短い物語寄せ集め集

桐生文香

第1話 親に申し訳ない…

 …俺は本当に親に申し訳ない…


 社会人となって二年立つが、実際の所は社会人らしいことはしていない。

 就職した会社は、人間関係が面倒くさいだ、些細な事で叱られたのだと理由でやめてしまったが、今思うと下らない退職理由だ。

  

 就職と同時にA市で一人暮らしを始めた。B市の実家に住む親はこの事を知らない。今もその会社で働き続けていると思っているだろう。

 就職祝いに贈ってくれた物、ご馳走してくれた食事を思うと真相を話すことも顔向けをすることもできない。

 そのうえ、申し訳ない事が一つ増えてしまった…


 俺は腕時計と数枚のお札を見つめた。

 


 会社を辞めてアルバイトを転々とした。たいした収入があるわけでないのにパチンコに手を出してしまう。当然ながら金に困る日々を送っている。

 今日、バイトの関係でC市に立ち寄った。その帰りにあるアパートの一室に目を留めた。

 不用心にも窓が開きっぱなしだ。

 一階なので近づくと中の様子が丸見えだった。住人の気配はしない。換気のために窓を開けたはいいが閉めるのを忘れて、そのまま外出してしまった所だろう。

 部屋の中央にテーブルが置かれている。その上に見えるは腕時計とお札だった。


 俺は越えてはいけない一線を越えてしまった…

 俺は空き巣になってしまったのだ。


 しかし、自宅に戻り盗んできた物を見ると罪悪感と後悔が一気に湧き出した。

 何をしてるんだ…俺は…


 スマホが鳴る。

 母からだ。高鳴る胸の鼓動を感じながら電話に出た。

 「あんた…ちょっと大変なことが起きたの…」

 「どうしたんだよ…」

 俺の声は緊張で固まるが母は気にせずに話を続けた。

 「空き巣に入られたのよ‼」

 母の爆発するような物言いと空き巣という言葉にビクッとした。

 

 「空き巣に入られたといっても家じゃないんだけど…お母さん仕事でC市に行くことが多くなって帰りが遅くなることも増えたの。それで帰りが遅くなった時の寝泊まりのためにアパートを借りてね…。あっお父さんもたまに利用するけど…。そこに空き巣が入ったのよ。」


 俺は黙って聞いていた。

 「アパートを出た時、窓を閉め忘れたの思い出して、またアパートに戻ったみたの。テーブルに腕時計とお札が置きっぱなしにしたままだったしね。そしたらそれが全部無くなっていたの…。一階の部屋って本当に危ないんだね…ちょっとあんた聞いてる?」 

 

 ああ俺は本当に親に申し訳ない…

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