第2話 アパートに恐怖が連鎖する
日が暮れて夕日が一軒のアパートを赤く染める。
建てられて数十年は立つという古い木造二階建てアパートだ。一階と二階それぞれ3戸ずつ並んでいる総じて6戸である。
その内の一つ201号室だけは空き部屋となっており5人の住人が暮らしていた。
202号室
隣の201号室から物音がする。
住人の男はお隣さんが何かしているのかと最初は気に留めなかったが後で重要な事に気づいた。
隣の201号室は誰も住んでいない…
じゃあ隣の部屋にいるのは一体誰なんだ…
壁に耳を当てると女のすすり泣く声が聞こえる。
(この泣き声…)
中学生の頃の記憶が蘇る。
あの頃、仲間とともにクラスの気の弱い女子を面白半分で倉庫に閉じ込めたことがあった。女子がすすり泣く声を仲間と共に嘲け笑った。
あの時の鳴き声に似ている…
体から力が抜けていく。どしんと大きな音を立てて床に尻餅をついた。
甲高い悲鳴が口から漏れていく。
201号室
空き部屋の201号室に女が一人で縮こまっていた。
女はこのアパートの大家の姪で203号室に住んでいた。
さっきまで自室で過ごしていた。そこへ突然ドアを強く叩く音した。
ドアを叩く音は段々と強くなっていく。そして「おーい」「車が」と酔っぱらったような男の声が聞こえてくるようになった。
女はドキっとして数年前の事を思い出した。
車を運転していたら酔っぱらいの男が道路に飛び込んできた。男はそのまま亡くなった。
男の過失と女自身は交通ルールをしっかりと守っていた事が認められ、男が倒れたらすぐに救急車を呼んだこともあり当然ながら罪に問われることは無かった。
それでも人が死んだと女は罪悪感に悩まされることがあった。
ドアの向こうで音と声が小さくなるのを感じ、やがてそれらは止んだ。
恐る恐るドアを開けると誰もいなかった。
女は大家である伯母から受け取った201号室の鍵を持ち出し、そこへ駆け込んだ。
自身の部屋にいるのが怖くなった。
201号室で人知れずすすり泣いた。
103号室
「私の部屋は二階じゃなくて一階だって。」
「悪い悪い。間違えちまった。」
住民の女はアパートに帰ると自室より上の部屋のドアを叩く彼氏の姿を発見した。
近くまで用事があって車で来たが、それを忘れて酒を飲んでしまい、このままじゃ飲酒運転になるから酔いが醒めるまで休ませて欲しいと言うのだ。そして彼氏は間違えて他の部屋のドアを叩いていたのだった。
人を便利屋みたいにと女は溜息をついた。
アパート前で鍵を取り出した所で他の住人の女とぶつかりバッグを落としてしまい、酔っぱらった彼氏には苛つくと災難続きだ。
何でこんな奴と付き合ったんだろうと女は後悔した。
彼氏と付き合う前にライバルの女がいた。恋敵に取られまいと揉み合いの喧嘩に発展した。その時、相手の女を突き飛ばしてしまい出血させてしまった。恋敵はそのまま恐れをなして彼氏から身を引いて行った。
今思うとやりすぎだ。あの時の恋敵の血の様子が蘇る。
「ここだから。」
女は彼氏を部屋の中に入れると彼はすぐにくつろぎ始めた。
女は苛つきながらバッグの中から手探りでハンカチを探した。
見つけたと思って取り出すと手が硬直した。
ハンカチが血のように真っ赤に汚れが付いていた。
101号室
あれ…バッグの中身が変わっている…
101号室の女は美大生だった。バッグの中身には財布とスマホ、そして作成中の絵に使った赤い絵の具が付いてしまったハンカチが入っていたが見当たらない。
ふと部屋に入る前に103号室の女とぶつかりバッグを落としたのを思い出した。
似たようなデザインだったから、その時に入れ替わってしまったんだろう。
女はバッグを取り換えてもらおうと部屋を出た。その途端足が凍るような感触に襲われた。
小さな人形が玄関前にぽつんと置かれていた。
人形は男の形を模しており、顔に皺を寄せて悲鳴を上げた気味の悪いデザインだ。
女にはその人形に覚えがあった。
高校時代に勉強のストレスから近所の書店で繰り返し万引きをしていた。そのせいかどうかは分からないがその店は経営難だと閉店してしまった。その一年後に店主の老主人は息を引き取った。
人形はその店のレジにいつも置かれていた物だった。気味が悪かったので今も覚えている。
ゆっくりとドアを閉める。
何故あれが目の前にあるのかは分からない。玄関に座り込みしばらく息を整えた。
意を決して再びドアを開けた。
人形はどこにも無かった…
102号室
やっぱり…ここに忘れていたか…
ホラー映画のグッズで悲鳴を上げる男の人形。映画マニアの男は購入したばかりのそれをカバンに入れずに手にして見つめながら帰って行った。101号室の前でカバンを持ちなおそうと人形を通路に置いたまま忘れて部屋に入っていった。
すぐに人形を思い出して通路に出て広い再び部屋に入る。
録画していたホラー映画を再生する。
冒頭は人が突き飛ばされる場面から始まる。
つい最近の事を思い出す。
酔っぱらっていて詳細は欠けているが見ず知らずの若者を路上で突き飛ばしてしまった。人気の無い所であったためすぐに逃亡することが出来た。
テレビの画面をきっかけに記憶が再生されていく。
あの後、若者はどうなったのだろうか?警察の捜査が入ってしまっただろうか?様々な疑念が浮かんでくる。
その時、上の202号室からどしんと大きな音がした。甲高い悲鳴が聞こえてくる。
男は若者を突き飛ばした時と同じだ。男の背筋は震えるばかり。
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