第52話 食ってみな、飛ぶぞ
俺が魔法で敵の大半をブッ飛ばした後に、生き残った僅かな敵を兵士達が掃討した事で、戦闘は終了した。
しかし町の別方向からも敵は襲ってきている。俺が加勢した箇所が一番、敵の数が多い主戦場ではあったが、別方面の敵も決して侮れない数だとの事だ。
しかし、そちらもアレックスとニーナが……というより二人を乗せたドラゴンが暴れ回ったり、俺達より少し遅れて到着したロイドら神殿騎士が敵軍の背後を突いたりして、あっさりと壊滅させる事ができた。
俺は冷房代わりに町の広場や空き地にでっかい氷の塊を作って置いた後に、領主の館へと向かった。
戦いに完全勝利し、防衛に成功した事でテンションが上がってはいるが、最近の暑さや魔物の襲撃による疲れは隠しきれないようで、住民達は少々元気がないようだ。そしてそれは、彼らを纏める領主も同様だった。
特に領主や高い地位にある者は激務が続いている為、彼らの疲労は深刻だ。今はまだ何とか気合と根性、使命感などで誤魔化せているようだが、いずれ限界は来る。
よって、まずはそれを何とかする必要がある。
「料理をしましょう」
俺は神殿騎士達を集めて、そう告げた。
「この町の者達は暑さや疲れで活力を失っています。それを何とかしなければなりません」
俺の言葉に真っ先に反応したのはロイドで、
「確かに、住民に元気が無いのは気になっていました。暑さで食事が喉を通らない様子の人も多いようです。ならば彼らにも食べやすく、冷たい料理を用意するべきでしょうか……」
ロイドはそう提案するが、俺はその言葉に対して首を横に振った。
確かに、暑さで弱ってるなら冷たくて食べやすく、消化の良い物を与えるというのも間違ってはいないと思うが、だからと言ってそれで住民達が元気を取り戻せるか……と考えると、否と言わざるをえない。
ここは、もっと踏み込んで考えるべきだ。食べやすさや冷たさは、今一番必要な要素ではない。
一口食べればシャキッと目が覚め、完食する頃には気合と元気がモリモリ湧いてくるような……今必要なのはそんな料理だ。
ならば、作るのはあの料理だ。
「逆に考えましょう。むしろ、この暑さに負けないくらいの熱気が、体の奥から湧き上がるような料理を提供します」
俺は館で働く使用人達に必要な食材が書かれたメモと金貨の入った袋を渡し、大急ぎで食材を用意するように頼んだ。
それと同時に手持ちの調理道具や食材を取り出し、神殿騎士達に手順を教えながら調理に取り掛かった。
そして数時間後、料理を完成させた俺は、それを持って領主の部屋を訪れた。
「伯爵、お邪魔しますよ」
「アルティリア様……それは?」
「貴方の夕食です。満足に食事も取っていないのでしょう? 忙しいのは分かりますが、ちゃんと食べないと満足に働けませんよ」
俺は顔に隠し切れない疲労の色が出ている領主に書類仕事の手を止めさせ、机の上を片付けて、持ってきた料理を彼の前に置いた。
俺が用意したのは、一杯の椀に入った麺料理だ。麺は細いストレート麺で、スープは無く、味付けされた挽肉や
その料理の名は、担々麺という。
日本ではラーメンのようにスープに入っているのが主流で、ラーメンの一種のような扱いになっているが、俺が作ったのは元々中国で作られた、汁なしで小さな椀に入って売られていた物に近い物だ。
このクソ暑い時にアツアツのスープなんか飲みたくないだろうし、常温の麺だけの料理なら食べやすくもあるだろう。
領主はいきなり料理を出された事で戸惑った様子だったが、意を決してフォークを手に取り、具材が良い感じに絡んだ麺を口に運んだ。
「ぬおっ!?」
担々麺を一口食べた領主の額から汗が噴き出る。
領主は目を見開いて驚いた表情を見せるが、すぐに夢中になって担々麺を食べ続けた。
元々、小さい椀に少量だけ盛られていた麺はすぐに無くなり、物足りなさそうな様子の領主に、俺はコップに入った飲み物を差し出した。
頭を下げ、頂戴いたしますと言って俺が差し出した飲み物を一気に飲み干すと、領主は至福に満ちた表情を浮かべた。
俺が出した飲み物は、キンキンに冷えたレモン水に蜂蜜を加えた物だ。暑さに加えて辛い料理を食べて汗だくになったところに、レモンの酸味と蜂蜜の上品な甘味によって爽やかな清涼感が味わえるって寸法よ。
「これは……っ! 血が沸き立ち、筋肉が躍動する! うおおおおおおっ!」
領主が立ち上がり、マッスルポーズを取る。その勢いと膨張する筋肉によって、彼が着ていた上等な上着がビリビリと音をたてて裂けた。
先程まで感じていた疲労感や倦怠感が吹っ飛び、全身に活力が漲っているようだ。
「アルティリア様……この料理はいったい!? あんな少量の麺を食しただけで、これほど力が湧き出るとは……」
「ふふふ……まあ、今は細かい事はいいでしょう。それよりも、あれだけでは物足りなかったのでは?」
そう言って俺は……先程の物よりも一回り大きい椀に入った担々麺を、領主に差し出した。
迷う事なくそれを受け取った領主は、5杯お代わりをしてようやく満足したようだ。
「それにしても不思議な料理ですな……暑さや疲労で食欲や体力が減衰し、食事も喉を通らないと思っていましたが、それらが纏めて吹き飛ぶほどの凄まじい力が、全身から湧き上がってまいりました……」
「先程の質問に答えましょうか。この料理の名は『担々麺』。元々は労働者の為の軽食であり、疲れた心と体を癒し、活力を与える事で再び仕事に励む事ができる……そんな料理です」
味付けに使った黒胡麻を凝縮した胡麻油や黒酢、にんにく、唐辛子、花椒といった調味料は脳や肉体を刺激・活性化させ、回復を図る効果を持つ。強烈な辛さで汗をかかせて体内の悪い物を外に出し、同時に爽やかな酸味で食欲を増進させる。
担々麺というのはそういった、きつい肉体労働に勤しむ男達が、午後からまた気合を入れて働く為の飯である。
更にそれだけではなく、俺独自の工夫としてグランディーノで採れた豊富な海の幸から抽出した栄養満点のエキスや、俺が調合したミックススパイスを隠し味として入れている。
俺個人が持つ廃人級の料理スキルによる
一口食べれば頭スッキリ、気合バリバリ。一杯食べきれば筋肉モリモリ、病気知らずの大豪傑に。それが、俺の造った特製担々麺である。
「なるほど……素晴らしい料理です。是非とも暑さに苦しむ町の者達にも味わってほしいものですが……」
俺の説明を聞き、深く頷きながら領主はそう零した。領民思いの彼らしい言葉だが、しかし案ずるなかれ。
「心配には及びません。そちらは既に我が騎士達が、住人達に振舞っている頃です」
当然そちらも対応済みである。
俺と一緒に担々麺を大量に作った神殿騎士達には町の各地で屋台を出して、住民達に無料で担々麺を提供させている。
当然だ。どうせやるなら領主一人だけよりも、町の住人を丸ごと復活させてやるのが一番に決まっている。
こうして猛暑と魔物の襲撃によって弱っていたレンハイムの住民達は一夜にして完全復活し、老若男女を問わず嘗めた真似してきた魔物をブン殴ってやろうと闘志を漲らせるのだった。
正直やりすぎたかもしれん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます