12 眠れぬ夜

「…………」


 眠れない。


 無意識の内に力が入ってしまっていた瞼を開けて、外の街灯の光によってうっすらと目視できる消灯された電球を見る。


「……眠れない」


 自室のベッドの上に仰向けになって、額に手の甲を当てて、重くなる気配のない瞼を恨みながら、ひとりごちる。


 今夜は心臓の音がはっきり聞こえるし、そわそわして三十秒に一回は寝る体勢を変えようとしてしまうし、脳内も思索がごちゃごちゃと散らかっていて、とてもじゃないがリラックスできない。


 一度深呼吸をしてみる。深く空気を吸い込んで、それからゆっくりと空気を吐き出す。腹の内から放射状に身体中の体温が上がっていく感覚。


 ……身体はがちがちに硬いまま、ゆったりと柔らかくなる感覚はない。


「……こんなんで落ち着くわけないよな」


 眠るのは諦めて、俺はベッドから降りた。どうせ眠れないのに、ベッドの中で悶々と眠ろう眠ろうと念じ続けていても、時間の無駄だ。


「腹減ったな……」


 眠るのを諦めて、そこでようやく自分の空腹に気が付いた。もしかしたら、俺はこの空腹のために眠れなかったのかもしれない。


 いや、それなら、動悸の理由がつかなくなるか

 部屋の扉を開けて、自室から廊下に出る。すると、暗闇の中、廊下の奥から妹が歩いてきた。今日は下着姿ではなく、ジャージを着ていた。いずれにしても女の子らしくはない。


「んあ、にーちゃん、なにしてんの?」

「ちょっとコンビニに行こうと思って。てか、お前こそこんなド深夜に何やってんだよ」

「あてぃしには色々とやることがあんのー。受験生だし、常に忙しいの。いっつもなんもやることなさそーなにーちゃんが羨ましいくらい」

「俺だって毎日何もせずに過ごしているわけじゃないぞ」

「あーはいはいわかったわかった。にーちゃんは頑張ってるからだいじょーぶだよー」


 そう言って俺を煽って、そして物理的にも手で俺を煽って、妹は部屋の中に入って行った。


 どこまで兄を舐めきったら気が済むのだろうか、あの妹は。


 ため息を吐いて妹の部屋の前を通りすぎ、階段を下りて、玄関へと向かう。


 補導されたりしないかな、と一瞬勘繰るが、補導されたらされたでそれはまたそのとき考えればいい。今からそんな最悪の場合を考えていたって、気が滅入るだけだ。


 そう楽観して達観して、俺は夜食を買いに家を出た。





 翌日、二人目の銃殺死体が発見された。



 

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