第19話 俺の妹って誰だと思ってる?
「あれ、今日はなんか元気だね早人」
「ん? そうか?」
いつもの登校後の他愛もないお喋りの時間。
まことに言われてスマホから目を離すとまことは珍しいものを見るような目をしてる。
「昨日は満足のいく日だったって顔してるよ」
「ん? そうか?」
「勉強して早寝もできたしこの生活を続けていこうって顔してるもん」
「どんな顔してんだよ俺」
どんだけ俺の表情から感情が伝わってんだよ。
ダダ漏れか俺の思考。
「でもちょっと合ってたりしない?」
「全部合ってるよ」
だからちょっと怖いんだよ今。
まことの言う通り昨日は、いつもなら途中で誘惑に負けて動画サイトなんかを開いてから寝るところを勉強を終えて寝ることができたし、そのおかげで朝はスッキリ目覚めて誰にも邪魔されずに机に向かえた。
まさに理想の一日。
いつもは誰かの邪魔が入るからこれができないんだけど――
「……あれ?」
「どうかした?」
「いや……」
「上手くいったように思えた昨日のおかしなところに気づいたって顔だね?」
「だからどんな顔だよ」
それを表情で表現できてるんだとしたら自分で写真撮って見てみたいわ。
それはともかく、俺が夜思った通りの生活ができないのは、美優が乱入してくるからってことが多かったんだけど。
そういえば昨日は妙に大人しかった。
水分補給に一階に下りた時に遭遇して、2、30分捕まることも覚悟したけど、結局別に捕まりはしなかった記憶がある。
別にめちゃくちゃ疲れてるって雰囲気でもなかったし、なんだったんだろうな、あれ。
「やっぱり人間の表情はいいよねぇ……最近やっとその境地に辿り着けたよ」
「ああ、そういうのにハマってたのか」
「一万年に一人の美少女がいるなら一万年に一人の笑顔もいると思うんだよね」
「それはいないんじゃね」
せいぜい千年くらいだと思うよ、しらんけど。
「たとえばだよ? 今僕が注目してるのはね――」
「おはよ」
「おはよう」
まことは何やら早口で語りだそうとしていた気配がしたけど、後ろから美山が現れてフリーズする。
今日だけは美山に感謝しておこう。
「あー……」
「?」
ただ、今日に関しては美山もどこか様子がおかしかった。
挨拶もいつもならもっと馬鹿みたいにデカい声なのに、今日はどこか控えめ。
その上悩むような顔で俺の方を見てくる。なんだなんだ。
いつも通りなのはまことだけか。いやまこともおかしいっちゃおかしいけど。
そんな美山は、遠慮がちにこっちを見た後、引き続き話しかけてきて。
「えっと……時君、ここで聞いちゃダメなことだったら謝ろうと思うんだけど……」
「まあ、言ってみれば?」
俺にとって言われちゃいけないことなんて美山に教えた憶えないし。
美山に告白された、とかはどちらかというと美山にとって教室で言っちゃダメなことだろうし。
美山が考えてる間に俺も考えてみるけど特に思い当たらない。
しいて言うなら、もし美山が俺の妹のことを知ってたら言われたら困るだろうけど。
ま、それはないだろうから――
「時君の妹って――赤羽美優、ちゃん?」
「…………んぇ?」
「あの、女優の」
「…………えぇ?」
……何を言ってるのか全然わかんねぇ。
あれ、美山が何を言ってるのか全然わかんねぇ。
やべぇ、何が起こったのかも全然わかんねぇ。自分が何者かもわかんねぇ。
この世界のこともわかんねぇ。宇宙の外ってどうなってんの? わかんねぇ。
俺何にもわかんねぇ。全然わかんねぇ。
とにかく。
「なに言ってんだよ」
「あはは……私も――」
「俺の妹は赤羽美優だし兄はナポレオン三世だし父は野口英世だし母はクレオパトラだし俺の先祖はネアンデルタール人だけど内緒なんだからそういうことは言うなよ」
「……あぇ?」
「さらに言うと織田信長は弟だしジャンヌ・ダルクは姉だし最近家に親戚のペリーが黒船で遊びに来たけど全部内緒だ。だから――」
そこで立ち上がった俺は美山にだけ聞こえるよう耳元に向けて、
「……それについては、後で話がしたい」
◇◆◇◆◇
昼休み。恒例になりつつある廊下での会議。
教室から離れたところにある廊下の端っこは窓もあり、俺が見つけた絶好のぼっちスポットなのだが、最近はもっぱら美山との会話に使われている。
本当なら、誰にも聞かれたくないことは電話ででも話せばいいんだけど、今回ばかりは、俺の方も美山と面と向かって話がしたかった。
「単刀直入に聞こう。何があった?」
「……朝の、ことだよね?」
「何があったら俺にあんな質問をすることになる?」
あんな質問、というのは美山から出た妹についての質問。
朝から昼休みに至るまで、授業について全く頭に入らないという犠牲を払いながら散々考えたけど、理由がよくわからなかった。
一番簡単なのはもっちゃんが教えた、という理由だけど、俺達が朝話してる時、ちらっと見えたもっちゃんの顔はむしろ驚いているように見えた。
その驚きは「あっ、本人に聞くんだ!」みたいな驚きだったかもしれないけど、こんな期間を空けて教えるか? と思うと、もっちゃん説は有力ではあるけど個人的には信じ難い。
しかし他の説はもっと信じられるものがなくて、次に俺の中で有力なのが「気まぐれ説」なくらい全体的な説の質が低い。
ちなみに気まぐれ説は俺の顔から美優の要素を見出して気まぐれで妹かどうか聞いてきた説。
この説の場合美山は頭がおかしいことになる。大体俺と美優は歳同じだし。
この無駄な思考達を供養してやるためにも、美山にはさっさと答えが聞きたい。
「……えっと、私、この前ね、美優ちゃんに会ってきて……」
「それは……俺の妹の『みゆ』じゃなく……」
「え? うん……あっ、みゆちゃんと美優ちゃんって名前似てるね!」
「いやいいからそれはいいから」
ここまで来たらそのネタバラシはすぐするから。
今はそっちの話が先だ。
「それで……会ったって?」
「ほら、私、テレビ出るって言ったでしょ?」
「あ……あー、なるほど」
「凄いちょっとの出演だったっていうか、番組の中の一つのコーナーに、素人だけど出るって感じだったんだけど、その番組に美優ちゃんもいてね?」
「あぁ……」
「……あっ聞いて時君! 私美優ちゃんと共演したんだよ!」
「いやいいからそれはいいから……」
それもうなんて反応していいかわかんないから。
もうネタバラシするしかないかと思ってるのに、ちょっとイケるかもしれないって思っちゃうだろ。
「それで、それでどうして妹になるんだ」
「えっとね、テレビに出たのは少しだったんだけど、その後テレビ局の中で美優ちゃんが私に話しかけてきてくれたんだ」
「……えぇ? なんで?」
「なんでだろうね。収録で私が酷かったから、アドバイスしにきてくれたんだと思うけど」
「ないだろ」
あいつが他人のこと気にして声かけるとかないない。
そもそもあいつは美山のこと見たことあるはずだし。
なのにわざわざ声掛けに行くとか、するか? 普通。バレるかもしれないのに。
「え、でも……本当に、結構雑談してくれたんだよ」
「ふーん……」
「サインもらってくればよかった。見せてあげれたのに」
「それは大丈夫」
サイン書き始めた頃「私のサイン付きにしてあげるよ」って度々見せられたから。
見飽きた。
「でも、雑談しただけだろ?」
「うん……そうなんだけど、その、最後の方でね」
「ああ」
「美優ちゃんが、何だったのか、今でもわかんないんだけど……」
「うん」
「……『私の兄、知ってますよね』って言ってて」
「…………うわぁ」
やらかしてるじゃん。あいつ。
話聞いただけの俺が目覆いたくなるくらいやらかしてるじゃん。
ああ……そういう……。
なんかそういう、勘違い的な……。
美優は何故か、自分の正体がもう知られてるものだと思ってたけど、美山は……。
うわぁ、考えるだけでも地獄。
だからか。だから言葉数も少なかったのか。
そうだよな。恥ずかしくて話せないよな。
「私、本当に何のことかわかんなくて、申し訳ないなって思ってるんだけど……」
「多分向こうも思ってるよ」
「でも、なんかその話の中で『早人』って言ってたのだけは、ちょっと思い当たって」
「名前まで言ったのかあいつ」
「それで……美優ちゃんが、時君の、妹なのかなーなんて……」
「ああ……」
勘違いしてたのかなぁ、美優。
美山は正体知られてる前提で、堂々と俺の名前も出して話に行ったら、全然知らなくて話しも通じなくて……。
どうせ「家に帰ったら兄と話して疲れを取ってます」とか話してたんだろあいつ。
女子に対してはマウント取りに行くだろうから。
「……マジかーっ」
「うん……」
「……凄いな」
「うん! 美優ちゃんと凄い話せたよ!」
「ん? ああ……災難だったな」
「羨ましいでしょ」
「え? いや全然……」
妹なんで。
……というか、あれ。
「美山?」
「ん?」
「俺の妹って誰だと思ってる?」
「……みゆちゃん?」
「の正体は?」
「正体って?」
きょとんと、まこと風に言うなら、マジで何にもわからない知らないよという顔をしてる美山。
ここまで話して何も知らないわけがないだろうに。
「だから……赤羽美優に何か言われたって話じゃ」
「ああっ……大した意味はないよ! でも、早人って言ってたから、私の周りの早人って時君しかいないから、時君に言ってみただけで。美優ちゃんの言ってた意味はよくわからないんだけど、そもそも美優ちゃん私達と同じ歳だしね、兄って言ったら年上だろうし……変なこと聞いてごめんね」
「あはは」と笑う美山。
「えぇ……」とドン引きする俺。
推理ゲームで攻略サイト見て答え知ったはずなのにクリアできないみたいな。
……いやそんなことあるか? だって美山は映画館で顔以外は見てるんだぜ?
もっちゃんは見た人じゃないと信じてもらえないと言ってたけど、美山の場合見た上に本人からも正体を言われたのに気づいてない。
いや、気づいてはいるけど――信じてないのかもしれない。
美山のはしゃぎっぷりを見て思い出したけど、赤羽美優は大人気女優だ。
ドラマ、映画、バラエティ。今や何にだって出れば話題になる売れっ子女優。
もっちゃんがすぐに見抜き、信じたからそれが普通だと思ってたけど、たとえそうだと思ったとしても「あり得ない」から入る方が普通なのかもしれない。
モデルとして芸能界も目指していて――俺に告白をしたことのある美山の場合は、特に。
これはただの俺の考えだけど、美山からすると、赤羽美優がそこまで近い存在だと思いたくないのかもしれない。
あいつとは別世界の住人な方が気が楽なのかもしれない。同世代の人間として。
それなら、俺は黙っていた方が都合がいい。
ここまで言ってもバレないなら、俺がしらばっくれれば美山も疑わないだろうし。
お互いモヤモヤしたままだとしても、都合が良いのはそっちだ。
「美山」
「あ、はい」
「なんかいろいろあったみたいだけど……ちゃんと言っておくと」
「ん?」
「俺と赤羽美優は兄と妹かと言うとそうじゃない」
「あ、そうだよね――」
「双子だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます