第69話 むかしむかし、あるところに


 それから数日後。

 俺はアレックスとニーナ、それから海神騎士団のメンバーを集めて、あるイベントを開催していた。


「今日は満月なので、お月見をします」


 お供え用の月見団子とススキ、芋や果物、酒を祭壇に供えた上で、各自に餅と酒(子供のアレックスとニーナ、未成年のリンにはお茶)を配る。


「アルティリア様、お月見とは?」


「私の故郷にある風習で、満月の日にお供え物をして無病息災や豊作を祈り、夜空に浮かぶ綺麗な月を見上げながら家族や友人、仲間と共に心穏やかに過ごす行事の事です。主に秋……丁度今の時期に行われますね」


 ロイドの質問に答えると、彼は感心したように頷いた。


「そのような風習が……なるほど、確かに今の時期は月がはっきりと綺麗に見えますね」


 地面に敷いたシートに座り、月を見上げながら団子を一つ摘んで口に放り込む。うむ、会心の出来だ。

 そして杯を傾け、酒を飲み干す。うまい。

 俺の杯が空になったのを見て、ロイドが酒を注いできた。お返しに俺もロイドに酒を注いでやる。ロイドは最初は畏れ多いとか言って遠慮していたが、こういう時は断るほうが無粋だと言って半ば無理矢理注いでやった。


 そうしていると、ニーナが俺のそばに来て、月を指差してこう言った。


「ママ、うさぎせんぱい!」


 見れば、満月には兎のように見える模様が浮かび上がっていた。


「ああ。兎先輩も今頃、あっちで楽しくやっているだろうね」


 頭を撫でながらそう言ってやると、ニーナは嬉しそうに笑った。


「言われてみれば、確かに兎みたいな模様ですね」


「月に兎か……もしかして本当に居たりして」


 騎士団員達がそう話しているのを聞いて、俺は口を挟んだ。


「居ますよ。兎先輩は月で暮らしています」


 俺の発言に、一斉に驚愕の声が上がった。


「アルティリア様、それは真ですか!?」


「兎先輩というと、ニーナを助けてくれたという、アルティリア様の御友人の事ですよね!?」


「いや待て、アルティリア様の御友人という事は、その方もまた神……月に住んでいても不思議ではないのでは」


 口々に疑問を口にしながら、気になると目で訴える彼らに、俺は話をしてやる事にした。


「では、昔話をしましょうか。まだ神々が地上で人と共にあった頃の話です」


 俺の言葉に、その場の全員が期待に目を輝かせる。特にクリストフとニーナの食い付きが尋常じゃない。

 そんな彼らを前にして、俺はゆっくりと語り始めるのだった。



  ※



 むかしむかし、まだ神と人が共に暮らしていた頃。

 あるところに、兎と、狐と、猿がいました。

 共に野山を駆け、気ままに暮らしていた3匹の獣達でしたが、そんな彼らの前に、一人の旅人があらわれました。

 旅人は力尽き、今にも倒れてしまいそうなほどに弱り切っていました。


「この人を助けよう」


 3匹の獣は、力を合わせて食糧を集め、旅人に与えようとしました。

 猿は高い木に登って木の実を集め、狐は川で魚を捕って、それぞれ旅人に与えました。

 しかし兎は、どんなに頑張っても、何も用意する事ができませんでした。

 己の無力さを嘆く兎でしたが、そうしている間にも旅人は弱っていきます。

 兎は意を決して、狐と猿にこう言いました。


「友よ、ひとつ頼みがあるのだが、焚き火を焚いてくれないか」


 狐と猿は、いったいなぜ? と思いながらも、友達の頼みを聞き、火を焚きました。その火をじっと見つめて、兎は言いました。


「最後に、もうひとつだけ頼みがある。私をこの方に与えてほしい」


 そう言い残して兎は、狐と猿が止める間もなく、燃え盛る火の中へとその身を投げたのでした。

 猿と狐は泣きながら、友の最期の頼みを聞き、その肉を旅人に与えました。


 それによって、死の淵にあった旅人は力を取り戻します。それは、肉を食したからというだけではありません。兎の献身と愛こそが、旅人の力となったのです。


 力を取り戻した旅人は、その姿を変え、正体を現しました。

 旅人の正体は、魔神将が率いる軍勢との大戦で傷つき、その力の大半を失った神でした。名を、帝釈天インドラ。雷を司る大神です。

 戦には辛くも勝利し、魔神将の軍勢を打ち滅ぼし、魔神将の本体も次元の狭間へと追い返す事ができましたが、その代償として力を使い果たし、自らに信仰という名の力を与えてくれた人々をも戦で失ったその神は、心身共に傷つき、滅びを迎えようとしていました。

 しかしそんな彼を、一匹の兎がその命を使って救ったのでした。


「兎よ、お前の献身はこの世の何よりも美しく、お前の愛は何よりも尊いものだ」


 神は涙を流し、兎の献身に報いようと力を使いました。

 神に導かれ、兎の魂は天へと昇り、そして月へと辿り着きました。


 こうして、兎は月で新たな生を受け、そこで暮らすようになりました。

 今も兎は月明かりと共に、地上の人々を優しく見守っています。


 そして、兎が月で暮らすようになってから、長い年月が経った後。

 地上から、月へと移住してくる者達がいました。

 それは傷つき、力のほとんどを失った月の神と、その信者達でした。


 地上から月へと退避し、そこに安住の地を求めようとしていた彼らを、兎が出迎えました。

 傷ついていた彼らを歓迎してあげようと思っていた兎でしたが、彼らは突然現れた兎に驚いて、こう言いました。


「う、兎!? どうして月に兎が!? いったい何者だ!?」


 そんな彼らに、兎は言いました。


「わたしはこの月で暮らす兎である。月は帝釈天インドラ様より認められた、このわたしの棲家であり、わたしは君達の先住者である」


「よって、わたしの事は敬愛を込めて、兎先輩と呼びなさい」


 という、お話でしたとさ。

 めでたし、めでたし。

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