水上ヴィラ、ビデオカメラ【●REC】星空を泳ぐ魚達。パーン!
●REC
あーあー、あーあー……。これ、ちゃんと撮れてるのかな? んー、ライトは……あれ、消えてる。
■
隙間がないほど敷き詰められた星々が雲ひとつない夜空を、照明から溢れるオレンジ色の光が足元を、それぞれ優しく照らしている。光源はそれだけどそれだけで十分。
ここは水上ヴィラ。潮の香りが鼻をくすぐる。
海と反対側、わたしの背後にあるコテージは暗闇で静まり返っている。コテージ内では、白いシーツ付きのフッカフカダブルベッドがわたしを待ち構えている。だけど、わたしはまだ寝る気がない。
わたしは手の中にあるビデオカメラを覗き込んだ。先程まで、暗闇の中で赤く点灯してビデオカメラのライトは消えていた。うーん?
このビデオカメラにはボタンもディスプレイも付いていない。四角い箱からレンズが飛び出しているというだけの代物。
ムムムと唸りながらビデオカメラをいじくり回していると、いきなりライトが点灯した。時限式? それとも何かに反応してる?
ま、気を取り直して初めましょう。
●REC
はい、ということで、今わたしはどこかの水上ヴィラの上にいまーす! あ、水上ヴィラっていうのは、水上に気で足場が組んであって、その上に建物があって、そこで寝泊まりができる……みたいな感じのやつでーす。
見てもらったほうが早いかもしれませんね。はい。これが水上ヴィラです。もし、真っ暗でなにも見えなかったらゴメンなさーい。
まあ、見えているという前提で進めますね。まずはそうですね、わたしも何がなんだかよくわかっていないんですけど……あっ、夜空をご覧ください!
夜空一面の星が見えていますか? そう、そうなんです。あの光っているものは、全部星なんですよ! 信じられますか? でも実際、わたしはこの目で、この星の絨毯を見ているんですよ! この映像はCGじゃないんですよー!
それにしても、すごい光景ですね。もしかしたらUFOが混ざっているかもしれませんね。なんて……ん? あれ?
■
ビデオカメラ越しに見ていた夜空、視界の端で激しく点灯する星が一つ。それは、わたしが見ていることに気がついたのか、ゆっくりと横に動きだした。アレアレ、おやおや、まさかまさか……本当の本当に?
もしかしたら、本当にUFOなのかも。ちなみに、UFOというのは未確認飛行物体と言って、まぁ、とにかくロマンなのさ。
暫定UFOの動きに合わせてカメラを動かす。
暫定UFOはゆっくりと、うお座を横切り、夏の大三角形を横切り、北斗七星を横切り、いて座を横切る。今では、赤や青、様々な色で点滅していた。
まごうことなきUFOだ!
わたしは一旦ビデオカメラから目を離し、少しでも近くで見ようと、桟橋の上を転ばなない程度のスピードで走った。
桟橋をわたしの足が叩く音が夜の静寂を破る。途中、いくつかのコテージを通り過ぎたが、どのコテージもひとけはなかった。桟橋の先端には35秒でたどり着いた。勢い余って海にダイブしそうになったのは内緒。
再びビデオカメラを構えて空を見上げた。たしか、さっきは射手座らへんにいたから……。
…………。
見失ってしまった。上下左右どこを探してもさっきのように激しく自己主張をする星はなかった。
●REC
オーマイガッ!
■
両手で頭を抱えてブリッジ。ショックの舞。脳味噌のおよそ95%が「悔」の文字で埋まる。ちくせう! UFO動画をネットにアップして大儲けするチャンスだったのに! ああもう、わたしのおたんこなす!
頭が冷えたのは、しばらくもだえた後。冷静になったところで、欲まみれな側面が出てきたことが恥ずかしくなった。頼む、今のは撮られていないでくれよ。
録画が友人知人に見られて、あだ名が”オーマイガール”になった未来が浮かぶ……やめやめ、失敗は忘れよう。
コテージに戻ろうかと思ったけど、思いの他、ココからの景色が綺麗だったのでしばらくココにいることにした。桟橋の端に座り足を投げ出す。時折、はねた波が、わたしの足にあたる。冷たくてくすぐったい。
●REC
今、桟橋の端にいまーす。見てください、見えますか? ココからだと海も空も広いですね。海面に星が反射してて、空と海の境目がどこか分からなくなっちゃってますねー。これで満月が浮かんでいれば……あれ? 月、どこにもないですねえ。雲ひとつ無いっていうのに。不思議ですね。
あっ、不思議といえば、先程UFOを見たんですよ! UFOですよ!
残念ながら、途中で見失ってしまったんですけどねー、はい。オーバー。
■
ビデオカメラを脇に置いて、手を体の後ろ側について体の力を抜いてリラックス。大きな海は静かに波をたゆらせ、広い夜空は星をはべらしている。わたしは桟橋で心をおちつかせ、ただボケーッとしている。多分、ボケーッとした表情なんだろうな。
ザザーン。
波が桟橋の柱に当たり、わたしの足に触れる。星は変わらず光っている。わたしはただボケーッとしている。たっぷり200秒。
視線を動かして地平線があるべきところを見た。蜃気楼のようにぼやけていて、ピントがうまくあわない。空と海が混ざり合って時空が歪んでしまっているんだろう。
少し眠くなったのでそのまま体を後ろに倒した。改めて空が広いと感じる。空にはあんなにも星がいるのに、ここにはわたししかいない。手を伸ばして星を掴もうとした。スカッ。手を空を掴んだ。しずかに手を下ろした。
この場所で寝るのもいいかなと目をつぶると、瞼の裏にも星空が広がった。
わたしは星を捕まえれたのかもしれない。それとも、星と同じ様に夜空に囚われてしまったのか。どっちだろう?
キュー。
……キュー?
わたしは目を開けて、勢いよく上体を起こした。そして目を皿のようにして海面を見渡し、謎の音の招待を探した。海面はさっきと変わりなかった。
キュー。キュー。
鳴き声が増えた。わたしの目はまだ何も捉えていない。というか、暗くてよくわからない。
キュー。キュー。キュー。キュー。キュー。
鳴き声はどんどん増えていった。そして海面が荒れ始めた。地震!?
危険を感じて、わたしは慌てて足を上げ、ズリズリと桟橋を下がっていった。すると……
ザッパパパパパーン!
海面から大量の何かが浮かび上がったではないか! 独特のシルエットからそれが何かはすぐにわかった。
それは、大小様々な大きさの魚だった。
小さいのはいわし――多分――、大きいのはサメ――これは自信あるよ――まで。その種類の多さは、まるで水族館から一斉に逃げ出してきたようだと思った。
魚たちは、空を悠々と泳ぎ回りながら少しずつ空へ昇っていくではないか。海を泳ぐのはもう時代遅れ、今のトレンドは空中遊泳。ってことなのかな?
魚はどんどん海面を突き破ってくる。先に上がってきていた魚たちは、空高く――もう、小さいシルエットにしか見えないぐらいまで――飛び上がり……
パーン! と、大きな破裂音を発しながら、赤白黄青……とにかくカラフルに光った。それは、大きな打ち上げ花火のようだった。
……あっ! 見とれている場合じゃない!
わたしは慌ててビデオカメラを掴んだ。ライトは点灯していた。
●REC
みなさ【パーン!】えてますか? 見えてますよ【パーン!】れだけ明るいですもんね。ほら……【パーン!】きれいですよねー。でもこれ、実は花【パーン!】ないんですよー。実はですね…【パーン!】んと魚なんですよ! 海から【パーン!】すよー。【パーン】いやー【パーン!】【パーン!】うわっ! 【パーン!】すご【パーン!】眩【パーン!】【パーン!】【パーン!】
■
空を飛ぶ魚は大きいやつばかりになってきた。それに伴って、魚の破裂音と光も大きくなってきた。ビデオカメラを置いて手で耳を塞ぎ、目を細めて海面を睨む。海面に映った光ならまだ見れる。……これ、いつまで続くのだろうか。
頭の中で150秒数えたとき、破裂音が止んだ。突然、世界に暗闇と静寂が戻ったことで、わたしは寂しさと不安に包まれた。大事なものがポッカリと抜け落ちたような感覚。
わたしは立ち上がった。宴は終わったようだし戻るかな……ん?
その時、かなり遠いところの海面が大きく大きく盛り上がった。なにごとかと目を凝らした。
宴はまだ終わっていなかったようだ。海面からとても大きな影がものすごくゆっくり浮かび上がろうとしていた。
それは、たっぷり60秒かけて海面から抜けだしてきた。
それは、潜水艦のような、又は野球バットのような胴体に大きな尾ひれが付いていた。あれってまさか。わたしはすぐにわかった。それは、マッコウクジラだった。
でかい。とてもでかい。
わたしが見ている中、クジラはとても気持ちよさそうに空を泳ぎはじめた。海よりも空のほうが気持ちいいのかもしれない。
バシャーン!
突然、冷たい感触と軽い圧力がわたしの膝から下を襲った。転けそうになる体のバランスをとりながら、慌てて下に目を向けた。なんと、波がそこまで来ていたのだ。
気を取り直して空を見やる。すでにクジラはかなり高いところまで昇っていた。あ、まずい……。わたしは目をつぶって顔を背け……
パーン!
鼓膜を震わすほどの爆発音が耳を襲った。衝撃に絶えきれず、背中から桟橋に倒れた。
耳の奥が痛い。心臓がバクバクしている。目がものすごく見開く。頭の中がかき混ぜられているような感覚。やられた! コンディションレッド! 総員、迎撃体制をとれ!
わたしは頭を抱えながら、長いことその場で倒れていた。
回復したときには、宴は完全に終わっていた。今度は寂しさはこれっぽっちも感じなかった。
よし、戻ろう。十二分に楽しんだ。
桟橋からぎりぎり落ちない位置で転がっていたビデオカメラを拾った。ライトは付いていない。落とした衝撃で壊れたかもしれない。トボトボとした足取りでコテージまで戻った。170秒かかった。
コテージは殆ど変わっていなかった。明かりはついておらず、ダブルベッドがわたしを誘っている。ただ誰のしわざか、コテージ入口の前にある木製テーブルに、トロピカルジュースの入ったグラスが置かれていた。サービスが良いね。
テーブルにテレビカメラを置いて、代わりにグラスを手にとった。ぐるぐる曲がりくねったストローに口をつけて中身をすする。甘い液体が口の中に広がる。うーん、おいしー。自分でも知らないうちにのどが渇いていたのかジュースはすぐに空になった。カラン、氷がなる音がしておしまい。
グラスを戻して、大きく伸びをする。まだ、もう少し遊んでいたいけれど疲れてしまった。だけど、この疲労感は決して不快なものじゃあない。こんな充実した夜は久しぶりだよ。いい夢が見れそうだなあ。
わたしはコテージの中に入った。やはり誰もいなかった。わたしは、ベッドに倒れ込んだ。
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