歌物語

増田朋美

歌物語

歌物語

今日も暑い日だった。晴れたり曇ったり、そうかと言えば雨が降ったりと、気ぜわしい天気が続いている。そんな中で体調を崩すものも少なくない。それはしょうがないかもしれないけれど、早く普通に季節が過ぎ去ってくれる年になってもらえないかと、必ず誰かいうひとが出てくるものだ。知識人でも、そうでなくても、このような発言をする人は最近増えているような気がする。それが、解決につながるかというと、そういうことは全くないのだが、今は、文明を退化させることが、一つの解決策になるのかもしれない。

「はあ、まったく暑いなあ。おい一寸ここで雨宿りさせてくれや。」

と、杉ちゃんが、びしょぬれになって、ジョチさんと一緒に焼き肉屋ジンギスカアンの店舗部分に入ってきた。

「ああ、杉ちゃん?適当に座ってくれ。まったく、着物で雨に濡れて大変だったでしょ。すぐに、体を拭いてよ。」

と、店の中にいたチャガタイが、杉ちゃんを近くのテーブル席に座らせた。そして、急いでバスタオルを彼に渡す。

「良いってことよ。洋服だって、濡れても特別扱いされることはないのに、黒大島だけが特別扱いされるのはおかしいだろ。だから、放っておけば大丈夫だ。」

と、杉ちゃんはカラカラと笑った。チャガタイは、風邪でも引いたら困るのでは?といったが、

「そうだけど、黒大島だって、昔は雨に濡れて農作業していた時に使っていたんだから、濡れたって別に害はないさ。」

と、一蹴されてしまった。隣に座ったジョチさんが、杉ちゃんならではの考え方ですねと、苦笑いした。チャガタイは急いで杉ちゃんにメニューを渡す。ジョチさんが読めない杉ちゃんに、代読してやっていると、

「ああ間に合った間に合った。宮前篤子見なくっちゃ。あたし大ファンなのよ。」

と、チャガタイの奥さんである君子さんが、店のテレビを見にやってきた。

「宮前篤子?誰だ其れ?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「最近テレビ番組で人気のある女優ですよ。なんでも、和歌の知識があるというので、最近そういう番組に出演しているらしいですよ。」

と、ジョチさんが答える。

「ちょっと静かにして!もう始まるから!」

君子さんに言われて、その場はテレビの音だけになった。

「こんにちは、初めましての詩の時間がやってまいりました。本日も皆さんの投稿を時間の許す限り紹介させていただきたいと思います。よろしくお願いします。」

テレビに映っているのは、確かに訪問着を身にまとった黒髪の女性だ。

「ああそうかあ、この人が、宮前篤子か。」

と、杉ちゃんはジョチさんに言った。

「でも、なんか和歌の紹介をする女性って感じはしないよ。なんか欧米系の女性のように見える。美女の観念が変わったな。日本の美女ってのは、また違うような気がする。」

まあ確かにそうなのだ。テレビに映っている女性は、欧米の女優のような感じの顔つきをしているのだ。

少なくとも、和歌が流行った時代にいた美人ではないことは確かである。

「そんなこと言わないでよ。あたしは、この番組が、楽しみでしょうがないんだから。」

と、君子さんがそういった。隣でチャガタイが、一寸じれったいなという感じの顔をしているのが見える。

「まあ、男性ではないんですから、それでよかったのだと思うようにしておけばそれでいいのではないですか?」

と、ジョチさんがチャガタイに言った。

「もう、だから、正輝兄さんは結婚できないんですよ。そういうことは、口に出していうもんじゃありませんわ。ほら、もう最後の和歌が発表されるから静かにして。」

ジョチさんのセリフに、君子さんが口をはさんだ。それと同時に、

「それでは、本日の最後の投稿を発表させていただきます。最後の投稿は、静岡県富士市の影山杉三さんからの歌です。見たことも、聞いたことなき、雲を見て、恐怖感じて、体ふるえり。」

というアナウンスが流れてきた。

「こんにちは。僕は読み書きができませんので、隣にいるジョチさんに代筆してもらっています。最近は、お天気も晴れたり曇ったりで落ち着かないのでちょっと恐怖を感じてしまいます。そんなときの気持ちを歌にして表しました、という内容でお葉書をいただきました。そうですね、この歌を書いた影山杉三さんは、とても繊細な感性なんですね。そしてその代筆をしてくれたジョチさんという方は、杉三さんにとって、大事な方ですから、けっしてジョチさんと呼んではいけませんよ。それは、モンゴル語で、部外者という意味ですからね。」

と、テレビの中の美女がそう朗々と言ったため、みんな一瞬ぽかんとする。

「どういうことだよ。兄ちゃん。」

と、チャガタイが聞くと、

「いえ、先日、経済産業省の審議官と会食した時、面白半分で和歌を作ってみろと言われたのでその通りにしただけです。審議官にお葉書をお渡ししたら、多分面白がって、この番組に送られたのだと思います。」

とジョチさんは、したり顔で答えた。

「それにしても、杉ちゃんの歌が、採用されるとは思わなかったわ。杉ちゃんおめでとう。テレビに投稿が出ちゃうなんて、めったにないわよ。それに、こんな綺麗な人に読み上げてもらえるんなんて。」

君子さんがそういうと、チャガタイはそこだけ余計だよ、と一言言った。

「それでは、本日は友情の面白さがちょっとわかったような和歌を投稿していただきまして、番組を終了させていただきます。それでは、次回のこの時間をお楽しみに。さようなら!」

と、華やかなクラシック音楽と一緒に、番組は終了した。たったの15分しか放送されない番組だけど、それでも視聴率はとても高いと君子さんが言った。

「はあ、つまんない番組だったな。ただ素人の和歌を紹介させるだけの番組じゃないかよ。出演者もただの西洋人みたいな美女一人だし。彼女和歌の知識もなさそうだし。ただ脚本読まされているだけのようにしか見えない。」

杉ちゃんはいつもと変わらずそんな感想を言ったが、ジョチさんを除いたほかの人たちは、ある意味

うらやましいなという顔をしていた。それはそうだろう。テレビで投稿が採用されるなんて、なかなかないことだからだ。

そのあとテレビは、いつものつまらないニュースを放送しはじめたので、チャガタイがテレビを消した。そのあとで杉ちゃんたちは、チャガタイの作ってくれた焼肉定食を食べ始めた。

その次の日。眠そうな配達員が届けてくれた新聞に目を通したチャガタイは、その見出し記事を見て、

目の玉が飛び出すことを驚いた。

「殺人容疑で、女優が任意同行」

と書かれていたのである。読んでみると同行されたのは、宮前篤子であるらしい。なぜ彼女がそうなってしまったのか、よくよく読んでみると、テレビのスタッフの一人が、殺害されたという。

「どうしたんですか?」

と、ジョチさんが、チャガタイに尋ねると、

「いやあ、これを見てくれ。なんでも、宮前篤子がこんな目に合ったと、、、。」

チャガタイは、急いで新聞をジョチさんに渡した。

「ああ、そうですか。彼女のことについては仕方ないかもしれませんよ。この二三年で急激に人気が上がった女性ですし、ねたむ人も色いろいるんじゃありませんか。ほかの女優とか、テレビのスタッフとかね。」

と、ジョチさんは冷静に言った。

「兄ちゃんそれ誰に聞いたんだ?」

チャガタイが聞くと、

「ああ、審議官がそういっていたんですよ。最近の政治家は、芸能界にも詳しいんですね。」

とジョチさんは、平気な顔をしていった。

二人が、そんな話をしていたのと同時に、店舗部分で、おーい、いるかいという声がするので、二人は、店舗部分に向かった。何ですか、開店時間には、まだ二時間あるよとチャガタイがいうと、店舗部分にいたのは、杉ちゃんと一人の女性である。

「おう、チャガタイ。何かこいつに作ってやってくれ。さっき、大川の橋の上から飛び込もうとしていた所を、僕が偶然見つけたんだ。自分を追い詰めるやつは、大体腹が減っているからな。何かたべさせてやってくれよ。」

杉ちゃんが一緒に連れてきた女性は、チャガタイもジョチさんも何処かで見たことのある女性だった。「あれれ、テレビで見たことある、宮前篤子さんではないか?」

と、チャガタイが思わず声をあげる。ジョチさんは、ああ、ほんとだとだけ言った。

「まあ、こちらに座って下さい。今、ご飯と、焼肉作りますから。」

とりあえず、彼女を椅子に座らせる。

「で、なんで大川に飛び込もうとしたんだ?ちょっと話してくれる?」

と、杉ちゃんが言うと、しゃくりあげて泣いている彼女は、やっと落ち着いてくれたようだ。顔をハンカチで拭いて、二回首を縦にふる。

「あの、あなたは、宮前篤子さんですよね。確かそれは芸名で、本名は、」

とジョチさんができるだけ優しく彼女に話すと、

「はい、柳原篤子です。」

と、申し訳なさそうに彼女は言った。

「そうか。じゃあ、柳原さんと呼ばせてもらうぜ。僕、称号は嫌いなのでね。其れよりも、ちゃんとした名前で呼びたいと思うから。昨日、任意同行されたところまでは聞いた。でも、何をしたんだよ。」

と、杉ちゃんがそういうことを言った。

「ええ、あたしが、やりました。それは確かにそうです。でもそうしないと、私はやっていけないと思ったから、やむを得ずそうしただけのことで、そうなっただけです。」

と、嗚咽しながら、篤子はそういうことを言った。

「はあ、なんでまたそう思ったの?」

と、杉ちゃんが言うと、柳原篤子は黙ってしまった。

「なにか言いたくないことでもあるんか?でも、人が一人亡くなったということは、悪いことでもあるよなあ。それで何かしでかしたんだったら、幾ら有名な女優であっても、ちゃんと言わなくちゃだめだぜ。」

杉ちゃんがそういうと、ジョチさんが、

「確か、僕が経済産業省の審議官と話したときに、彼はこんな話をしてくれました。あなた、ほかの俳優さんとか、テレビの関係者さんと一切付き合わなかったそうですね。審議官は、不思議な女だと言っていました。それはなぜなんでしょうか。その時僕はただの政治家の戯言だと思っていましたが、今こうなって放置しておくわけにはいかない。一体あなた、そんなに何を隠しているんですか?」

と静かに言った。兄ちゃんそんな話まで聞くのかと、チャガタイが驚いた顔で彼を見た。

「ええ、あの時はちょうど、東京は土砂降りが降っていましたから、よく覚えております。まあ、何気ない会食でしたけど、その日はそういう変な気候の日だったので。」

「申し訳ありません。私は、ただ、家を守るために一生懸命だっただけです。それで、あれはただの弾みです。もういいじゃないですか。もう、きっと私、テレビ番組の仕事も入ってこないでしょうし、もう駄目だと思いますから、帰していただけませんでしょうか。」

篤子は、必死な顔でそういうことを言った。

「いや、何か食べて落ち着いて、ちゃんと話してくれるまでだめだよ。」

と、杉ちゃんがそういうことを言う。杉ちゃんという人は、いい加減な回答では決して容赦しない。正確な答えが出るまで、いつまでもきき続けてしまうのが、杉ちゃんである。

「ごめんなさい。私。あれは本当に弾みだったんです。私はただ、振りほどいただけで、あの人が電話台に頭をぶつけて死んだのは弾みです。」

「弾みねえ、、、。」

彼女はそういうことを言ったが、杉ちゃんは、腕組みをした。

「新聞に書いてありましたね。そのテレビ局のスタッフは、電話台に頭をぶつけて死んだと。確か犯行は、そのスタッフの自宅で行われていましたね。」

ジョチさんは警察官のように言った。何だか、どれが真実なのかわからないけれど、とりあえず情報だけが交錯するのが今の時代だった。審議官がしゃべったことや、テレビのニュース、新聞のニュースなど、報道はしつこいくらい行われている。

「しかしどうして、テレビ局のスタッフを殺害なんて思いついたんだ?」

杉ちゃんがもう一回いうと、

「思いついてなんかいませんよ。あれはただ、成り行きで弾みだったんです。それだけのことです。ただ、私が金谷さんにこれ以上しゃべらないでくれと、お願いしただけです。それを金谷さんが、報道機関に流すというから、私もう無我夢中で。金谷さんにどうしても、やめてくれと言ってもきかないから。」

と、彼女は思わず言った。

「実相はそれか。」

と、杉ちゃんがつぶやく。

「しかし、なんでまた金谷さんが報道機関に流すなんて言ったんだろうな?」

と、杉ちゃんが首をかしげると、

「まあねえ、こんな事言うと失礼かもしれないですけど、彼女の容姿の姓でもあったんだと思います。それは、ある意味仕方ないですよ。人間ってどうしても、自分より人のほうが良くなると面白くない動物ですから。」

とジョチさんがそういうことを言った。まったく、そういうことを気にしないで発言できるのは、それなりの地位があるからだぞ兄ちゃんと、チャガタイがため息をついた。

「まあいずれにしても、その線は濃厚だな。それに驚いてお前さんは、金谷さんを突き飛ばしたか何かして、電話台に頭をぶつけていっちゃったわけか。」

杉ちゃんがそういうと、篤子は申し訳ありませんと頷いた。

「それじゃあ、なんでまた、その金谷という人が、報道機関に何を流そうとしたんだ?お前さんは何か人に話したくないことでもあるのか?」

しかし彼女は答えなかった。杉ちゃんこれ以上詰問するのはやめようよ、とチャガタイは完成した焼肉定食をもって、そういった。何だか彼女が可愛そうな気がしたのだ。

「だけど、実相は言わなきゃな。」

「いや、それはあまりにも残酷なのかもしれない。彼女の繊細さは、あの和歌を扱う番組見ればわかるだろ。だから今日は食べものを食べさせてやって、それでおしまいにしてあげよう。」

チャガタイは、そういって、焼肉定食を彼女の前に置いた。

「それでは、たくさん食べて、これからも仕事してください。」

「はい、、、。」

と、宮前篤子、いや柳原篤子は、申し訳なさそうに言った。杉ちゃんのやっぱり腹が減っているというセリフは大当たりで、箸を受け取ると、目の前にあった肉をむしゃむしゃと食べ始めた。

しかし、その食べ方も何か違和感があった。有名な女優であるのなら、それらしい上品な食べ方を知っているはずだと思うのだが、、、。彼女の食べ方はそうではなかった。むしろ、ライオンのような、あわただしい食べ方である。ということはきっと、上品な食べ方を学習していないのだろうか?

むさぼるように食べている柳原篤子を、杉ちゃんもジョチさんもそしてチャガタイも、何も批判しないで見つめていた。彼女の食べ方が、実相を語っている。人間というものは動物だから、食べるというこういに、身分とか階級とかそういうものが出てしまうものなので。

「なあ。」

と杉ちゃんが言った。

「お前さん、いろんな人に、和歌を伝える番組やっていることは、確かなんだろうけどさ。もうちょっと、無理をしないで働けるところに行ったらどう?本当は、ヘルプマークつけたいだろ?」

この言葉に、みんな納得した。彼女はそういうひとだったんだと、食べ方でわかった。いわゆる三角食べというものが苦手な人は、ヘルプマークが必要な人には結構いる。

「きれいな人だからと言って無理しないで、ちゃんと本来の自分を発揮できる場所に行ったらどうだ?多分きっと、それのせいで、やっちゃったんじゃないの?金谷って人がお前さんのヘルプマークが必要なことを見抜いて。」

「ごめんなさい私、、、。」

篤子さんは、涙をこぼして泣いている。それが動かない証拠だった。

「あなたは、小学生時代とか、そういう時に、何か問題を起こしたりとか、そういうことはしませんでしたか?」

とジョチさんが聞くと、篤子さんは、

「ええ、確かに、ありました。学校というところが、私はなじめなくて、学校の授業もみんなわかりきっていること、例えば、手を挙げて発言するとか、そういうことができなくて、私はすぐに口にだしてしまって。それでよく同級生にからかわれたりとか。」

と、言った。

「そうですか。それで容姿が良かったから、それもあまり深く言及されないで、そのまま大人になってしまうようなところがあったんでしょうね。それは、仕方ないことというか、そうするしかなかった時代もありますからね。」

ジョチさんが、彼女の話に相槌を打つ。

「はい、結局かわいいからとか、そういう事で、怒る人がいなかったんです。だから、それで何もわからないまま、ただオーディションに応募して、それで受かってしまって。芸能界入りしたんですけど、何もわからないでスタッフの方に怒られることはかなりありました。仕事はできるけど、プライベートな付き合いでは何もできないやつだって。」

「ちょっと聞くが、和歌について知識はあるの?」

篤子さんが泣き泣きそういうと、杉ちゃんが口をはさんだ。

「僕が即興で作った和歌を、お前さんはテレビ番組で朗読してくれたよね?あれは本当に、僕の歌が良いとおもって、それで紹介してくれたのかな?」

「ああ、あれはただ、今までの歌とはちょっと違ったからだと思っただけのことです。ただ私は、どうしても言葉で表せない感情があって、それを歌で表現していることは、理解できました。」

彼女はそれだけ答える。ということは、多少なりとも和歌の知識はあるということだろう。その番組に出演したのもまんざら嘘でもないようだ。

「じゃあ、これ、解読できるかな。

空黒き、位置まごう君、その罪に、適す場所へと、知らせらるべし。」

杉ちゃんが即興でそう読むと、彼女は、少し考えて、

「空青き、罪を償い、そのあとは、正しき位置に、必ずたちたし。」

と返した。

「よし、それができれば、獄中で、和歌を磨くんだな。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歌物語 増田朋美 @masubuchi4996

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る