ある高校生の独白②
思い切って引き金を引くと、予想していたよりも大きい音が出た。
「うわ。耳が痛いな、物理的に」
ここまで大きい音が出てしまっては近隣の住民が異常を感じて外に出てきてしまって、私にとって色々面倒くさい状況に陥ってしまうかもしれないが、今夜に限ってはそんな心配は無用のようだった。今夜は運よく、この近くで誰かが爆竹を鳴らして遊んでいるおかげで、私のさっきの銃声は、その爆竹の音に埋もれてしまって、誰も不審には思わないだろう。
発砲の衝撃でじくじく痛む腕を軽く回す。銃の発砲にはそれなりの衝撃が伴うことはなんとなく知っていたけれど、私の予想していたよりも十五倍くらい衝撃が強かった。
「ついにやっちゃったか」
すたすたと軽い足取りで、私はその、私がついにやってしまったその対象へと近づいた。
「もう死んでるかな」
対象の悲痛に歪んだ表情の目からは既に生気は失われていたが、それはあたりが暗いからそう見えるだけかもしれない。本当に銃弾を一発撃ち込んだだけで人が死ぬのかどうかは、私は知らないし、確かめたこともない。そんな不確定要素が残るなかで、こうして今夜対象と相対して、そして確実に銃弾を対象の胸に撃ち込んだのだから、私の勇気と度胸は大したものだ。自画自賛してしまう。いや、自画自賛してもいいのだろう。
私は膝を曲げて、対象の、胸のあたりの血がぴゅーぴゅーと噴き出ている穴の少し左側に、革の黒手袋が嵌めてある右手を当てた。
……振動は伝わってこない。
「死んだか」
対象の心臓の機能は停止していた。まだ意識はかすかにのこっているかもしれないが、いずれそれも泡のように儚く消えるだろう。
「案外あっけなかったな」
人間の命というのは、私が思っているよりも脆く弱く儚いものらしい。たった一瞬、狙いを定めて銃の引き金を引く、たったそれだけのことで、こうも簡単に人間の命は潰えてしまう。ゲームのように、ヒットポイントが残っていさえすれば死なないわけでもないし、不死鳥の尾で生き返るわけでもないし、はたまた教会に行けば生き返るというわけでもないのに、現実ではあとからやり直しがきかないというのに、こうもあっけなく、いとも簡単に人間は死んでしまう。
「そうか、死んじゃったのか」
私は立ち上がって、ぱんぱんと軽く自分の埃を払ってから、その対象の、この世のあらゆる苦しみすべてを一身に受けたときの瞬間を切り取ったような表情を見下ろしながら、呟いた。
それから、ふと気づく。
自分はなぜ、この人を殺しの対象として選んだのか。
それが思い出せないということに。
はて、きっかけは、どんなことだったっけ。
なにかきっかけがあったことは確かだ。なにせ、人のことを殺そうと思ったくらいなのだから、それはそれは大層なきっかけがあったはずなのだ。
それなのに、なにか大きな出来事があったはずなのに、思い出せない。
「あれ、なんだったっけなー」
黒手袋を外して鞄に詰めながら、私は考える。
何か重大ななにかがあったはずなのだ。そう、それは、銃を手に入れる前のことだったはずだ。私は銃を手に入れるずっと以前から、この人を殺人の対象として目をつけていたのだ。だが、目をつけてから、この人を殺すというその目的だけが頭の中で占める割合を大きくさせていって、その理由、動機についてはどんどん割合が小さくなっていってしまっていた。
「まあいっか。動機なんてなくたって」
動機がなければ人を殺してはならない、という決まりはどこにもないし、それに、思い出せないものはどれだけ頭を捻ったところで思い出せない。忘却してしまったものは忘却してしまったままなのだ。一度失ってしまった記憶を、ご都合主義的に必要な場面になった途端に思い出せるなんて漫画みたいな展開は、現実にはない。失った記憶はそう簡単には戻らない。そう、それはまるで命のように。
だいたい、殺人事件において、動機なんてものはさほど重要ではない。推理小説なんかでは、犯人を特定するうえでしばしば動機が重要視されるが、別に特に動機がない場合であっても人は人を殺すだろう。殺したくなったから殺した、それだけで十分だ。どれだけ恨んでいても、逆にどれだけ信頼していても、殺したくなれば殺すのだ。明確な動機があろうとなかろうと、そんなものは関係ない。殺したくなれば殺す。
「さあ、帰ろーっと」
私は軽く伸びをしてから、ぱきぱきと指を鳴らした。今日は色々と初めての体験をしたから疲れたけれど、疲労感よりも達成感のほうが勝っているから、気分は爽快だ。
初めて本物の銃の引き金を引いたし、初めて銃弾を人間にヒットさせたし、そして初めて人間を殺した。すべてが初めてのことだったけれど、私はすべてにおいて成功をおさめた。
「くひひひ」
私は人殺しの天才なのかもしれない。
初めての体験で、誰かに教えてもらったわけでもなく、入念に予習をしてきたわけでもないのに、ここまでなにもかもがうまくいくことが果たしてありえるだろうか。
その人が天才だったならば、それはあり得る。
「あと何人やろうかなー」
思わず口角が緩んでしまう。ああ、とても愉快だ。楽しい。嬉しい。
よし。明日から、早速次の対象を探すことにしよう。
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