第42話 女神の育児奮闘記

 アレックスとニーナをうちの子にしてから、およそ半月が経過した。

 とはいえ正式に養子縁組をした訳ではないのだが、まあ親代わりをさせて貰っている。

 日本人男性だった頃は嫁も子供も居なかった俺だが、まさか異世界に来てから二児の母になろうとは流石に予想外である。


 さて、そんな獣人の兄妹だが、二人とも自主的に、俺や海神騎士団の皆の手伝いをしてくれている。

 別に子供がそんな気を遣わんでも、今まで苦労した分、楽しく気ままに遊んでいてくれて良いのにとも思うのだが、その事について相談に乗ってくれたクリストフ曰く、


「あの子達も、迎え入れてくれたアルティリア様や新しい居場所の為に、何か出来る事をしたいと考えているのでしょう。それから、自分の役割が無い事に不安を感じているのかもしれません。ここは彼らにもこなせそうな簡単な仕事を与えて、見守ってあげてはいかがでしょう」


 との事だった。なるほど一理ある。

 クリストフは騎士団の頭脳担当だけあって、俺も時々このように相談させて貰う事がある。頼りになる奴だ。

 しかしマジックアイテム等の珍品・名品が絡むと急にアホになるのが玉に瑕だ。今回も相談に乗って貰ったお礼に釣りスキルにプラス補正がかかる指輪『釣り人の指輪フィッシャーマンズ・リング』をあげたら狂喜乱舞していた。

 そんな彼は以前、休日にビーチに出かけた時に釣りを初体験して以来、釣りにド嵌りしているらしく、暇な時間が出来ると釣り竿を持って海に出かけている。けっこう釣りの才能があるようで、釣果は騎士団の連中の夕飯になっているそうな。


 折角なのでアレックスを彼の釣りに同行させてみたところ、アレックスの釣りの腕前もめきめき上達していった。

 更に釣った魚の捌き方や調理方法も教えてみたら、料理に関してもスポンジが水を吸うように、どんどん覚えていく。

 おそらく、俺の加護『生活強化:料理+』『生活強化:釣り+』の効果も原因の一つなのだろうが、一番の要因は本人のやる気や向上心だと思う。


 という訳で、アレックスの現在の役職は、食材調達担当および料理人見習いだ。

 そしてアレックスは、その仕事の合間に騎士団の訓練にも参加していた。

 流石に幼いアレックスが、ロイド達のきついトレーニングについていくのは厳しそうだったが、自分に出来る範囲で強くなろうとしている様子だ。

 ちょっと心配だが、ロイド達も積極的に面倒を見てくれているので、このまま無理をしないように見守っておこうと思う。


 次にニーナだが、彼女には海神騎士団のメンバーが乗る馬の世話をして貰っている。

 騎士団詰所の敷地内にある厩舎には20頭を超える馬がおり、専門の管理人を雇って世話をして貰っている訳だが、ニーナはそこで見習いとして働いていた。

 しかし、そこで予想外の出来事が起こったのだ。


「いやあ、びっくりしました。馬達があんなに素直に言う事を聞くとは。私はこの仕事を二十年以上やっておりますが、あんなの初めて見ましたよ」


 と厩舎管理人のリーダーを務める中年男性が言ったように、ニーナは動物を手懐ける事に関して天賦の才があったようだ。

 厩舎で仕事をするようになって二日目には元気に馬を乗り回し、それを他の馬達が付き従うように追いかけていく姿が見られた。


 気になってニーナのステータスやスキルを『アナライズ』で確認してみたところ、彼女のメイン職業クラス調教師テイマーであり、サブ職業に騎兵ライダーが存在していた。


 ……あっ、これ騎乗型テイマーだわ。

 騎乗可能なペットを育成し、それに乗って戦うタイプのプレイヤーの事をそう呼び、LAOにも結構な数の騎乗型テイマーが存在していた。

 ただ、一口に騎乗型テイマーと言っても、騎乗して剣や槍を振り回す前衛型、ペットの機動力を活かして逃げながら弓や魔法で攻撃する後衛型、戦闘力の高いモンスターに乗って戦わせつつ、自分は支援に徹する支援型と様々なタイプに分類され、更にそこからオーソドックスな地上タイプと、天馬騎士ペガサスナイト竜騎士ドラゴンナイトのような空中タイプに分かれる。

 ちなみに少数派ではあるが、サメやクジラ、シャチなんかに乗って戦う海戦タイプも存在する。まあ大体うちのギルメンかフレンドなんだが。


 ともあれ、そんな感じに一日で厩舎の馬達を完全掌握したニーナだったのだが、彼女はそればかりか、俺が以前手懐けた飛竜ドラゴンまで従えてしまっていた。


「よしよし、いい子いい子」


「ぐおーん」


 ドラゴンは今もニーナに撫でられて、野生を完全に捨て去った姿を晒してまったりしている。

 そのドラゴンは最近になって、ニーナによって名前を付けられた。


「ママ、このドラゴンさんのお名前はなんですか?」


 数日前、ニーナがドラゴンの世話をしながら、俺にそう尋ねた。

 ちなみにニーナは引き取って以来、俺の事をママと呼ぶようになった。少しくすぐったいが、本当に子供が出来たみたいで悪くない気分だ。しかしアレックスは恥ずかしがってなかなか呼んでくれないので少し寂しい。


「そういえば名前を付けていなかったか……折角だしニーナが付けてみますか?」


 俺がそう提案すると、ニーナは少し考えた後に、その名前を呟いた。


「つなまよ!」


「………………何でツナマヨ?」


 俺の質問に、ニーナは可愛く首を傾げた。


「さいきょうだから……?」


 どうやらニーナの中では、おにぎりの具の中で最強はツナマヨらしい。

 そしてドラゴンはうちで飼ってる動物の中で最強なので、このドラゴン=ツナマヨという図式がニーナの中で成立したようだ。理解するのに少し時間がかかったが。


 ついでに、ニーナは厩舎のお馬さん達にも『うめぼし』『おかか』『しゃけ』『こんぶ』『いくら』『しお』等の名前を(勝手に)付けていた。

 お握りの具シリーズがネタ切れになったら次はどうする気なのだろうかと、今から不安と期待が尽きない。


「つなまよ、ごー」


「ぎゃおーん!」


「あまり遠くまで行くんじゃないですよ」


 それから少し話して、ツナマヨに乗って飛び立ったニーナを見送った後に、騎士団の訓練所に行くと、今日も騎士団の皆は訓練に励んでいた。

 今は刃を潰した訓練用の武器を使って、模擬戦を行なっているようだ。


 それ自体はいつもの光景なのだが、今日はそこにアレックスも参加していた。相手はルーシーで、彼女は防御に徹して、アレックスに好きなように攻めさせている様子だった。


「はっ! やっ! せい!」


 アレックスがダッシュで距離を詰め、ルーシーの懐に飛び込む。その名の通り、子供のように背が低いのが特徴の小人族であるルーシーにとって、自分より小さい相手と戦い、懐に入られるというのは珍しい体験だろう。

 左、右と素早く拳を繰り出すアレックスだが、ルーシーは冷静にそれを受け流す。次にアレックスが上段回し蹴りを放つが、流石に大振りで隙だらけだ。案の定、蹴り足をルーシーに掴まれて、そのまま投げられてしまった。

 投げ飛ばされたアレックスは空中で一回転して華麗に着地を決め、再びルーシーに向かって構えを取った。


「そういった動作の大きい技は、簡単に当たるものではありません。相手の隙を突いたり、体勢を崩してから使う事です。そうでなければ見切られて、今のように反撃を受ける事になりますよ」


「むむむ……」


「何がむむむですか。今の反省を活かしてもう一回です。さあ、来なさい」


「ならば、つぎはひっさつわざをつかう」


 そう宣言し、今度は構えを取りながら摺り足でじりじりと距離を詰めるアレックス。ルーシーはいつでもかかって来いと言わんばかりに自然体で待ちの構えだ。

 さて、今度はどう攻めるつもりかな……と、様子を伺っていた時だった。突然、アレックスが腰を深く落とし、開いた両手を前に突き出した。

 ……あのポーズ、何だか見覚えがあるぞ。そう思った次の瞬間、


「すいきだん!」


アレックスの両掌からサッカーボール程の大きさの水の塊が、高速でルーシーに向かって射出された。


「むっ!」


 突然の事に驚いたルーシーだったが、向かってくる水の塊を跳び上がって回避する。しかしそこに、一気に距離を詰めたアレックスの追撃が入る。


「すいりゅーてんしょー!」


 遠距離攻撃技『水氣弾』で牽制し、ジャンプ回避したところに右拳に渦巻く水を纏いながらのジャンピングアッパー『水竜天昇』で追撃。

 ……LAOでよく見たなぁ、この攻撃パターン。

 ルーシーはアレックスが放った水竜天昇を腕でガードし、直撃は防いだものの、想像以上の重い攻撃を受けて、心底驚いた様子だった。

 俺も、まさかアレックスがあんな動きを出来るとは思っていなかったので吃驚しているが、それはそれとしてアレックスに聞かなければならない事がある。


「アレックス、今のは惜しかったですね。しかしよく頑張りました」


「む、ははうえ。みていたのか」


「これはアルティリア様……お恥ずかしい所をお見せいたしました」


「いえ、ルーシーも良い動きでした。いつもアレックスの訓練に付き合ってくれてありがとう」


「勿体ないお言葉です」


「それにしてもアレックス、あの技は一体どこで覚えたのですか?」


「えっ、アルティリア様が教えたのではなかったのですか!?」


 俺の質問に、ルーシーが驚いた。

 まあ、そりゃ普通に考えれば俺が教えたと思うだろうな。

 しかし俺はアレックスに技など一つも教えていないし、本人が望むなら訓練をするのは好きにさせるつもりではいるが、戦いに関わるのはまだ早いと思っているので積極的に鍛えたり、技や魔法を教えるつもりは今のところ無い。

 では一体どうやって……? そんな疑問の篭もった俺とルーシーの視線を受けて、アレックスが質問の答えを口にした。


「キングにおしえてもらった」


 え? あいつ何やってんの?

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