第五話「モブキャラはただひたすら。」
カラオケで一時間半ほど歌い終わった俺達は店の外で話していた。
「拓民くんと優斗くん歌上手かったね~」
桜井さんは二人を褒める。
「いやいや、桜井さんの方が上手かったよ」
拓民が桜井さんに褒め言葉を投げつける。
みんながワイワイ話している中、俺はというとすっかり落ち込んでいた。
「英、そんなに落ち込むなよ」
優斗が声をかけてきてくれるが俺には響かない。
(こんなの…こんなのってありかよ……!)
桜井さんも俺に励ましの言葉を贈る。
「そうだよ! ちょっと下手だっただけで別に私たちは気にしてないよ!」
「桜井さんそれフォローになってないからね!?」
と、『ヒロイン』にキレッキレのツッコミを入れる『主人公』。
俺がこんなにも落ち込んでいる理由、それは『音痴』という特殊スキルを持っていたということだ。
『黒田英』という『モブキャラ』は歌う事に関して全く考えてもいなかったのだ。俺としては恥ずかしさで心が痛められるが、『モブキャラ』としては大歓迎だ。
落ち込んでいる俺を『ヒロイン』『主人公』『友人キャラ』の人間性が読者に伝わるというものだ。
「よし、もう気持ちは立ち直った…で、なんの話だっけ?」
拓民がため息を履いてから、答える。
「もうすぐ解散する時間だから、最後に今日の感想とかなんちゃらなんちゃら話してたところ」
思い出した俺は「それだ」と言うと、みんながクスクスと笑う。
(みんな、笑ってくれてありがとう)
心の中で感謝を述べていると、優斗が「それじゃあ」と前置きをして、
「そろそろ解散するか」
と言って、俺達はそれぞれ返事をして、『モブキャラ』と『主人公』を除いて無事解散となった。
「今日は楽しかったな、拓民」
「俺も楽しかった」
と、微妙な空気の中俺達二人組は帰り道を歩いていた。
なぜ俺達が一緒に帰っているかというと、たまたま互いの家が近くで帰り道が同じだったからだ。
「なぁ『主人公』」
俺は拓民に声をかけるが反応はない。
「『主人公』、無視は酷いな!? いくら鋼のメンタルを持っている『モブキャラ』の俺でも流石に傷つくよ!?」
「あのさ…ずっと言いたかったんだけど」
拓民は身体を震わせている。きっと笑いをこらえているのだろう。
ここは『モブキャラ』として、どう声をかけてやればいいか。
「なんだなんだ拓民~俺の言葉選びのセンスに感動しっちゃたのか~? しゅじんこーー」
「ーー俺は主人公なんかじゃねえよ!」
泣き叫ぶ『主人公』に俺は困惑する。
「英は俺の事を『主人公』だって何度も言うけど…『主人公』じゃないんだ」
拓民は下を向いてそう言った。
俺は何かのジョークかと思ったが、そんな空気ではない。だから俺はなんとか『主人公』を立ち直らせようと、必死に言葉を並べる。
「違う『主人公』! お前はちゃんとした『主人公』だ! 否定なんてするな『主人公』! お前は『主人公』そのものなんだ! だからそんなに落ち込むな!」
「勝手に英の、お前の考えを俺に押し付けんなよ」
「あーー」
「何も知らないお前が俺のことを知ったような口で『主人公』だなんて設定を勝手に押し付けるなよ! 出会った頃はお前の言う、『主人公』はただ笑わせようとして出した単語なんだって思ってた。でもその『主人公』とかいう設定を毎日のように言って、押し付けてくるから…」
ただ『主人公』、いや拓民という人間は泣きながら言う。
「俺はさ、英みたいに顔も良くないし、コミュ障だしたまに空気読めなかったりしてるからさ、俺は『主人公』にはなれないんだよ。俺より英の方がまだ『主人公』だよ」
拓民は「じゃあ俺はここから一人で帰るわ」と言って、立ち去っていく。
『モブキャラ』は今日、大失敗を犯した。間違っていた、俺は誤った。『友也拓民』
という人間を『キャラ』として接して、何も考えず『モブキャラ』として役に立ったと思い込み、自分に酔っていた。
『主人公』は、『ヒロイン』は、『友人』は、『キャラ』ではないのだ。
俺みたいに人生を『ラブコメ』だと認識なんてしていない、普通の人間。なのに俺は…
ーーーー俺より英の方がまだ『主人公』だよ。
その言葉がずっと俺の心を叩く。ドクンと波打つこの鼓動すら痛く感じる。
「俺は『モブキャラ』なんだ。『主人公』には絶対に似合わない…」
そう言って『モブキャラ』はただひたすらに、過去を投げ捨てるようにして家に向かった。
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