第88話 祝杯

 メンタルに大ダメージを受け、弱体化した骸骨船長は、俺達の総攻撃によって遂に倒された。

 亡霊戦艦と合体していた胴体部分が崩壊し、分離した上半身が吹き飛んで落水し、そのまま海へと沈んでいく。

 未練と恨みの篭もった視線をこちらに向けながら、骸骨船長は叫んだ。


「ヌオオオオオッ! 俺ハ諦メンゾォォォッ! 財宝ヲ必ズコノ手ニ取リ戻……」


 うっせぇ、黙って死ね。俺は高圧水流を放ち、骸骨船長の頭部を粉砕しながら海中へと押しやった。

 ……よし。流石にもう上がってこないな。まったく、しぶとい敵だった。おかげでだいぶ苦労させられたが、何はともあれ……


「我らの勝利だ! 勝ち鬨を上げよ!」


 俺が勝利を宣言すると、皆が声を張り上げて、苦しい戦いの疲れを吹き飛ばすように叫んだ。

 すると、俺達全員の目の前に、それぞれ豪華な宝箱が出現した。レイドボス討伐報酬が入った箱だろう。


「アルティリア様、この宝箱は……!?」


「強大な魔物の討伐に参加すると、このように貴重な財宝を入手する機会を得る事ができます。どのような原理で出現するかは不明ですが……とにかく、この亡霊戦艦も何時崩壊するか分かりません。全員、速やかに自分の宝箱を開けて中身を回収し、私の船に戻りなさい」


 彼らに指示しつつ、俺も自分の箱を開けた。中には金貨がみっちり詰まった袋や宝石、銀細工などの高く売れそうな品物、それから何点かの装備品が入っていた。


「うおおっ! これはかなりの名剣の予感がするぜ!」


 冒険者の男が、宝箱の中から一振りの剣を取り出して、自慢げに掲げて見せていた。俺の目から見ても、それなりに良い品であるというのが分かる。

 うんうん、レア装備を入手して自慢したくなるのは分かるよ。でもね……


「急いで回収しろって言われてんだろ! 後にしろ馬鹿野郎!」


「逃げ遅れたらその剣没収すんぞ、このスカタン!」


 と、近くにいた仲間達から罵倒されていた。残当。

 そうこうしている間にも、亡者の骨で構成された亡霊戦艦が崩れかけている。恐らくもう十分もすれば完全に崩壊するだろう。

 俺は全員が報酬を回収してグレートエルフ号に戻るのを見届け、最後に自船の甲板へと飛び移った。その数分後に、亡霊戦艦は完全に崩れ去り、その巨大な姿を消した。

 それと同時に、戦いの始まりからずっと続いていた嵐が過ぎ去り、波は穏やかになり、空は雲一つない快晴へと戻った。

 空を見れば、太陽は中天を過ぎ、西の海へと沈みかけていた。

 俺達は日が沈む前に、損傷した船を修理する事にした。皆、戦いで疲れているようだが、文句の一つも言わずによく働いてくれた。

 もちろん、俺も自ら工具を手に船の修理に勤しんだ。それを見て、


「アルティリア様、そのような事は我々が……」


 などと、俺を止めようとしてくる者もいた。その気持ちは有難いが、この中で一番修理が上手いのは俺だし、この船の事を一番よく知っているのも俺だ。


「私よりも上手く修理できると言うなら代わりましょう。そうでないなら私の作業を見て学びなさい」


「はっ、速い! しかも何という正確さだ!」


 驚愕しながら、彼は俺の作業を見逃さないように、しっかりと凝視し、


「生意気な事を言いました。しっかりと学ばせていただきます!」


「よろしい。では私の手伝いを命じます」


 余談だがこの時に俺の助手を務めた事で覚醒したのか、その後彼は船大工として大成し、名匠として後世に名を残す事になる。


 船の応急修理が終わった頃には日が沈み、夜になっていた。修理したとはいえ、損傷した船で最大速度を出すのは不安がある為、比較的ゆっくり帰る事になる。まあ、それでも並の船よりは速いがね。

 そんな感じで舵を握り、船をのんびり航行させて帰路についていると、甲板が何やら騒がしくなってきた。

 何だ、また魔物か何かが出たのか? と一瞬不安になったが、戦闘の音は聞こえてこないし、見張りを任せている水精霊達からも何の報告もない事から、敵襲ではなさそうだ。

 じゃあ何だ? ちょっと外の様子を見てみるかと思った時だった。操舵室の扉を開けて、ニーナが顔を覗かせた。


「ママ、流れ星!」


「流れ星?」


「うん、いっぱい!」


 前方の窓からはそれらしい物が見えなかった為、俺は船を停泊させて甲板に出て、上空を見上げた。するとニーナが言った通り、東の空に沢山の星が流れ、線を描いていくのが見えた。

 うーん絶景である。この世界は地球に比べると環境汚染とかの影響が無く、空が綺麗ではっきりと見えるのもあって、思わず圧倒されるほどの美しさだ。


「ロイド。予定より早いですが、皆に酒を振る舞いなさい。おっと、子供達と未成年者にはジュースを」


「かしこまりました。これ程の絶景を肴にできるとあれば、皆も喜ぶでしょう」


「ええ、ただし飲みすぎに注意するように。泥酔して海に落ちたりしたら助かりませんからね」


「はっ、気を付けます。アルティリア様は……」


「私は船の操縦があるので、後でいただきます。貴方達は先に楽しむといいでしょう」


 俺もこの景色を見ながら勝利の美酒を味わいたい気持ちはあるが、飲酒運転は怖いから仕方がない。

 ま、彼らも上司が一緒の宴会とか肩が凝るだろうし、俺は家に帰ってから一人でのんびりと楽しませて貰うとするさ。

 そう思って操舵室に戻ってきたのだが、そんな俺にアレックスとニーナの兄妹が一緒について来た。


「皆と一緒じゃなくて良かったのか?」


「かまわない」


「ママと一緒がいいの!」


 アレックスが大きな瓶に入った葡萄ジュースを、ニーナが三人分のコップを持ってきていたので、ジュースの入ったコップで乾杯をした。

 子供達とジュースを飲みながら、俺は呟いた。


「帰ったらワインでも飲むかと思ったが、やめておこうかね……」


 恐らく、これより美味いとは思えないだろうからな。

 俺がまだ『俺』だった頃は、飯や酒なんて一人で好きなように楽しむのが一番で、それを誰かと一緒にするという事に、さして意義を感じる事は無かったものだが……こっちに来て、アルティリアになった事で、俺の内面も随分と変わったと実感する。

 恐らく、今後もそういった変化は続き、元の『俺』からは更にかけ離れていくのだろうという予感はあるのだが……

 困った事に今の俺は、そういった変化が嫌いじゃないようだ。


「勝利と我らの女神に、乾杯ッ!」


 甲板の方から聞こえるロイドの声と、それに続く大勢の信者達の声を聞きながら、そんな風に思いを馳せるのだった。

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