですわ!」
悲観的になってそう叫ぶカレンだったが、隣にいるニーナは慌てる事なく、静かに兄の姿を見つめていた。
「だいじょうぶ。お兄ちゃんは負けない」
その瞳にあるのは、彼に対する絶対の信頼だ。この状況でもニーナは、アレックスの勝利を微塵も疑ってはいなかった。
それを見て、カレンも落ち着きを取り戻す。
「そうですわね! アレックスさん、がんばって下さいまし!」
「まかせろ」
応援する二人の少女に向かって頷きながら、アレックスは思考を巡らせる。
(さて、どうする。打撃はあの肉のせいで効きにくい。なら……)
「波濤刃!」
アレックスが、両手に水の刃を纏う。打撃が駄目なら斬撃でどうだと言わんばかりに、素早い踏み込みと共に両手で高速の連続手刀を放ち、オークを切り裂こうとする。
これがゴブリンのような弱い魔物が相手なら、反応する事も出来ずに全身をズタズタに切り裂かれて絶命するだろう。しかし、このオークはそんな雑魚
「無駄だブヒィィィ!」
オークが重心を低く落として、全身に力を込める。するとその体が一回り大きく、筋肉質な物へと変貌した。
その結果、アレックスが放った左右それぞれ3連続、合計6連撃の手刀による攻撃は、オークの肌の表面を浅く切り裂くに留まった。
自身の筋力を増幅させつつ、全身に力を込めて防御力や物理攻撃への耐性を一時的に大きく上昇させる
「まだだ!」
防がれるのは想定済みだと言わんばかりに、アレックスはオークの頭を飛び越えるくらいに、高く跳躍し……
「昇竜脚!」
オークの顎を、左脚で力強く蹴り上げる。そして直後に、
「竜爪脚!」
オークの脳天に向かって、右足の踵を振り下ろした。
体と違って、顎や頭頂部といった鍛える事が出来ない場所への二連撃だ。これならば、いくら体重や筋力があっても関係ない。そう考えての攻撃だったが、
「今のはちょっと痛かったブヒ……しかし、その程度で俺を倒す事は出来んブヒィィィィ!」
脳天に振り下ろされたアレックスの足を、巨大な手で鷲掴みにしたオークは、彼の小さな体を振り回し、遠くに向かって放り投げた。
確かにアレックスの狙いは悪くなかったが、オークの体には、人間とは決定的に異なる点が幾つかある。
そのうちの一つが、骨だ。あの巨大で、非常に重い身体を支えるための骨……とりわけ中枢である脊椎や頸椎は、人間のそれと比べて非常に太く、頑丈な作りをしている。これは
また、首そのものも非常に太い為、顎や頭部への攻撃による脳に対するダメージが、とても通りにくいのだった。
オークは物理攻撃に対する耐性という点については、かなりの強度を誇るモンスターであった。
投げ飛ばされたアレックスは、再び空中で体勢を整えて着地する。再びダメージを受けるが、その瞳に宿る闘志は少しも衰えていないようだ。
「まだやるブヒか? 次は手加減せず、地面に叩き付けるブヒよ」
子供であり、オークの特徴を知らない初見の相手であった事から、オークは手加減をしていたようだ。
しかし、まだ続けるつもりならば容赦をしないと言い放つ。
「あたりまえだ。俺はまだ、全てを出しきっていない!」
その脅しにも臆せず、アレックスは言い放った。
「俺が今できる、最強の技を見せてやる!」
そしてアレックスは、精神を集中させ、全身から蒼い闘気を放出させた。それと共に、ゆっくりとした動きで特徴的な構えを取り始めた。
両脚を肩幅に開いてまっすぐに立ち、両腕を大きく上下に開き、開いた右掌を頭上へと向け、反対の左掌を足下へと向ける、その構えは……
「ブヒッ!? あ、あれは天羅地網の構え!」
「ブヒ!? お前、知ってるのブヒか!?」
「うむブヒ……あれこそは全部で八つ存在する、徒手空拳の奥義の型の一つ、天羅地網の構えブヒ! 高く真上へと掲げた掌は天空への、低く真下へと下ろした掌は大地への祈りを表し、大自然の氣を借り受け、己が身に取り込む事で闘気を最大限に増幅させる構えブヒィ! まさか、あの歳であれが出来るとは……末恐ろしい少年ブヒィ……」
謎の物知りオークがそんな蘊蓄を披露する中、アレックスは天地に向けた両手を、ゆっくりと体の前へと持ってくる。
取り込んだ大自然の氣と、自らの闘気を合一させ、放たれる奥義の名は……
「水竜破ぁーッ!!」
まっすぐに前に突き出されたアレックスの両掌から、水属性の巨大な闘気が放たれた。それは
「ブヒッ……!?」
あの攻撃はまずい、とオークは直感で理解した。
物理攻撃と違い、オークは魔法や属性攻撃に対する耐性は高くない。いや、むしろ低いほうである。
そして、あの攻撃はオークの強靭な肉体をもってしても、耐えられない可能性がある程に強力な物である。
避けるべきだ。逃げるべきだ。本能がそう叫ぶ。
しかし、あんな小さな、しかし勇敢な少年が全身全霊で放った奥義を……
「避けちまったら……男じゃねえブヒィィィィィィ!!」
オークは覚悟を決めて、闘気を両手の拳に漲らせた。
「よく言ったブヒィ!」
「意地を見せろブヒィ!」
「根性で耐えきれブヒィ!」
「いっけええええブヒィィィ!」
仲間の声援を背に受けて、オークは迫り来る水竜破に対して、逆に力強く一歩、踏み込んだ。
「ブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒ、ブッヒィーッ!」
見た目の印象から受ける鈍重さをまるで感じさせないほどの、闘気を纏った高速の拳打のラッシュを水の竜に向かって叩き込んだ。
アレックスの水竜破とオークのラッシュが、ぶつかりあって拮抗する。
しかし、その拮抗は永遠には続かず……やがて崩れる。
「おれは……負けない!」
アレックスが全身全霊の力と意地を込めて、水竜破を押し込み……ラッシュを突き破って、遂にオークの体に直撃させた。
「ブ……ブヒィィィィィッ!」
水竜破を受けたオークの体が後退する。倒されないように踏ん張るオークの両足が、20メートル以上も地面を削りながら、どんどん後ろに向かって押されていって……
「み、見事……ブヒィ……」
がくん、と、その両足から力が抜け、崩れ落ちるように膝をついた。
それを見届けて、アレックスはゆっくりと、右拳を天に向かって突き上げ、勝利宣言を行なった。
しかし、直後にその小さな体から力が抜けて、アレックスは倒れそうになった。持てる力の全てを使い切って、もはや立っている事も適わない様子だ。
倒れるのならば、せめて前のめりに倒れようとするアレックスであったが、その前に体が何者かによって持ち上げられた。
そして直後に、何か柔らかい物によって抱きしめられる感覚がした。
「こら、アレックス。勝ったならば、ちゃんと最後まで立っていなさい。それが勝者の義務というものです」
「……ははうえ」
いつの間に現れたのだろう。そこにいたのは、アレックスの養母である女神、アルティリアであった。
「しかし、本当によく頑張りましたね。流石は我が自慢の息子」
そう言って、アルティリアはアレックスを優しく、愛おしそうに抱きしめるのだった。
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