第57話 終わりの始まり※
ロイドが放った水の刃による一撃は、魔神将フラウロスが出現させた炎の巨腕を確かに捉えていた。
彼が率いる海神騎士団の団員達も、すかさずロイドに続いて連続で攻撃を放つ。剣や槍、斧、魔法といった多種多様な攻撃が、次々と炎腕に命中した。
「所詮はこの程度か……しかし、流石にあれに勝っただけの事はある。貴様の攻撃は、ほんの少しだけ痛かったぞ」
「何っ……!?」
騎士達の連携攻撃は、並の魔物であれば瞬く間に葬れるだけの威力はある筈だった。しかしその直撃を受けても、魔神将にはほとんどダメージは無い様子だ。
しかも、これは本体ではなく唯の端末。それも片腕だけである。それでもなお、この圧倒的な戦闘力。一体本体とはどれほどの物なのか。
「ではお返しだ」
炎腕が、その大きさに見合わぬ機敏さで空中を動く。それはロイドに狙いを定めて、中指を親指で押さえつけるような形をとった。
それは、親指で押さえつけた反動を使って、中指で相手を打つ……所謂デコピンと呼ばれる形だ。本来なら攻撃とも呼べないような、人を嘗め腐ったような代物だが、しかし魔神将の腕が放ったのは威力・質量共に桁違いの、世界最強のデコピンである。
完璧なタイミングで防御をしても尚、ガードの上からでもお構いなしに相手を派手に吹き飛ばす強烈な一撃。それによってロイドの身体が宙を舞った。
「くっ……そがあああっ!」
ふざけた攻撃手段と、それに見合わぬ恐るべき威力に対し、吹き飛ばされながらも思わず悪態をつくロイドは、同時に衝撃に備えて受け身を取ろうとした。
しかし、堅い岩盤に叩きつけられる予想に反して、彼の後頭部は柔らかい、弾力のある何かによって受け止められた。
「おっと……大丈夫ですかロイド。戻ってきたらいきなり飛んできたから驚きましたよ」
ロイドの背中に、聞き慣れた声がかけられる。その声の主は彼が信奉する女神、アルティリアだった。
アルティリアは最下層にて魔神将フラウロスの化身と戦い、属性の相性差もあって戦いを優位に進めていた。敵は強大であり、無傷でとはいかなかったが被ダメージを最小限に抑えた上で、少しずつ敵の力を削っていった。
ところが戦いの最中に突然、その姿が消えた。どこに行ったのかと魔力をトレースしてみれば、敵は上層のロイド達が居る場所に移動したではないか。
かと思えば、今度はそこに居た紅蓮の騎士の魔力が完全に消失し、代わりに魔神将の魔力が急激に増大したのをアルティリアは察知した。
その為、こうして急いで戻ってきたのだが、そこに突然ロイドが吹き飛ばされてきたので、咄嗟にキャッチしたのだった。
ちなみにロイドの後頭部はアルティリアの爆乳がクッションになって受け止めたので無傷である。なおロイドの精神へのダメージは考慮しないものとする。
「来たか。しかし遅かったな」
駆け付けたアルティリアの姿を見たフラウロスが、嘲笑する。
「逃げたと思ったら、自分の腹心を食ってパワーアップと来たか……随分と酷い事をする奴だな。あいつはお前の右腕ではなかったのか?」
「右腕だと? 我の右腕はここにある」
そう言いながら、フラウロスが巨大な炎椀を誇示した。
「それに、そこの人間に二度も無様に敗北した下僕など、最早不要な存在よ。騎士道などという下らん事に拘るところも鬱陶しかったしなあ。だが、最後は大いに役立ってくれた」
「お約束の反応どうも。実に小物臭さ全開で抱腹絶倒の大爆笑モノだわ。お前の存在はこれっぽっちも面白くないがな。つまんない上にキモくて不快だから、お前もう帰っていいぞ」
「減らず口を。だがしかし、我は今とても機嫌が良いので赦してやろう。既に貴様らの滅びは確定した事だしなあ」
フラウロスがそう告げた瞬間、全身を圧し潰されるような凄まじい重圧が、その場に居た全員を襲った。
この世の物とは思えない、圧倒的な存在感。心が弱い者なら浴びただけで死に至るレベルの殺気。そういったものが膨れ上がり、思わず動きが止まる。
その中で一人だけ、アルティリアだけが動き出していた。
「『
いつでも発動できるように準備していた、切り札の一つである超級魔法を放つ。フラウロスを包囲するように十数個の時空の門が開き、そこからレーザービームじみた超高圧水流が一斉に放たれた。どこにも逃げ場の無いオールレンジ一斉攻撃が、あらゆる方向からフラウロスに襲い掛かる。そして……
「『
その結果を見る事なく、アルティリアは間髪入れずに発動した『集団転移』の効果によって、神殿騎士達と共にダンジョンから離脱した。
その直後だった。フラウロスがまるで太陽の如き恐るべき熱量を持った熱風を放ち、『海神の裁き』による流水攻撃を全て一瞬で蒸発させて掻き消した。そればかりかフラウロスが放った灼熱の嵐によって、ダンジョンの床が、壁が、天井が次々と破壊され、崩れ落ちていく。
もしもアルティリアが欲を出して、自身の魔法による成果を見届けようとしていたならば、間違いなく死ぬか、それに近い状態になっていただろう。迷う事なく即座に離脱した事は英断だったと言える。
しかし、それは死を先延ばしにしたに過ぎなかった。
アルティリア達は『集団転移』によって、全員揃ってレンハイムの町にある中央広場へと帰還していた。
突然、町に転移した事に驚く騎士達だったが、それについて言及する前に、地面が大きく揺れ、そして……轟音と共に、真っ赤な何かが天に向かって昇ってゆくのを彼らは目にするのだった。
「なっ、何だ!?」
「見ろ、噴火だ! 火山が火を噴いている!」
そう、先ほどまで彼らが居た火山の火口から、雲を突き破って天空を焼き焦がす程に、炎が止めどなく噴出していたのだった。
しかし、不気味な事にそれは地面に落ちてくる事はなく、上空に巨大な塊となって留まって、まるで二つ目の太陽のように、空に浮かぶ巨大な赤熱した球体と化した。
それを目撃した人々は、その物体から感じる凄まじい熱量と恐怖によって、立って歩く事すらままならない様子だ。
やがて噴火が収まると、火山上空に出現した巨大灼熱球体が形を変化させていった。徐々に形を変えていったそれは、人の形をとった。
ただし、人型とは言ってもサイズは人間とは桁違いだ。現れたのは全長およそ90メートル程の巨人。どこか紅蓮の騎士を思わせるデザインの真紅の鎧を身に着け、豹の顔を持つ、全身が炎に包まれた、あまりにも巨大な魔物であった。
魔神将フラウロスの本体。それが遂にこの世界に現出した。
フラウロスが地面に降り立つと、地面が大きく陥没して地震が起きる。それと同時に、その足元を中心とした広範囲の草木が一瞬で灰となり、草原や森林が見るも無残な、荒れ果てた死の大地と化していった。
世界の終わりのような光景を前にした人々の心に、絶望が広がってゆく。
しかし、彼らにはまだ希望が残されていた。
その名はアルティリア。この地に降り立った女神。
そんな、人々に残された最後の希望は……
(超やべえ。マジでどうしよう)
こちらを見下ろすフラウロスをキリッとした顔で見上げながら、内心ビビりまくっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます