第20話 美優ちゃんに勝つために

 あれから美山は少し落ち込んでいるようだった。


 あれからというのは、俺が美優のことを美山に話してからだ。


 あの元気な挨拶も一旦はなくなったし、話す女子ももっちゃんだけの状態に逆戻り。

 本人から聞いたわけではないけど、そうなったのは妹の正体を話してからだから、何となく理由は俺が勝手に察している。


 なんで赤羽美優が時早人の妹だと美山が落ち込むの? と言われると、心理学は嗜んでいないから美山の気持ちが完全にわかるわけではないけど、美山にとって遥か先で待つラスボス的存在だった美優が、実は始まりの村で一緒に暮らしてた、みたいな感覚なのかな、と俺は思ってる。

 えー普通に身近にラスボスいたけど今はまだ倒せねぇー、敵わねぇー、って感じで。


 それが俺に振り向いてもらう際に立ちはだかる敵なのか、モデル志望としての大きな敵なのかは俺にはわからないけど。


 とにかく、そういう考えを俺は美山にさせてしまったらしい。


「うーん……」


 あれ、もしかして俺、間違えた……?


 そのうちバレるだろうし自分から言ったろ! って気持ちよくテッテレーって効果音と一緒にネタバラシしちゃったけど、言わなくてよかった……?


 いやでも……ああは言ってたけど、さすがに美山も心の中では気づいてただろうしなぁ。

 俺が何も言わなかった場合、美優をただただ謎の発言をした馬鹿として見るか、俺を嘘つきとして見るかの二択だろうから、兄妹の威厳を守るためには仕方なかったこととも言える。


 まあ……これが本当に仕方なかったと言えるのは、この後何もハプニングが起こらなかった時だけだけど。


 一応、美山は他人に言いふらしたりするような奴じゃないと、勝手に思ってたりはするんだけどさ。


「……しかし、無駄に影響のデカい奴だよなぁ」


 うちの妹。

 家じゃただのブラコンみたいな姿しか見せないのに。

 あいつが関わるとロクなことにならない。


 一般人の世界に現れた瞬間ゲームバランスを破壊していくバランスブレイカー。

 なんかもうさっきからゲームでばっか喩えてるからゲームやりたくなってきたし。


「……まあ今は別に、俺にできることもないしな」


 別に言ったこと自体はそこまで後悔もしてないし。


 美山のテンションが低そうなことも、誰かが悪くてそうなってるわけじゃないと思ってるし。

 むしろ美山のテンションが低いなんて珍しいしラッキーだとも言えるし。


 今俺が考えるのは、美山に話しかけられる確率が低いってことだけでいいわけだ。


 つまりは、


「っしー……今日は、勉強に集中できるぜ……!」



 ◇◆◇◆◇



「ふー……」


 放課後。

 一日の疲れを吐き出すように深く息を吐いたところで、まことが反応してこっちを見てくる。


「今日はスッキリした顔だったね」

「ああ、自分の実力不足を受け止められたからな」

「何か収穫があったみたいな?」

「ああ、少しも授業の記憶がない」

「そこの記憶がスッキリしちゃったんだ」


 上手いような上手くないようなことを言うまこと。


 最近気づいたんだけどね、気になることが脳の片隅にあると人間の脳はあっという間に役立たずになるらしい。


 もうね。全然ダメ。無理。何も頭に入んなかった。


 先生が何言っても一瞬で頭を通過して外に出ていくもんね。


 頭の中に留まるのは美山に美優のこと話さない方が良かったかな……みたいな奥まで張り付いてるカビみたいな考えばかり。

 カビキラーなしじゃ全く頭から消える気配がない。


 別に俺が悪くて誰かが落ち込んでる(かもしれない)わけじゃないし、もっと言ってしまえばクラスメートの一人が落ち込んでる(かもしれない)だけなんだから、全然気にしなくていいはずなんだけど。


 そうだな、そうだそうだ。所詮俺はぼっちで、美山はただのクラスメートで……


「クソッ!」

「急に!?」


 ……無理やり自分に言い聞かせてる時点で無理だよなぁ。


 そりゃ、美山なんて俺が高校入ってから二番目くらいに話してるわけだし、さらに言えばまことよりも関わりで言えば深いかもしれないわけだし。

 そいつの様子が変だったら気になるのは当然と言えば当然……だろうし。


 見て見ぬ振りしようとしても無理だよな、そりゃ。


「……いや、何でもない。最近『ホーリーシット!』って叫んでる外人の真似するのにハマっててさ」

「日本語訳の方を真似するんだ」

「日本人だからな」


 日本人は日本語で喋るもんだ。


 まあ、そもそも今日の俺は喋れてすらいなかったけど。

 モヤモヤしてることがあるなら、英語でも何でもいいから聞いてみればよかった。


 残念なことに、俺にはまだそこまでの英語力はないけど、そんな俺でも喋ることはできるんだから。



 それから、俺は持っていたスマホで珍しく自分から美山にメッセージを送った。


『大丈夫か』


 なんのこっちゃわからないメッセージ。


 ただ、一応は何のことか伝わったようで。


『大丈夫だよ?』


 と帰ってきた。


『何が?』

『あれ!? そっちが聞いてきたのに!?』

『俺は何がとは聞いてない』

『それはそうだけど』


 念の為言っておくと、このクソうざいやり取りも美山を元気づけるためだ。


『でも、大丈夫だよ』

『へー』

『この後暇?』


 そこで、まだ教室の中にいた美山が、スマホを持ったまま俺の方に近づいてくる。


 勉強したいから暇じゃないです、と言いたいところだったけど、このままじゃ勉強に集中できないことは授業で証明されてしまったから。


『暇と言えば暇』

「良かった」


 現実の方で声かけるなよとは思いつつも、優しく笑う美山につられて、俺も安心したのか小さく笑みを浮かべた。



「……で、大丈夫なのか」

「うん」

「ちなみに何が?」

「まだ言う!?」


 いつもの便利スポット、廊下の端に移動すると、美山はわりといつも通りのテンションに戻っているように見えた。


「いや何がとは聞いてないし」

「いや……やっと現実なんだなって思えてきたっていうか」

「赤羽美優が実在するのが?」

「うん」


 深く頷く美山。

 何がとは聞いてみたけど、恐らく美山が考えてたのは俺の予想と大体同じことだろう。


「……っていうか知ってた!? もっちゃん知ってたんだよ!?」

「知ってた」

「え、本当に!? 全然そんな素振りなかったのに!」

「そんなもんじゃね」

「嘘だぁ! だって赤羽美優ちゃんだよ!? 全然動揺しない方がおかしいと思うんだけどなー」

「まあ、それは俺にはわからないけど」


 もっちゃんは演技派だったということで。

 実際、俺でももし美山の知り合いに芸能人がいますって言われたら驚きはするだろうし、美山の反応が多数派なんだろうな。


「なんかもー……びっくりしたし……うん。納得はしたけどね」

「何が?」

「家で美優ちゃん見てたら他の女の子に可愛いなんて言えないよね」

「……それは……いや」


 正しいんだけど、そう言われると俺が美優以外愛せないみたいで嫌だな。シスコンみたいだし。


 ただ美優に見慣れたから、可愛いって感情のハードルがどっか行っちゃっただけなんだと自分では思ってる。

 ……これでもシスコンっぽいけど。


「まあでも、あいつも全然ダメなところあるし」

「それは兄妹だからだと思うよー? 私は、それ聞いてからずっと悩んでたもん」

「悩む必要ないだろ」

「悩むよ。勝てないもん、普通にしてたら」


 笑って言ってくれればまだ何か言えるのに、美山は真面目な顔でそんなことを言う。

 これ以上自分の妹の関わる話題で何を話せばいいんだか。


 俺みたいな凡人が必死にフォローを考えるなら、人それぞれ違う良さがある、みたいな話に帰結するんだろうけど、メディアに露出する仕事をして、人気という指標で明確に差をつけられてる美山に、人それぞれなんて言ったところで薄っぺらい。


 俺は美山の方が好きだ! と言うのが正解だと俺の中の少女漫画が囁いていた気もするけど、俺が何か言う前にそもそも美山はもう立ち直っていたらしく、


「だから、考えてたんだ、勝つ方法」

「……は? 何の方法?」

「え、勝つ方法」

「いや戦うのかよ」

「うん」


 そこは「戦いはしないけど」と言ってほしかったところだったんだけど。

 ただ、頷いたところを見るに美山は本気で俺の妹と戦うつもりらしい。


 いや戦うってなんだよ。物理? それとも人気で? 見た目で?


「……俺はじゃんけんとかがいいと思うけど」

「じゃんけんで勝ったら時君は何か思ってくれる?」

「特に……何も思わないけど」

「でしょ?」


 要はそれで勝っても意味がないということらしい。


「私には美優ちゃんみたいな演技力もないし、ルックスも勝てないけど、そこは、戦術で何とかしてさ」

「ああ……性格とか、表情とか」

「そうそう!」

「いやそれでもよくわからな……まあいいけど」


 別に物理で戦わないなら、俺が止めることじゃないだろうし。何で戦うつもりかは知らないけど。


 まさか、美優が俺の妹だとわかったからといって、急にライバル視しだすとは思わなかったけど、美山がその気になって張り切ってるなら、それもいいんじゃねえの。

 美山らしいし。


 ただ、モデルとか芸能界の人間として美優に勝つと決意するなら、別に美優が俺の妹かどうかなんて関係なく、前から目標にはできたんじゃないかと思うんだけど。


「一応、聞くとさ」

「うん」

「美優に勝つって……モデルとしてだよな。俺は関係なく」


 自分の中の希望も込めてそう聞くと、美山は一度窓の外を見て、考える素振りを見せた後、「ふはは」と恥ずかしそうに魔王のような笑いをこぼして。


「内緒」

「……は」

「だけど、手伝ってほしいな」

「……手伝う?」


「美優ちゃんに勝つために」

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