第55話 魔神将
扉を開けた先は広い部屋があった。地面や壁、天井はごつごつした剥き出しの岩肌で出来ており、光源である篝火以外には何も無い、殺風景な大部屋だ。俺達が入ってきた大扉の反対側には、また別の小さな扉があるのが見える。
その部屋の中心に、一人の人物が立っていた。
いや……正確にはその、直立不動で俺達を待ち構えていた者は人間ではなく、人型のモンスターだった。
そいつは真っ赤な鎧を身に着け、その体躯以上に巨大な大剣を背負っており、彼の周囲の景色は、その身から放たれる熱気によって、ゆらゆらと揺らめいている。
「来たか……女神とその信徒達よ」
「お前は……紅蓮の騎士!」
このダンジョンのボスと思われるモンスターの姿と、彼が発した言葉を受けたロイドが、その名を口にした。
紅蓮の騎士。その名前には聞き覚えがある。魔神将の配下であり、確か以前ロイド達がグランディーノの冒険者達と共に交戦し、その際にロイドが死にかけたとかいう奴だ。
かつて苦戦を強いられた強敵の登場に、騎士達が一斉に身構えた。
「あれ以来姿を見せないと思ったら、こんなところで何をしている?」
ロイドが紅蓮の騎士に対して、そんな質問をした。当然の疑問ではあるが、敵がわざわざ何を企んでいるか答えてくれるとは思えんのだが……
俺はそう考えたのだが、紅蓮の騎士は律儀にも、意外な答えを口にした。
「修行だ」
「……修行ォ!?」
「然り。この火山は火属性の魔力が豊富な霊場であり、我が修行に最適な場所であった。……以前、
俺が現在の住居である、グランディーノの神殿に移動した時の事だな。あの時からもう、2ヶ月くらいも経つのか。
「あの時の奴と女神の戦いを見た我は、現状では勝ち目が無いと判断した。ゆえに自分の力を高めるべく、この山の火口にて己を鍛え直していたところだ」
何でボス級の敵が2ヶ月以上もの間、真っ当に修行回やってんだ。真面目か。
そうツッコミを入れたくなるのをグッとこらえて、俺は目を凝らして紅蓮の騎士を観察した。
それによって技能『
その結果、知る事ができた情報によれば……成る程、以前戦った地獄の道化師よりもレベル・ステータス共に二回りほど上回っている。
具体的にはレベルは124。ステータスは筋力と耐久が非常に高く、敏捷や魔力はイマイチな典型的なガチガチ前衛タイプだ。ただしそれでも大きな穴はなく、目立った欠点は無い優秀な能力をしている。
俺が1対1で戦えば……まあ、まず負ける事は無いだろうが、楽に勝てるとも言えない相手だ。
「ならば、ここ最近の異常な猛暑や魔物の襲撃、そしてこのダンジョンは何だ? お前の様子を見れば修行をしていたのは本当のようだが、まだ他にも何か企んでいるんじゃないのか!?」
俺が敵の能力について分析・考察している間に、ロイドが次の質問を飛ばす。
それにしてもロイドも紅蓮の騎士が、以前戦った時より強くなっているのには気付いたようだな。
敵の力量を推し量り、把握するのは戦闘を行なう上で何よりも大事だという俺の教育が、しっかり行き届いているようで何よりだ。
「それについては偶然の産物だが、折角なので利用させて貰う事にした」
紅蓮の騎士が言うには、ここで修業を続ける内に、この地の火属性の魔力がどんどん増幅されていったそうな。
恐らく、紅蓮の騎士自身が持つ強力な炎の力と共鳴した結果なのだろう。
それによってこの山は火属性だけが異常な程の高まりを起こし、それによって空間に異常が発生、ダンジョンが生まれたというわけだ。
更にそれだけではなく、属性異常によって火属性の強力な魔物が大量に出現したり、ローランド王国の北東部全域に渡って異常な猛暑が発生するような事態になったのだった。
「猛暑によって広範囲の人間達を弱らせ、更に戦力となる魔物が生み出され、我は増幅を続ける火の魔力を取り込む事で、より強くなる事ができる。結果的に一石三鳥と言うわけだ」
成る程ね。結果オーライとはいえ良い作戦じゃないの。派手にやりすぎて、こうやって俺に目を付けられるって点を除けばな。
「律儀に答えてくれたお礼に、今すぐ止めて逃げ帰るなら見逃してあげますが、どうします?」
俺は槍を一回転させた後に、穂先を紅蓮の騎士に向けて言い放った。言うまでもなく挑発だ。
「笑止。敵の総大将がわざわざ目前に出てきてくれた好機で、背を見せるなどあり得ぬわ」
確かにそれは大チャンスでもある。ただしそれはあくまで勝てればの話だ。
「お前がこの私に勝てるとでも? あまり思い上がるなよ」
「逆に訊くが、汝は相手が自分よりも強ければ、尻尾を巻いて逃げ帰るのか?」
あったりめーだバカ。なんでわざわざ格上相手に、馬鹿正直に真っ向勝負なんかしなけりゃならんのだ。一旦逃げて、勝てる策を用意してから戦うに決まってんだろ。
とはいえ、それが許されない状況というのは勿論ある。例えば退路が封鎖されている時とか、ここで勝たなきゃ目的が達成できない時、後ろに守るべき対象がいる時なんかがそうだ。
そんな時は戦いながら、何とか打開策を講じるものだが……恐らく、紅蓮の騎士にとっては今がその状況なのだろう。
……いや、何か違和感を感じるな。
修行や、この地の魔力を取り込んだ事で以前より強くなっているとはいえ、この紅蓮の騎士という男、俺と戦えば確実に負ける事が分からないだろうか?
それはあり得ない。何故ならこいつは以前、俺をその目で見て、勝てないと判断して退いたと言った。ならば彼我の実力差くらい判断出来ない筈がないし、勝てない勝負にわざわざ挑むほど無謀な性格でもない。
ならば何故戦いを挑むのかと考えれば、答えは二つに絞られる。
何か勝てる算段があるか、あるいは勝てなくても良いと考えているからだ。
とは言ったもののレベル差や属性の相性、装備性能などで総合的に判断すれば、こいつが俺に勝てる可能性など1%も無いはずだ。なので後者を軸に考えてみる。
じゃあ負けると分かっていても戦おうとする理由って何だ? 幾つか思いつきはするが、とりあえずは……
「時間稼ぎか」
「……!!」
俺のカマかけに、紅蓮の騎士が驚いたような反応を見せる。どうやら一発目で当たりを引けたようだ。
なら次に何が目的で時間稼ぎをするのか考えようとした時だった。突然、足下がぐらぐらと大きく揺れた。
「うわっ、地震か!?」
「大きいぞ、気をつけろ!」
騎士達が慌ててそう叫ぶ声を聞きながら、俺は脳がすーっと冷えていく感覚を覚えていた。頭がスッキリ冴え渡るのと同時に、全身にぞわぞわと寒気が襲ってくるような奇妙な感じだ。
ただの地震じゃないぞ、これは。そもそもダンジョンは外の世界とは隔絶された特殊な空間なので、その中で地震が起きるなんて事は、通常はあり得ない筈だ。
なら何でこんな揺れが起きてるのか。普通じゃない事が起きているからに決まっている。何かダンジョン内の空間が大きく歪んで、元から不安定な空間が崩壊しかけるような、只事じゃない事が起きている。
紅蓮の騎士に視線を送ると、彼は俺が正解に辿り着いたのを察したようで、
「最後の目的に気が付いたか。流石だが、もう手遅れだ」
そう言い放つのを最後まで聞き終える前に、俺は走り出した。
「ロイド、ここは任せる!」
「はっ、仰せのままに!」
何の説明もなくそう命じられながらも、ロイドは迷う事なく刀を抜き、紅蓮の騎士に水の刃を飛ばして攻撃した。
紅蓮の騎士がそれを大剣で弾き飛ばすのを横目に見ながら、俺はその横を駆け抜ける。ロイドの援護をしてやりたい気持ちはあるが、正直今は一秒の時間や僅かなMPすら惜しい為、それもままならない。
俺はそのまま、入って来た方向とは逆側の、小さな扉を蹴り開け、その先へ向かった。
俺は勘違いしていた。
ここが最後のボス部屋で、この小さな扉の先はクリア報酬が貰える宝箱や出口がある部屋だと思い込んでいたのだが、実はそうではなかった。
扉の先には更に下層へと向かう階段があり、それを降りるとだだっ広い空間が目の前に広がっていた。
そこにあったのは、虚空に大きく口を開けた、空間の裂け目のような物だった。俺はそれに、物凄く見覚えがあった。ロストアルカディアシリーズをプレイして、どれか一つでもクリアした事があるプレイヤーなら、絶対に見覚えがある代物だ。
その中から、おぞましい声が響き渡る。
「足止めもままならんとは、紅蓮の騎士も存外使えぬ奴よ……」
そんな言葉の直後、裂け目の中にその存在の両目が浮かび上がった。真っ赤に燃える炎の瞳が、こちらを真っ直ぐに睨みつけてくる。
「魔神将……!」
「如何にも。我が名を知るが良い、偽りの女神よ。我が名は魔神将が第六十四将、フラウロスなり」
名乗りと共に、裂け目の中からそいつは姿を現した。
それは見上げる程に巨大な、全身が紅蓮の炎に包まれている豹の姿をしたモンスターだった。
あの裂け目は魔神将がこっちの世界に出てくる時の通り道であり、奴らの本体が存在する異次元と同じように、不安定な空間であるダンジョンの奥に出てくるのもゲームと同様の仕様だ。
紅蓮の騎士はダンジョン内やその周辺地域の属性バランスを大きく乱す事で空間を不安定にさせ、異次元への門を開こうとしていた。これが奴が隠そうとしていた最後の目的だった。
それに気付いたので奴の相手をロイド達に任せ、慌てて塞ぎに来たのだが……どうやら間に合わなかったようだ。いや、ギリギリで間に合ったというべきか。
解析の結果、現れた豹型モンスター名称は『
化身と付いている通り、こいつは魔神将の本体ではない。どうやら本体がこっちに来れる程、門は開ききっていない様子だ。
仮に本体がこっちに出てきたら俺一人で止めるのは不可能で、その時点でゲームオーバーだ。先にギリギリで間に合ったといったのはそういう意味である。
しかし、化身の時点でも相当な強敵である事は間違いない。
俺がアルティリアになって、この世界に来てから初めての、格上相手の戦いという事もあるし、気を引き締めてかかる必要があるだろう。
「正直キツいが……やってやりますか!」
俺は槍を構え、魔神将の化身へと挑むのだった。
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