第37話 探さないでください。晩ご飯までには帰ります。

 海に行った次の日は、朝早くから忙しかった。

 ロイド達の神殿騎士への就任や、神殿騎士団の結成のための儀式やら式典やらがあって、当然だが俺もそれに参加していたからだ。

 神殿騎士就任の為の儀式では、俺が拵えた鎧を身に着けたロイド達が、一人ずつ俺に対して宣誓の言葉を述べて、それを受けた俺が彼ら一人一人に声をかけて、神殿騎士に任命していった。

 町長や領主、冒険者組合の組合長に、王都から来た神官や神殿騎士も出席する、たいへん堅苦しい式典で肩が凝ったぜ。


 あと、うちの神殿の騎士団の名前は『海神わだつみ騎士団』に決まった。

 団長はロイドで、副団長にルーシーとクリストフの二名が就任する。

 彼らの仕事は、名目上は神殿や俺の警護に、神殿周辺の治安維持という事になっているが、ぶっちゃけ俺の警護とか不要だし、仮に警護が必要なほどの敵を相手にするとなれば、今の彼らでは正直まだまだ力不足である。

 なので当面は訓練や、冒険者組合から回ってくる仕事をしながらレベル上げを頑張って貰うつもりだ。

 今日も、ロイド達は朝早くから仕事で出かけている。

 彼らが受けた依頼だが、昨日の夜にここから南西のほうにある村が魔物に襲われ、被害が出たそうなので、村周辺の魔物退治と、被害を受けた村人の救助に向かっている。

 馬に乗って行ったので、順調にいけば今日中には戻ってこれるだろう。


 そうそう、馬といえば領主さんが、ロイド達全員分の馬をプレゼントしてくれたのだ。LAOでも馬を育成するコンテンツは存在し、捕獲または購入した馬を調教し、育てた馬同士を交配して、より速く、強い馬を作る事が出来た。

 俺を含めたうちのギルドメンバーは、普段は海で生活して滅多に陸に戻らない為、馬を育てている奴はほとんどいなかった。生活マスターのキングと、元々は陸地で戦闘民をしていたクロノ、他に数名程度しかいなかったはずだ。

 俺も馬の育成には手を出してないので、あまり詳しくはないのだが……LAOでは馬の品質は、10段階評価のランクで表される。1が最低で、10が最高だ。その基準で言えば、ロイド達が貰った馬はランク4~5くらいに相当する、なかなか良い感じの馬だった。

 騎士たるもの、馬の一頭くらいは持ってないと恰好つかないしな。領主の気遣いは大変ありがたかったので、今度何かお礼をしなければなるまい。


 ところでロイド達が仕事に出ている間、俺は何をしているのかと言うと、今まで通りに神殿に篭もって物作りをしたり、たまに釣りに出かけたりと、のんびり過ごしている。

 神殿に来る信者の対応は精霊達や、クリストフが居る時は彼にやって貰っている。


「お祈りに来た信者の前にいちいち神様が出ていっても気を遣わせてしまうので、主様は奥に引っ込んでいてください」


 とは、俺が使役する精霊の言葉だ。

 あいつら最近、俺に対する態度がだんだん雑になってきた気がするぞ。

 引き篭ってダラダラしやがって、働けニートとでも内心思っているのだろうか。これでもちゃんと仕事はしとるわ。

 俺の仕事は基本的に、適当な素材を見繕って何か良い感じのアイテムを作って、それを神の技能アビリティ小さな贈り物リトル・ギフト』で信者達に配る事(ログボ配布)と、『神託オラクル』によるお役立ち情報や小ネタの発信(ツイッター)だ。

 他にも浄水設備や上下水道の整備とか、水に関する仕事をちょこちょことこなしていたりする。

 そこまで考えて思ったんだが、何か俺、ネトゲの運営チームみたいな仕事やってんな。

 これはいかん。俺もたまには冒険をしないと腕が鈍ってしまう。というわけで……


「少し出かけてきます」


 神殿に常駐している精霊達にそう言い残して、俺は旅に出た。心配するな、夕飯までには戻る。

 丘を駆け下り、海岸まで歩いたら大海原に向かって足を踏み出す。俺は技能『海渡り』によって、水上を泳ぐのと同じ速度で走る事が可能だ。


「ごきげんよう。ではお先に失礼」


 途中、ゆっくり進んでる船――警備隊の制服を着た男達が乗っていたし、おそらく海上警備隊のものだろう――を追い越しながら優雅に手を振り、俺は海岸沿いに近海を西に進む。

 特に急ぐ旅でもないので、速度は時速100km程度でのんびり進んでいると、海辺に小さな村があるのが見えた。

 どうやら漁村のようで、船着き場に小さな漁船が幾つか停泊しており、浜辺では上半身裸の男達が、網を使って漁をしているのが見える。

 心の中で彼らの大漁祈願をしながら、俺は漁村の前に広がる海を通過して、更に西へと向かった。


 更に進むと、今度は向こう側から船がやってくるのが見えた。そこそこ大きい帆船で、大砲などの武装は最低限しか積んでいないようなので、おそらく商船や貨物船の類ではないだろうか。

 甲板の上で双眼鏡を覗いていた船員が、俺を見つけて驚いていたので、軽く手を振っておいた。エルフは元々、弓が得意な種族で先天的に高い視力を持っているので、俺もかなり目は良いほうだ。普通の人間であれば双眼鏡を使わなければ視認できない距離であっても、俺の目にははっきりと相手の表情が見えている。


 俺が来た方向に向かって進んでいる事から、あの帆船はグランディーノに向かっていると思われる。グランディーノは王国最大級の港町で、港では商品を積んだ船が毎日のように出入りしている。あの船もその一つになるのだろう。


 そう考えていた時、突然船の近くの水中から何かが飛び出した。

 水面から跳び上がったそれは、船に向かって勢いよく体当たりをした。それによって船体が大きく揺れる。


「あれは……殺人鮫キラー・シャークじゃないか」


 殺人鮫は中型の水棲モンスターで、その名の通り人間を襲う凶暴なサメだ。

 全長は平均3~4メートル程度の大きさだが、中には長い年月を生きて5メートル近くまで大型化するものも居る。

 殺人鮫は凶暴なモンスターで、自分の体よりも大きな船に向かって体当たりを仕掛け、破壊する事もある。当然、船を破壊して乗っている人間を食らい尽くす為にだ。そして、巨大化したモンスターはより一層凶暴さを増す。

 今、船を攻撃している殺人鮫もまさにそれで、目算で全長4メートル80センチ程もある大型の個体だ。

 しかもタチが悪い事にあの鮫、群れを率いるボスのようで、船の周りには鮫の背ビレが複数、海面から顔を出している。

 このままではあの船は破壊され、船と積み荷は海の藻屑と化し、乗員は殺人鮫に食われて死ぬか、溺死した後に殺人鮫に食われるかの二択だろう。

 しかし彼らは幸運だ。何故ならこの俺が、たまたま近くを通りかかったからだ。


「ふっ!」


 俺は水面を蹴り、全速力で船に向かって駆け寄った。その勢いのまま、船に第二撃を加えようとしていたボス鮫の腹に全力のライダーキックをぶちかます。

 蹴りの反動を利用して跳び上がった俺は、そのまま甲板に着地した。


「あっ、あなたは!?」


「下がっていなさい、次が来ますよ」


 ボスが傷つけられた事に怒ったのか、配下の殺人鮫たちが水面から甲板に向かってジャンプして飛びかかってきたのだ。

 巨大な口を大きく開き、その中にはギザギザした歯がずらりと並んでいる。あれで噛まれたら流石に痛そうだ。なので、わざわざ食らってやる訳がない。


「『冷気の波動フロストウェイブ』!」


 前方扇形の範囲に向かって冷気の波を叩きつける魔法を使い、襲い掛かってきた鮫達を氷漬けにして海に叩き返す。

 この魔法は射程距離こそ短めだが、詠唱時間が短く凍結&吹き飛ばしの効果を持つ範囲攻撃の為、多くの敵に近付かれた時は重宝する。


「さて……そこの貴方」


「はっ、はい!」


「私はこれから水中に入り、残敵を掃討します。その間に殺人鮫が襲ってきたら、この魔法が篭められた魔石ジェムストーンを掲げて攻撃を防ぐように」


 俺はそう言って、彼に『薄氷の盾アイスシールド』の魔法を込めた、青い魔石を手渡した。

 『薄氷の盾』は氷の盾で物理攻撃を1回だけ防ぎつつ、割れた氷の破片で反射ダメージを与える攻防一体の魔法だ。これ1個で十回以上は使えるので、彼にはこれで自身や仲間の命を守って貰う。


「それから、そっちの貴方は怪我人を一箇所に集めておくように。もしも重傷の者が居たら、これを飲ませなさい」


 俺は近くに居た別の船員にそう指示を出して、回復薬ポーションを手渡した。

 しかし俺が指示を出した二人とも、突然の事にまごついていたので、少し気合を入れてやる必要がありそうだ。


「返事はどうしたァッ!」


「は、はいっ! 魔物の攻撃が来たら魔石を使って防ぎます!」


「申し訳ありません! 船員の状態を確認し、怪我人を一箇所に集めます! また、重傷の者が居たら薬を使わせていただきます!」


 俺が一喝すると、彼らは敬礼をして俺の命令を復唱した。


「よろしい。では頼みましたよ」


「「アイアイ・マム!」」


 俺が海に飛び込むと、ボス鮫が船の真下に潜り込んでいるのが見えた。水上に飛び出してみたら思わぬ反撃を食らって痛い目を見たので、今度は船底に穴でも開けてやろうとでも考えたのだろう。


「お前の浅知恵なんぞお見通しだキーック!」


 俺はさっき蹴ったのと同じところに、もう一発蹴りを入れてやった。それによって鮫は白目を剥き、口から血を吐いて気を失い、白い腹を見せて水面に浮かびあがった。

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