第66話 きびだんごが無くても魔物はオートで仲間になる※

 遠くに見える城を目指して進むニーナを、物陰からこっそりと監視する者が居た。その正体は二足歩行する、白い体毛と長い耳を持つ、燕尾服とシルクハットを着用した小動物。そう、ニーナがこの謎の場所へと迷いこむきっかけになった、あの兎であった。


「まずは計画通り。それにしても、こうも簡単に引っ掛かるとは」


 ニタリ……と、可愛らしい兎に似つかわしくない、邪悪で厭らしい笑みを浮かべながら、兎は低い声でそう呟いた。


「さてさて……それではお城への道中、せいぜい怖い目に遭ってもらいましょうか」


 兎が指を鳴らす。すると、その周りに様々な種類の魔物が出現した。


「行きなさい。ただし殺してはいけませんよ」


 あくまで生かしたまま、恐怖を与えるように……と、兎は魔物達に指示するのだった。その目に狂気を宿し、醜悪な笑みを浮かべながら。


 そんな邪悪な企みがある事など露知らず、ニーナは意気揚々と城への道を進んでいた。

 そんな彼女に向かって、兎の指示を受けた魔物達が、続々と襲い掛かろうとして近付いていった。


 それから約1時間後。

 ニーナは白字に黒い縞模様の入った、大型の猫科動物……虎のようなモンスターの背中に乗って、森の中を進んでいた。

 ニーナを乗せた虎を先頭に、豹や狼、猿といった動物系の魔物が何匹も、ぞろぞろとその後に続いている。更に上空では巨大な鷹や隼のような鳥系モンスターが地上を見下ろし、周囲を警戒していた。


「どういう……事だ……?」


 離れた場所から双眼鏡を使い、その様子を見ていた兎は思わずそう呟いた。


「見た目はただの獣人の小娘で、特別な力など感じられないが……なぜ、出会う魔物全てをあっさりと従える事が出来る……?」


 ニーナという少女は、魔物調教師テイマーが天職と呼べるほどの、それに特化した才能の持ち主だった。そしてその才能は、ニ十頭以上の駿馬や飛竜といった強力な動物や魔物の世話を一ヶ月以上、毎日行なってきた事で磨き抜かれた。

 その結果、幼くして多数の魔物を従える女王が誕生した。


 魔物調教師は、その者が持つ高い実力やカリスマによって魔物を従えている者が多い。例えばうみきんぐ等はその筆頭であるが、ニーナの場合はその逆であり、本人はか弱い少女でしかないが、魔物に庇護欲を抱かせる事によって能動的に自身を護らせていたのだった。


 そんなニーナを背中に乗せたり、その後ろに付き従う魔物達の心は一つだった。


(((俺が守護まもらねばならぬ)))


 姫君に付き従い、その身を守護する騎士のように、魔物達は強烈な使命感に駆られていた。彼らの脳内には、既に兎によって下された命令など残っていなかった。


「ガルルルル(そもそもあの兎野郎、胡散臭くて気に入らなかったしな)」


「ワオーン(全くだ。何で俺達があいつの命令なんか聞かなきゃならんのだ)」


「グルルゥ(つーか虎、そろそろニーナちゃんを乗せる役目を俺に交代しろ)」


 そんな訳で本来ならば邪悪な魔物によって見知らぬ場所へと誘い込まれ、絶体絶命の危機であった筈が、出てくる魔物がオートで仲間になるヌルゲーと化していた。

 こうして、ニーナは何の障害も無く、目的地の城まで辿り着いた。


 城の入り口では、二人の兵士が見張りをしていた。しかしその兵士は人間ではなく、それどころか生き物ですら無かった。


 トランプのカードが胴体になっており、そこから手足が生え、頭部はトランプのスート(スペードやハート等のマーク)の形をしており、目や口が付いているようには見えない。

 そのトランプ兵の胴体になっているカードは、ハートの2だ。右手に槍を持った二体の兵士は、ニーナ達を見つけると城門の前に立ち、その行く手を阻んだ。


「止まれ! ……いや、止まって下さいお願いします!」


 大量の魔物達から「テメー何うちのニーナちゃんに命令してんだ殺すぞ」とでも言いたそうな剣呑な目つきで睨まれ、ビビったトランプ兵は慌てて言い直すのだった。しかし腰が引けていながらも城門を死守しようとする気概はあるようで、門の前から退こうとする様子は無い。


「こ、ここはハートの女王様の居城である! あなた達は何者で、何をしにここに来たのだ!?」


 若干声が震えているが、トランプ兵はニーナにそのような質問をした。


「ニーナです。まいごになったので、おうちに帰る道をききにきました」


「そ、そうか……それは……大変だな、うん……」


 大量の魔物を連れてきたので敵襲かと思えば、ただの迷子であった事に拍子抜けする兵士だったが、しかし彼らは主である女王に、何者も通すなという命令を受けていた。


「しかし、すまないが女王様の命令により、ここを通す訳にはいかんのだ」


 トランプ兵がそう告げると、ニーナは明らかにしょんぼりした顔を見せた。


「ガウッ!(は? お前かわいそうだとか思わないわけ?)」


「あおーん!(ここの王様は迷子の女の子を保護する度量もないんか?)」


「クエーッ!(つべこべ言ってないでさっさと入れろや!)」


 そして次の瞬間には、魔物達がそれに対して一斉に猛抗議を開始した。トランプ兵には何を言っているかは分からないが、明らかに怒っており自分の身がヤバいという事だけは理解できた。


 しかしこの魔物達は目の前の少女に従っているようだし、何とか説得して事なきを得るしかないかと思ったトランプ兵だったが、その時だった。


「構いません。その者達の入城を許しましょう」


 突然その場に、そのような内容の声が響き渡った。声の主は女であった。


「じょ、女王様!」


 同時に、堅牢な城門がひとりでに開いていった。

 ニーナ達はトランプ兵に案内され、城内へと足を踏み入れ……ハートの女王と対面するのだった。



   *



 一方その頃、アルティリアはレンハイムの町、領主の館にて会談を行なっていた。主な話題は近隣の、別の領主貴族との折衝についてだ。


 アルティリアが降臨して以来、彼女が最初に降り立ったグランディーノの町や、魔神将との決戦の舞台となった領主の住む都、レンハイムを中心として、その周辺地域であるケッヘル伯爵領が空前の発展を遂げているのは以前述べた通りである。

 それは大変良い事ではあるのだが、それが面白くないという人間も居る。ケッヘル伯爵の領土に隣接する土地を持つ、他の貴族達だ。

 人々を導き、文明を発展させて大いなる恵みをもたらし、そして魔神将という超特大の脅威を退けたという女神の噂は、近隣のみならず王国全土、そして国外にも広がっている。同時に、伯爵領の発展ぶりもだ。

 となれば当然、人が集まる。今よりももっと良い暮らしをしたいと思うのは人間として当然の考えだ。女神のお膝元で繁栄の恩恵にあずかろうと、各地から移住してこようとする者が急増している。

 しかし、そうなると他の領地では人が減る。人が減れば働き手も減り、彼らから取れる税金も少なくなる。他の貴族達が、それを許容できる筈もなかった。


 しかし、だからといってケッヘル伯爵に直接文句を言ったり、真っ向から喧嘩を売るような真似をすれば、アルティリアの不興を買いかねない為、そのような行為に出る者は居なかった。その代わりに彼らは、アルティリアに接近してきた。

 伯爵を通して贈り物をしたり、自身の領土にアルティリアの神殿を作ったりと、様々な手で歓心を買おうとする貴族への対応に、アルティリアは悩んでいた。

 下心が混じっているとはいえ、こちらに対して下手に出て仲良くなろうとしている相手を無下に扱うわけにはいかないが、ある程度の距離感を保って上手く付き合う必要はある。

 そういった貴族への対応について、専門家である領主と話し合っていたところだ。


 その話し合いの最中に、アルティリアに対して彼女が使役する水精霊の一体から、念話による通信が入った。


「何だと!?」


 その内容を聞いた途端にそう叫びながら、思わず椅子から立ち上がったアルティリアを見て、領主が驚きに目を見開く。


「アルティリア様、いかがなさいましたか!?」


「ん……突然すまない。今、精霊から連絡があってな。ニーナがダンジョンに迷い込んでしまったようなのだ。すまんが急いで救けに行かねばならん。話の続きはまた今度で頼む」


「なんと! かしこまりました。どうかお気をつけて……」


 アルティリアは領主に別れを告げると、道具袋から一つのアイテムを取り出した。それは、紙で出来た巻物スクロールだ。

 『救援の巻物レスキュー・スクロール』という名の課金アイテムで、使用する事でフレンドやギルドメンバーの近くへと一瞬で移動する魔法が発動する。

 水精霊の話によれば、ニーナが入った瞬間にダンジョンの入り口が跡形もなく消えてしまい、追跡が不可能になってしまったとの事で、それは通常であればあり得ない現象だ。それは逆に言えば、普通でない事が起きているという事に他ならない。


 そんな普通でない事が何故起きたのか。それはニーナという個人が狙われた計画的な犯行であり、その目的は恐らく自身であろうとアルティリアは考えていた。

 そうなると、こうして自分が助けに行く事そのものが、犯人の目的の可能性すらあるが……


「だからといって、助けに行かない訳にも行くまいよ。大事な娘が泣いてるかもしれんのだ」


 アルティリアは『救援の巻物』を使用し、それによって発動した転移魔法によって、領主の前から一瞬で姿を消したのだった。

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