第70話 新しい武器を使ってみたくなる気持ちはわかる

 俺の神殿がある小高い丘の麓には、海神騎士団の本部がある。

 そこにある訓練所は、学校の体育館よりもう少し広いくらいのスペースがあって、団員達が日々、武器術や体術の訓練に明け暮れている。

 その中央で、二人の男が向かい合っていた。

 一人は長身で、精悍な顔つきの茶髪の若い男だ。見た目よりもずっと軽い、ミスリル合金製の青みがかった銀色の金属鎧の上にサーコートを着用しており、両手に刀を握って正眼に構えている。

 海神騎士団の団長、ロイド=アストレアだ。

 それに相対するのは、赤い全身金属鎧フルプレートアーマーを着て、頭部全体を覆い隠す兜を被った巨漢。両手で持った幅広でブ厚い刀身の大剣を、右肩にかつぐようにして構えている。

 彼の名はスカーレット=ナイト。最近、新たに海神騎士団に入団した騎士であり、かつては魔神将フラウロスの腹心、紅蓮の騎士という魔物であった事は公然の秘密となっている。


「ゆくぞ、ロイド!」


「かかって来い、スカーレット!」


 どうやら二人は模擬戦を行なうようだ。他の団員に聞いてみれば、あの二人は毎日こうやってタイマンバトルを繰り広げているらしい。

 戦績は6:4の割合でスカーレットがやや勝ち越しているが、毎回かなりの接戦になっており、筋力や耐久力といった地力の差で勝るスカーレットに対して、多彩な技と器用さで食い下がるロイドといった図式になっているようだ。


「ぬうんっ!」


「せいやあっ!」


 スカーレットの大剣による豪快な一撃を受け流し、ロイドはカウンターを仕掛ける。しかしスカーレットはカウンターを被弾する事を覚悟の上で、強引に押し切る作戦に出たようだ。

 一見、無理攻めのように見えるが、実は悪くない作戦だ。カウンターというのは相手が攻撃する際に出来た隙を突き、攻撃に意識を割かれて防御が疎かになっているところに大ダメージを与えられるのが利点だ。

 しかし、それがあるとわかっていれば、けっこう耐えられるものだ。ダメージは勿論あるが、意識の外からいきなり攻撃されるのに比べれば、来るとわかっている攻撃を耐えるのは容易い。

 強引な攻めで守りを突破され、防戦一方になるロイドだが、あいつはここからが強い。守りに徹しながら、虎視眈々と反撃のチャンスを伺っている。

 スカーレットもそれは分かっているのだろう。気持ち良くガン攻めしているように見えて、反撃のチャンスを潰すように慎重さも残している。

 しかし、そのせいでロイドの守りが崩せない。かといって攻撃に意識を割きすぎればカウンターで一発逆転もあり得る為、思い切った攻めがしにくい状況だ。


 と、そこでスカーレットが赤い闘気オーラを大剣の刀身へと集め、大技を繰り出そうとした。対するロイドも、青い闘気を全身に薄く纏い、刀を鞘に納めて居合の構えを取った。


 それを見た団員達が「げっ」と声を漏らしながら、彼らから距離を取る。

 そして、全力の二人が訓練所の中央でぶつかり合う……


「はい、そこまで」


 寸前に、一瞬で間に割って入った俺が、二人を止めた。

 片手で槍を使ってスカーレットの大剣を受け止め、もう片方の手でロイドの刀の柄を押さえて抜刀を寸前で止める。


「二人共、熱くなりすぎです。少し落ち着きなさい」


 刃を潰した模擬戦用の武器とはいえ、闘気まで使って本気でぶつかり合ったら周りが危険だからね。

 こいつら何度も訓練所の床や壁をブッ壊して、そのたびに自分達で修理してるみたいだし。


「アルティリア様……申し訳ありません、つい勝負に熱中してしまい……」


「面目ありません。しかし、我の一撃を片手で受け止められるとは……」


 スカーレットは、大剣による一撃を片手で止められた事にショックを受けた様子だ。


「模擬戦用の武器でしたからね。実戦で本来の武器を使った状態でならば、あれほど簡単にはいかないでしょう」


 ま……出来ない、とは言わんがね。


「そうそう、その武器の事で来ました。貴方達の新しい武器が完成したので届けに来たのです」


 俺はそう言って、布に包まれた二振りの武器を道具袋から取り出した。


 完全に折れてしまったロイドの刀と、それに比べれば軽傷だが大きく欠けて破損したスカーレットの大剣を俺は預かっており、壊れたそれらを素材にして新しい武器を作ろうとしていた。

 先日、兎先輩がくれた万能製作デバイスのお陰もあって、かなり……いや、とんでもなく良い物が出来たと自負している。


「こ、これはっ!?」


「ぬぅっ!?」


 俺から武器を手渡され、包みを解いて刀を鞘から抜いたロイドが目を見開く。スカーレットも兜のせいで顔は見えないが、だいぶ驚いているようだ。

 そりゃあそうだろう。何しろ俺が二人に手渡したのは、新しく作ったなのだから。


 神器。

 それは俺が持つ海神の三叉槍トライデント・オブ・ネプチューン水精霊王アクアロードの羽衣、クロノのブリューナクやイージス、キングの大海の心オーシャンハートに放浪者の外套、バルバロッサのメギンギョルズや魔弾の射手の指輪リングオブタスラムのような、固有の名称と抜きんでた性能、唯一無二の特性を持つ最高位のアイテム達の総称である。


 そして、それらの神器は全て、かつて地上に存在していた神々が、己の力を注ぎ込んで作った武器や道具である。

 神がその手で作り、力を注いだからこそ神器……神の器と呼ばれるのだ。


 そしてこの俺は、新米とはいえ少し前に魔神将フラウロスを討伐し、大神グレーター・ゴッドに昇格した神である。

 ゆえに、新たな神器を作成する資格と力は持ち合わせていた。


 勿論、そう簡単にポンポン作れるわけでもないのだが。

 神器作成には神の力……すなわち人々の信仰を集めたFPFaithPointを大量に消費し、更にそれを受け止める為の器である武器にも、それに相応しい最上級の素材を使った最高の物が求められる為、一切の妥協は許されない。


 なかなか苦労したが、そのおかげで二人の為に新たな神器を作る事が出来た。


 まずロイドの刀だが、村雨をベースにした水属性の刀でありながら、攻撃力や耐久力は村雨の比ではないほど強化されている。刀身は俺の髪色にそっくりな、薄い水色の輝きを湛えていた。

 付加効果エンチャントには水属性攻撃強化、物理攻撃時に与ダメージに応じてHP回復、HPMPの自然回復量増加、カウンター技の威力強化など、やや防御寄りにしながら攻防共にバランスの取れた優秀な物が揃った。

 銘は『海割り』。その名の通り、完成した後に海に向かって一発思いっきり素振りしてみたら、海が真っ二つに割れた事から名付けた。これにはモーセのおっさんもビックリだわ。


 スカーレットの大剣は、彼が元々使っていた大剣を元にして新しく作ったもので、元の剣を順当に強化した物だが……一つだけ、他の神器とは全く異なる点がある。

 それはこの剣には、俺の神としての力だけではなく、スカーレットの旧主である魔神将フラウロスの力も宿っているという事だ。


 フラウロスを討伐した後しばらくして、奴の力の一部が俺の中に宿っている事に気が付いた。どうやら倒した際に吸収してしまったようで、特に悪影響や副作用は無かったのだが……

 悪影響が無いとはいえ、あいつの力が自分の中にあるのもなんか気持ちが悪かったので、スカーレットの神器を作る際に半分くらい注ぎ込んでやったのだ。

 本当なら全部注いで俺の中から完全に除去してやりたかったが、流石に魔神将の力を100%注いで作ると凄まじく禍々しい、ヤバイ級の呪物が出来上がりそうだった為、半分をフラウロスの力、残り半分を俺の力で中和して作った。

 フラウロスの力を俺の中から半分追い出しつつ、使うFPを節約出来たので結果的には良かったんじゃないかと思う。

 そうして出来たのが、この魔剣『緋色の豹スカーレットレオパルド』である。柄にはフラウロスのシンボルである豹頭の彫刻がされた、緋色に輝く大剣だ。


 新たな神器を受け取った二人は恐縮しながらも、大層喜んでくれた。これを使って今後、大いに活躍してくれれば俺も嬉しいし助かる。

 俺は、いい仕事をしたと満足感に包まれていた。


「これは素晴らしい……! さっそく試してみたいな!」


「うむ……! ロイド、これはやるしかあるまい!」


「おう!」


 しかし、その余韻に浸る間もなくアホ共が神器を使って模擬戦を始めようとしたので、俺は奴等を訓練所から叩き出した。

 訓練所がブッ壊れるから外行ってやれ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る