第46話 性欲を持て余す※

 海神騎士団は週に一度、休日を設けている。その日は依頼も訓練も無しで、各団員が自由に過ごす事が出来る日だ。

 これは彼らが信奉する女神の命令によって決まった事だ。適度に休む事で心身の健康を維持し、仕事の能率を上げる事は大切である。

 その為、休日になると団員達は外に遊びに出かけたり、食べ歩きをしたり、自室で趣味に没頭したりと思い思いに過ごしていたのだが……その日は少し、勝手が違っていた。

 騎士団長のロイド=アストレアはその日、騎士団詰所のロビーにて他の団員達から相談を受けていた。


「団長……ちょっと聞きたい事があるんですが」


 そう声をかけられてロビーに向かうと、そこには騎士団のほぼ全員が集まっていた。彼らは、ロイドが海賊団を率いていた時から一緒だったメンバーだ。


「どうしたお前ら、改まって」


 何か深刻な悩みでもあるのかと、ロイドが彼らに訊ねると、彼らのうちの一人が全員を代表して、こう言った。


「団長、俺らって、そのぉ……娼館とか行って大丈夫なんスかね……?」


 娼館とは率直に言えば、お金を払ってそこで働く女性と性行為をするお店の事だ。ここグランディーノは古くから栄えている港町だし、長い航海から帰ってきた男達からの需要もあって、当然そういったお店もそれなりに存在している。


「俺たち神殿騎士になったわけですし、その手の店に行くのってまずいですかね?」


 彼らが悩んでいるのは、まさにそこだった。

 神殿騎士は神と神殿に使える神官であり、高潔な騎士といえる存在だ。

 そんな存在になった以上、娼館を利用するのは外聞が悪いのではないか、ひいては信奉する女神の名に傷がつくような事にならないかと、彼らは危惧していた。


 しかし彼らは若く健康な男であり、性欲を持て余していた。神殿騎士だって女は抱きたいのだ。それは男という生き物の本能であり、彼らを責めてはいけない。むしろよく自制していると褒めてやるべきだろう。


「……正直わからん。俺達、真っ当に神殿に勤めて騎士になった訳じゃないしなあ」


 ロイドは部下達の疑問に対する答えを持ちえなかった。むしろその答えはロイド自身が一番知りたいと思っている程だ。

 ロイドは騎士団長として自らを律し、日々真摯に町の為、人々の為、そして仕える女神の為に昼夜を問わずに働いている。それは彼自身にとっても充実した日々である事は確かなのだが、それはそれとしてストレスとか性欲とか、色々と溜まる物はあるのだ。

 それにロイドは海神騎士団の纏め役として、アルティリアと直に接する機会も多い。それは彼にとって非常に光栄な事ではあるのだが、同時に試練でもあった。

 男に対する警戒心がまるで皆無な様子で、胸の谷間や太ももといった際どい部分が見えていても気にも留めない無頓着さ、そしてただ歩くだけで、ぽよんぽよんと揺れる巨大すぎる乳房が、嫌でも目に入るのだ。正直たまったものではない。

 信奉する女神に対してそのような卑しい視線を向けるなど、信徒としてあるまじき事だと自戒し、耐え忍んでいたロイドであったが、彼もまた限界を迎えつつあった。


「こういう時はクリストフに聞くぞ! あいつなら神殿の仕来りにも詳しい筈だ!」


 困った時はクリストフに聞くというのが海神騎士団の、いつものパターンだ。何しろ元ならず者ばかりで、学がない人間が大半だ。博学な神官のクリストフは彼らの知恵袋として、よく相談に乗っている。


「しかし大丈夫ですかね? クリストフさんは俺らと違って生粋の神官ですし、そんな相談なんかして、けしからんと叱られたりしないでしょうか」


「その可能性はある……が、背に腹は代えられん。一つ聞くがお前ら、このまま次の休日まで我慢できる自信はあるか?」


「無理っす。このまま放置してたらキンタマ破裂するっす」


「ならば是非も無し! 行くぞ!」


 そうして無駄に気合を入れて、神殿騎士達はクリストフの下へと向かい、意を決して彼に相談を持ち掛けたのだが……


「……いや、別に自分で処理するなり、娼館に行くなり好きにすればいいじゃないですか。ちゃんとやる事やって、節度を守ってれば誰もそんな堅苦しい事言いませんって」


「「「えぇー……」」」


 あまりにもあっさりと、呆れた様子で言うクリストフに一同は拍子抜けした。


「そうだったのか……神殿ってもっとこう、厳格な規則とかあるものかと思ってたぜ……」


「よくそんなイメージを抱かれがちですが、実際はそんなものですよ。まあ表向きは如何にも清廉潔白でございますって顔をする事が多いのは確かですが、あくまで建前のようなものですよ。その建前を守るために、堂々とそういう場所に行くのが好まれないのは確かですがね。時々こっそり通う程度ならば咎められる事はないのでご安心を」


「そうか……ならば今夜行くとしよう。久しぶりの娼館に……!」


 無駄に気合を入れて、夜のお楽しみに備える神殿騎士達であった。


 ……そんな男達の会話を、こっそり盗み聞きしている者がいた。

 それは、神殿に常駐しているアルティリアの従僕、水精霊ウンディーネの一体であった。

 水滴に擬態して、彼らの話をこっそり聞いていたその水精霊は、周囲に誰もいない事を確認すると擬態を解き、体が水で構成された少女の姿へと戻った。


「聞いてしまいました」


 水精霊はその足で神殿に戻ると、さっそく水精霊達の部屋と化している神殿の一室に仲間達を集めた。


「では第24回、水精霊会議を始めます」


「ぱちぱちぱち」


「一体何が始まるんです?」


「第三次大戦だ」


「会議だとゆーとるやろがい」


 十数人の水精霊が一堂に会する部屋の中心で、先ほどの水精霊が盗聴した神殿騎士達の会話を暴露する。なんてひどいことを。

 彼女の話を聞き終えた水精霊達が、口々に感想を言葉にする。


「なんということでしょう」


「彼らがそこまで追い詰められていた事に気付かなかったとは、不覚」


「ここは我々が責任を持って発散させてあげるべきなのでは?」


「名案かと」


「騎士達をスッキリさせつつ彼らとの仲を深め、魔力の補給もできる。良い事づくめではないでしょうか」


「まさに我が意を得たり。余もそう考えていたところじゃ」


「つまり水精霊派遣デリバリーウンディーネサービスを開業するべきと」


 彼女ら精霊は人の姿を模しているが、人間とはだいぶ感覚や考え方が違うようで、貞操観念という物はほぼ無いに等しい。

 それに加えて彼女達は海神騎士団の男達を、同じ主に仕える同志として好ましく感じており、彼らへの好感度はかなり高い様子。

 それらの要因が重なり、よその女の所に遊びに行くくらいなら自分達が相手をしたほうが良いのでは? むしろバッチコイという思考に至ったようだ。


「彼らは今日の夜にも娼館に出向くつもりのようです。もはや一刻の猶予もありません」


「ならば早速行くとしましょう」


「ゆこう」


「ゆこう」


「そういうことになった」


 ほぼ同一意見しか出てこない話し合いを終え、騎士達の下へと向かおうとする水精霊達であったが……


「やめんかアホ共」


 目にも止まらぬ程の恐るべき速さの手刀で水精霊達に突っ込みを入れたのは、彼女達が使える主である女神、アルティリアだ。

 エルフの耳は地獄耳。自室のベッドの上でくつろいでいたアルティリアの耳には別室で行なわれていた水精霊達の会話がバッチリ聞こえており、慌てて飛び起きて、こうして止めにきたのだった。

 なお、休日のだらけモードと化していたので現在のアルティリアの服装は、正面に大きく「メギドラオン」と書かれたクソダサTシャツとジャージのズボンという、折角の美貌が台無しのクソみたいなファッションだった。


「お前らなぁ……男には触れられたくない部分ってのがあんだよ。性欲持て余して風俗行く計画立ててたのを同僚の女達に聞かれてたってだけで大ダメージだってのに、それで代わりに相手するとか言われてもあいつらだって困るだろ。連中、何だかんだでクソ真面目だし、絶対気にして後で気まずくなるぞ。だから何も聞かなかった事にして、そっとしておいてやれ。命令だ」


 元男ゆえに、そこらへんの機微には敏いアルティリアであった。彼女のおかげで、騎士達の尊厳は危ういところで何とか守られた。

 しかし、水精霊達は不満顔だ。


「ぶーぶー」


「横暴です」


「職場恋愛の自由を要求します」


 抗議をする水精霊達に、アルティリアがキレて怒鳴る。


「恋愛って言うなら真っ当に口説いて、付き合ってからやれ、そういう事は! それなら俺だって文句は言わんわい!」


 その言葉を聞き、騒がしくしていた水精霊達がぴたりと動きを止め、一斉に静まった。


「言質を取りました」


「では、そのようにいたします」


「オペレーション・オフィスラヴを遂行します」


「さっそく作戦会議とまいりましょう」


「第25回水精霊会議を開催します」


 ぞろぞろと部屋に戻っていく水精霊達の背中を眺めて、アルティリアは深々と溜め息を吐いた。


「早まったか……? しかしあいつら、アホ化が更に加速している気がするぞ……一体どうなってるんだ」


 おもに主人であるアルティリアの影響を受けての変化なのだが、そんな事は露知らず、どうしたもんかと頭を悩ませるアルティリアであった。


 ちなみにそんな遣り取りがあった事など全く知らず、予定通り娼館へと遊びに行った神殿騎士達は、次の日の朝、


「ゆうべはお楽しみでしたね」


 とでも言いたげな女神の生暖かい視線や、妙に熱が篭った視線を向けてきたり、距離が近い水精霊達に困惑する事になるのだった。

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