第43話 レベルアップする度に出てきて技を伝授していく謎の師匠キャラ※

 アレックスは、狼の耳と尻尾を持つ獣人族ビーストマンの子供である。一つ年下の妹、ニーナと共に、無法都市のスラム街で育った。

 ある時、捕まって奴隷として売られた後は、モグロフという下衆を絵に描いたような男に買われ、その男の奴隷として下働きをさせられていた。

 それ自体は最悪だが、ニーナと離れ離れにならなかった事だけは幸いだった。


(ニーナはおれが守る。いつか絶対に、あいつの下から助けだしてやる)


 たった一人の家族である妹を守る。それだけを心の支えにして生きてきたアレックスだったが、辛い日々は突然終わりを告げた。


 アルティリアと名乗る女が、アレックスとニーナを助け出してくれたのだった。それだけでなく、自分の子供として一緒に暮らさないかと言ってきた。


 変な女だ、とアレックスは思った。


(耳が長いし、胸が物凄くでかいし、見ず知らずの自分達を助けた上に、引き取って養子にするとか言い出す、すごく変なやつだ)


 しかし、いいやつだと思った。だから、彼女の家で世話になる事にした。


 その後で、自分達を引き取った女が神様だという事を知った。

 神様についてはよく知らないが、凄く強くて偉大な存在らしい。昔はいっぱい居たけど、今はアルティリア以外に、地上に残っている神様は居ないそうだ。

 色々と説明されたが、やっぱりよくわからなかった。アレックスにとって神様とは、すごく変だけど強くて優しい女の事になった。


 新しい家には、水精霊ウンディーネという体が水でできた女がいっぱい居た。どうやらアルティリアの手下らしい。なぜか事あるごとに頭を撫でられるのは不思議だが、歓迎してくれているらしい。

 それから、神殿で働いている騎士の男達(女も二人いた)も大勢居て、アレックスの周りは一気に賑やかになった。

 新しい家の住人や、町の人達はみんな優しかった。

 同じくらいの歳の友達もできた。ハンスという名前の少年や、彼の友人達。新しく住む事になった町の子供達だ。

 妹と二人だけだった狭い世界が、一気に広がっていった。


 そのように、今までにはなかった平和で穏やかな、自分達を脅かす敵が存在しない日々が始まったのだが、ただでそれを享受するのは躊躇われた。

 その為、何か自分達にも出来る仕事が無いかと考えて、それを見つけるために探索をしていたアレックスは、早朝から海神騎士団の詰所へと足を運んだ。

 すると、どこからか美味そうな匂いがしてきたので、思わずそちらに向かってみれば、何人かの団員が厨房で料理を作っているのを発見した。

 料理上手な女神を崇拝する集団であり、彼女が作る絶品料理を何度か口にした事のある神殿騎士達は、自分達も自炊を行ない、料理の腕を磨くべしと考えた。そのため料理人を雇う事はせず、こうして当番制で自分達の食べる料理を作っていた。


「おや、アレックスじゃないか」


「おっ、どうしたチビ助、腹減ったのか?」


 アレックスの姿を見つけた、料理当番の団員達が話しかけてきた。


「ちがう。しごとをさがしてる。おれにもてつだわせるべき」


 粘り強しつこ交渉しゴネた結果、アレックスは野菜の皮剥きを手伝う事になった。


「包丁で指を切らないようにな。包丁はこうやって当てたまま動かさずに、野菜のほうを回して皮を剥いていくんだぞ」


「まかせろ。かんぜんにりかいした」


 慣れない作業に苦戦しながら、アレックスは何とか野菜の皮剥きを完遂した。皮を剥いた野菜を団員に渡すと、彼はそれを包丁で器用に切り分けていく。


「切る時は出来るだけ均等……同じくらいの大きさに切るのが大事なんだ」


「なんでだ?」


「大きさが違うと、火の通り方も違ってくるからさ。同じ時間煮ても、小さすぎると火が通り過ぎて崩れたり、逆に大きすぎると中まで火が通らなくて固いままだったりするからさ」


「なるほど」


 団員達の教えを受けながら、アレックスは料理の手伝いをする。子供がやる初めての作業で、大して役には立たなかったが、小さな手で一生懸命に手伝いをする彼の姿に癒された団員達であった。


 後の話になるが、アルティリアや彼ら自身が名声を上げるに従って希望者が続出し、大規模になっていく海神騎士団では、新人はまず炊事係として、料理を一から叩きこまれる事になり、所属する団員全員が王都の料理店でもシェフとして立派にやっていける程の腕前を誇る謎の集団と化すのだった。


「よーし、今日の朝食が出来たぞー!」


「おー」


 それから数十分して、料理が完成した。

 本日の朝食のメニューは、


 ・厚切りのトースト

 ・挽き肉と野菜がたっぷり入ったオムレツ

 ・山盛りのキャベツの千切りとトマト

 ・野菜とベーコンのスープ

 ・新鮮な果物を絞ったジュース


 である。

 彼らが信奉する女神曰く、


「朝食は一日の元気の源です。気合を入れて働く為には適当に済ませてはいけません。しっかり元気の出る物を食べるように」


 との事で、その言葉を受けたグランディーノの住人達は新しい料理のレシピが増えた事もあって、食事に対して大いに気を遣うようになった。

 今後、グランディーノの町とその周辺地域は料理、特に海鮮料理については右に出るものが無い程の美食の聖地として空前の発展を遂げる事になる。


 騎士団の面子と共に朝食をとったアレックスは、その席で他に手伝う事がないかと聞いた。

 そこで団長のロイドは、クリストフと共に釣りをして食材の調達をしてくれと頼んだのだった。


「クリストフ、すまんがアレックスの面倒を見てやってくれ」


「任せてください。ついでに大物を釣って帰ってきますよ」


 そう言いつつ、新しく揃えた本格的な釣り道具一式を準備するクリストフを見て、ロイドは少し呆れた表情を浮かべた。


 こうして、料理の手伝いや食材集めがアレックスの日課となった。

 同じように、動物の世話を手伝い始めたニーナを見て、妹も周りに馴染んで頑張っているようだと安心すると共に、自分も負けていられないと、より一層頑張るようになった。


 そうして数日経つと、今度は訓練に励む騎士団員達の様子が気になってくる。

 重い鎧を着たまま走ったり、海を泳いだり、訓練用の武器を使って模擬戦をしたりする彼らを見て、アレックスはそれを真似しだした。

 神殿騎士達がランニングや遠泳をすれば後ろをついて行き、戦闘訓練や魔法の練習をすれば、それを横でじっと見ている。

 流石に気になったロイドが、アレックスに目線を合わせて話しかけた。


「アレックス、訓練に参加したいのか?」


「したい。おれもつよくなりたい」


「そうか……理由を教えてくれるか?」


「ニーナをまもるためだ」


「立派なお兄ちゃんだな。だが、お前達はもう奴隷から解放されて、ここにはニーナに危害を加える悪い奴はいないぞ?」


 ロイドが諭すように言うと、アレックスは首を横にブンブンと勢いよく振った。


「でも、おれは何もしてない。ははうえが助けてくれたけど、ただ運がよかっただけ。次はちゃんと、おれがまもれるように強くなりたい」


 真っ直ぐな決意が篭もった目を見て、ロイドは頷いた。


「……そうか。なら、訓練への参加を認める。ただしお前はまだ小さくて、体が出来上がってないから無理は厳禁だ。俺達が見てない所で無理をするのは禁止、わかったな?」


「わかった!」


 こうして、アレックスは見習い団員として訓練に参加する事になった。

 その日の夜、ロイドから報告を受けたアルティリアは、


(うーん、男の子だなぁ)


 と、少し懐かしい気持ちになりつつ、


「本人が強く思っているなら、私が止める理由はありません。面倒をかけますが、どうかあの子の事をよろしくお願いします」


 と、正式にロイド達にアレックスの事を任せるのだった。


 そうして、騎士団の手伝いと訓練を繰り返していた、ある日の事だった。

 その日も朝から夕方まで日課を行ない、体力を使い果たしたアレックスは夕食を取って、風呂に入った後に、すぐにベッドに入って眠りについた。

 そうして、すやすやと寝息を立てていたアレックスだったが、彼は気が付くと、見知らぬ場所に立っていた。


「ここはどこだ」


 目の前には白い砂浜と、どこまでも広がる青い海。視界の遥か先には水平線と、その向こう側から昇ってくる太陽が見える。


「ここはエリュシオン島……そして、お前の夢の中の世界だ」


「だれだ!?」


 突然、背後からかけられた声にアレックスが振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 黒い髪で、身長はアレックスより少し高い程度の小柄な少年だ。

 上半身は裸で、無駄なく鍛え抜かれた筋肉が露わになっている。腰衣と、表面が鱗で覆われた腕甲や脚甲、それからボロボロになった赤い外套を身に纏っており、首からはまるで海の水を凝縮したような、深い蒼色の宝石が付いたネックレスを下げている。


「俺の名はうみきんぐ! 気軽にキングと呼ぶがいい!」


 胸を張って堂々とそう名乗る謎の男から、アレックスは距離を取った。狼の耳と尻尾が逆立ち、警戒しているのは明らかだ。


「おまえがおれをここに呼んだのか!?」


「そうだ!!」


「どうやってだ!?」


「キングだからだ! キングに不可能は無い!」


「な、なんだと……!? じゃ、じゃあなんでおれを呼んだ!?」


 あまりに堂々と意味不明な回答をされた事で狼狽えながらも、アレックスが重ねてそう尋ねると、うみきんぐは優しい笑みを浮かべて、こう答えた。


「それは、お前の強くなりたいというひたむきな願いと努力に応えるためだ」


 その顔と言葉を受けて、アレックスは警戒を解いた。


「つまり、おまえがおれを強くしてくれるのか」


「いいや、そうではない。強くなるのはあくまでお前自身の修練と経験によってだ。俺はただ、少しだけその手助けをするだけだ」


「それでいい。たのむ」


 正直、何故ここに居るのかも分からないし、目の前の男も正体不明で意味不明だが、強くなる為の切っ掛けが掴めるなら望むところだと、アレックスはうみきんぐの提案に飛びついた。


「ならば、まずはお前に我が拳技『水氣弾』を授けよう!」


 そう言ってうみきんぐが右手を前に突き出すと、開いた掌の中に巨大な水の球が発生した。


「心を静め、己の内を巡る氣を練り、世界に満ちる水と交わらせるのだ」


 そう説く間にも、うみきんぐが生成した水氣弾はどんどん巨大化していき、その直径が1メートルを超える程の大きさまで成長する。

 そこで、うみきんぐは腰を深く落とし、右手をより強く突き出した。


「見よ、これが『水氣弾』だ!」


 うみきんぐが海に向かって水氣弾を放つと、高速で放たれた氣弾によって海が割れ、数十メートル進んだところで氣弾が破裂して、その周辺の海水を纏めて吹き飛ばす程の衝撃が走った。


「後は修練を重ね、この技をものにするがいい。では、さらばだ! 俺はいつでもお前達を見守っているぞ!」


 そう言ってうみきんぐが背を向けたところで、視界がぼやけていき……そこでアレックスは目を覚ました。


「はっ……!?」


 目を開けると、いつもの自分達に宛がわれた子供部屋の天井が見える。隣のベッドでは妹のニーナが安らかな寝息を立てている。

 暑かったのか毛布を蹴飛ばして、腹を出して寝ている妹の体に毛布を被せてやって、カーテンを開けると外はまだ薄暗い。


「あの夢はなんだったんだ……」


 全くもって意味不明だが、とにかく凄い技を見せてもらったのは確かだ。

 あの男もまた、凄まじい強者であるという事だけはアレックスにも理解できた。そしてそんな男が、自分が強くなる為に協力してくれているという事も。


「れんしゅうしよう」


 とにかく、見せてもらった技を使いこなせるようになる為に、修行あるのみだ。

 こうして、アレックスは周りの目を盗んで――本人はばれていないと思っているが、実際には一部の団員や精霊達は気付いており、無理をしないようにこっそりと見守っていた――修行を重ね、未熟ながらも水氣弾を習得する事が出来た。


 そして、また数日が経ったある日。


「アレックスよ、よくぞそこまで己を鍛え上げた! 褒美に次は我が拳技『水竜天昇』をお前に授けよう!」


 夢の中で再びエリュシオン島に招かれたアレックスは、再びうみきんぐから技を伝授させられていた。

 この強制イベントは彼が立派に成長し、うみきんぐの拳技を皆伝するまで延々と続く事になるのを、今のアレックスはまだ知らない。

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