22 帰り

 学校に戻ってくると、ちょうど一時限目が終わり十分間休みに入っていたので、これを好機にと俺は一年B組教室に向かった。


 ここに、事件の犯人がいるはず。幼馴染を佐倉を殺した張本人が、ここにいるはずだ。


 開け放たれていた扉に片手をかけて、そこにいた男子生徒に声をかけた。


「ちょっとごめん。新条さんって、今いる?」

「えっ、と、新条は今日は来てないですね。またどっかでサボってんじゃないすかね」

「そっか。ありがとう」

「いえ」


 そう言うと、男子生徒は俺の横を抜けて廊下へと出て行った。


 俺は扉から手を離して、あてもなく廊下を歩き出す。


 新条は学校に来ていない。つまり朝から来ていなかったということだから、あの日、保健室にサボりにきたときとは少し事情が違ってくるのだろうか。つまりただのサボりじゃない……ではなんらかの病気か? いや、可能性としてはあり得るけれど、殺人犯がただの病気ごときで外出を断念するとは思えない。いやでもそれも偏見というものか。では、新条は今も家にいるのか? いやしかし、いつ警察に証拠を掴まれて、警察が捕まえに来るともしれないのに、暢気に家で眠っていられるのか? そう考えると、あいつは外に出ている、けれど学校には来ていないというのが一番自然だ。ではいったいどこに行ったのか。女子高生が学校と家以外に行く場所なんて、どこがあるだろう。


「とりあえずさ、雨宮くん。もう一度河原に戻ってみようよ」


 腰が抜けそうになるのをぐっとこらえて、そばにあった窓のサッシに手をついて身体を支えて、廊下の衆目の中でみっともなく尻もちをつくという惨事はまぬがれた。


「頼むから急に現れないでくれ……」

「雨宮くんが人の気配に鈍すぎるのがいけないんだよ。だからわたしは悪くないもーんだ」


 言いながら、俺の目の前までくるくる回るように移動し、そして俺と向かい合うように反転した。


「ほら、『犯人は必ず現場に戻ってくる』って、なんか聞いたことあるでしょ? その理屈で、この事件の犯人もあの現場に戻ってくるかもしれないじゃない?」

「いやでも、二人目の殺人現場に戻ってくるとは限らないだろ」


 一人目の殺人現場、あるいは昨夜の三人目の殺人現場に犯人が戻ってくる場合だってある。


「いやー? わたしは河原に来ると思うんだけどなぁ。いや多分九十九割がた河原に戻ってくると思うんだけどなぁ。雨宮くんはそうは思わないの?」

「その根拠は?」

「根拠なんてないよ。女の勘ってやつだよ。ちなみに、わたしの勘が当たる確率は百パーセントね。つまり百発百中」

「……本当に?」

「雨宮くんはとことんわたしを疑っているんだね。本当の本当だよ。あの娘は絶対に河原に現れる。この命に懸けても、これは確かなことだよ」


 ふぅ、と嘆息して、俺は壁に手をついた。


 また河原まで戻らなければならないなんて、いよいよ俺の身体は限界を迎えてしまう。今も、膝が小刻みにがくがくと震えているくらいだ。運動部でもないただの帰宅部の俺は、河原と学校を一往復分疾走するだけで、体力が底をついてしまうのだ。


 だからといって西川(仮)の言葉を信じないにしても、他になにかあてがあるわけではない。西川(仮)の言葉を信じて河原に向かう以外に、俺にできることはない。


 これ以上俺の身近な人を殺されたら、たまったものではない。それだけは阻止しなければならない。


「ねえ雨宮くん。もし疲れちゃったのなら、わたしが近道を教えてあげるけど?」「教えてくれ」


 それは今の俺にとって、この上ないほどの価値を持つ情報だった。


「裏門を出て、それから右を向いて、前方に五歩、そこから右に六歩、前方に五歩、左に八歩、前方に九歩行ったら、なんとそこには河原が!」

「は?」

「記憶力の悪い雨宮くんには今の説明だけで覚えられなかったと思うので、じゃじゃーん! はいメモー!」


 ぴっと腕を伸ばして、俺に一枚の紙きれを手渡す西川(仮)。言われるがままに受け取ると、そこには可愛らしい丸文字で、さっきの、ゲームのコマンドのような説明が書かれていた。


「いやでも、裏門は河原とは全く逆方向だろ?」


 河原は、学校の正門から出てまっすぐ行ったところにある。そこから全くの逆方向である裏門から出て、そこでこんな馬鹿みたいな歩き方をしても、河原に行き着くはずがない。こんなことは幼児でも理解できる。


「細かいことは気にしなくていいの。男の子は理屈っぽくてやーねー」


 あはは、と笑ってから、西川(仮)は俺に背を向け、そして階段の奥へと消えていった。


 俺はまた、その方向と歩数が順番に書かれている紙切れに目を落とした。その、いかにも女子高生が書いたらしい丸文字の羅列を眺めつつ、考える。


「……本当に、ありえるのか……?」


 なぜ俺は、こんな子供だましな馬鹿げたことを実際にやってみようなんて思考に、行き着いてしまったのだろう。


 

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