第21話 何も期待するなよ

「この二人、どっちの方が可愛く見える?」

「……それ、俺に聞く意味ある?」


 昼休みに暇になったのか急に雑誌を見せてきたまことに白い目を向けながらも、ちゃんと開かれた雑誌にも目を向ける。


「心理テストだよ。あと勉強で疲れてる早人への癒やし」

「それはありがたい」


 俺の趣味がまことと同じだったら心から感謝しただろう。

 それから一応雑誌に載る知らない女の子二人を見て、一応自分の好みに照らし合わせて。


「……こっちじゃねぇの」

「あー……残念、ハズレ」

「何が?」


 心理テストにアタリとハズレが入ってんの?

 当たったら俺の心理に何か良いことがあんの?


「ダメだよ早人ー。こういう時はどっちも可愛いって言わないと」

「うぜぇ~」


 唯一の友達じゃなかったら無言で立ち去ってる。


「どっちかを選んだらどっちかが悲しんじゃうでしょ?」

「ああ……そう」

「まるで呆れてる様子だね」

「呆れてるからな」


 比喩を挟もうとする必要もなく呆れてるからな。

 というか心理テストどこ行った。


「まあまあ。最近勉強に根詰めてるみたいだしさ」

「まあ」

「こういう平和な時間も息抜きには必要なんだから」


 そう言ってまことは「おしまい」と読み聞かせた絵本を閉じるテンションで雑誌を閉じる。理不尽昔話。


 今の時間が有益だったかと聞けば、満場一致で無益でしたとなるだろう。

 ただ、最近疲れてる俺からすると、平和な時間は意外と馬鹿にできないから困る。


 平和。争いも揉め事もない穏やかな状態。

 幸運なことに平和な時代に生まれた俺が平和を意識することなんて全くなかったけど。


「だなぁ……」


 今の俺の心にとっては、それが一番望んでることなのかもしれない。



 ◇◆◇◆◇



「ふー……すぅー……」


 ――深呼吸は吐くところから始めた方がいいと聞いたことがある。


 やったことはなかったけど、確かにしっくり来る。

 ちなみにこれが初めての真の深呼吸。


 あまり大舞台に遭遇してこなかった私にとっては使うことのなかった知識だけど、ここでは深呼吸をした方がいいと私の中のもっちゃんが言ってくれた。


 場所は時君の家の前。時間は夕方頃。


 通りかかる人もいるだろうし、やりすぎて不審者にならない程度に息を整えてからチャイムを鳴らそう。


「……んよしっ」


 準備完了っ。


「何の準備だよ」

「んぅぇあっ!?」


 あれ!? たった今前から会おうとしてたのになんで後ろから!?

 家の中にいるんじゃなかったの!?


 急に現れた時君のせいで自分でも聞いたことのない悲鳴が出た気がする。


「別に驚かせたかったんじゃないんだけど」

「ご、ごめんごめん……そ、その、なんだろう、準備が裏目に出たっていうか……」

「はぁ」


 対面する準備をしてた分意表を突かれて――ってそれはいいんだけど。


「えっと、あれ……買い物?」

「なんか、妹から頼まれた」

「へ、へー……」


 時君の持ってるコンビニ袋の中を覗き見ると、お菓子とか飲み物がちょっとだけ入ってた。

 別に今買ってくる必要のあるものには見えないけど、気を遣わせちゃったのかもしれない。


「多分……あいつが、美山と一対一で会うためにギリギリで俺におつかい頼んできたんだと思うんだけどさ」

「えっ、そ、そんな、美優ちゃんが……?」

「一応間に合ったから大丈夫だろ」


 美優ちゃんが二人きりで会いたいと思ってくれるなんて、嬉しいなぁ。

 美優ちゃんはこの時間に家にいるだけでも珍しいらしいのに。


 ちなみに今日は、私が三人で会いたいと時君に頼んで、それを時君に何とか実現してもらった。

 ただの私の思いつきとわがままから実現した凄く貴重な時間。


 時君にこれを頼んだ時は「99%無理」と言っていたけど、試しに美優ちゃんに聞いてみたら快諾してくれたらしくて、その時は時君も驚いてたというか、慄いてた。多分、奇跡だって反応。


 こうして美優ちゃんと三人で話がしたかった理由は時君にもまだふわっとしか言ってないけど、この貴重な時間は大事にしないと。


「で、本当に入んのか」

「え、入るよそりゃ!」

「いや、美山はそう言うだろうけど……」

「ダメなの?」


 美優ちゃんは認めてくれたって言ってたのに。


「……まあ、その」

「うん」

「死ぬなよ」

「どういう意味!?」


 私どこかで死ぬの!?


 それは絶対ネタで言ってるはずなのに、時君は真顔だし。よくわからない。


 とにかく、ここに来て引き返すなんてあり得ないから、時君の後ろをついて、家の中に入れてもらう。


「おじゃましまーす……」


 ここに入るのは二度目。


 一度目は少し前。雨の日だったな。

 半年も経っていないから思い出せるのは当たり前だけど、あの日のことは他の日と比べて特に鮮明に思い出せる。


 だから、二度目の今日は緊張なんて全くしてなくて。


「……いつまでそこに立ってる?」

「あ、えっ? ああ、いや……入る入る」

「いや靴脱げよ?」

「ん!? ああっ、ごめんっ!」


 全然緊張してるけど!?


 ダメだもう……危うく時君の家に土足で上がるところだった……危ない危ない。


「さっきの深呼吸はなんだったんだよ」

「深呼吸は……途中で邪魔されたから」

「というか、家には入ったことあるんだから、緊張するなよ」

「……そー言ったって」


 しなくて済むなら私だってそうしたいけど。

 「緊張するなよ」で緊張しなくなるなら皆緊張なんか気にしないだろうし。


 それに、一回来たことあるのはその通りだけど、その時と、状況とか気持ちとかが一緒かと言うと――


「どうしたいきなり腕回して……」

「……気合い入れたくて」


 ……変なこと考えそうになったから。


 それに、今日はこんなことに気を取られてる場合じゃなくて!


 これから、私は赤羽美優に会うんだから!


 家で見ると時君学校よりリラックスしてるように見えるな――とか考えてる暇もなくて!

 気合を入れないと! 気合ですら勝てなかったらダメだから!


「ふー……ふん……」

「まあ俺は……美山をここに連れてくるまでで仕事は終えてるからいいけど」

「うん、迷惑はかけないから」

「……それは不可能だろうけど」

「えぇ……?」


 さっきからちょこちょこ時君は不穏なことを言う。


 まあ、私は「美優ちゃんに勝ちたい」とか「三人で会いたい」とかだけしか言ってないし、何をするかは知らないだろうから、乗り気じゃないのかもしれないけど。


 もしかすると、私が美優ちゃんに勝つって言ったから、てっきり今すぐ戦いが起こると思ってるのかもしれないし。


 でも違うんだよ時君。

 勝つって言っても今の勝ちだけが全てじゃないんだから。

 悪いけど今日は、時君のクラスメートってことを存分に利用させてもらうからね。


 一応美優ちゃんとは二回話したことがあることになるけど、時君のいるところで素の美優ちゃんと話せるのは今日が初めてだし。

 この前話した時も優しかったけど、家族と三人なら美優ちゃんの気ももっと緩むだろうから、そこで私が――


「あいたっ!」

「いや前見て歩……俺も悪いけど」

「あ、ごごごごめん」

「ごが多いな」


 何も考えないで歩いてたせいで扉の前で時君の背中にぶつかる。

 背中というか、後頭部とおでこ。ここで背中に頭をぶつけるくらいなら可愛い感じだったのになぁ――いや、それは今はいいけど。


 それにしても……あれ……? 私本当に今日生きてる……?


 今まで時君にやってきたことと比べて、凄い大きなことをしてる自覚があるからか、ずっとふわふわしてる気がする。

 だってもう、赤羽美優ちゃんのスケジュール押さえちゃったわけだし。私。


 でも、そんな私と比べて時君はずっと冷静……というか、一歩引いて、何か起こっても巻き込まれないような視点で私のことを見てる気がする。

 その冷静さが私の焦りっぷりを際立たせてるような。


「あ、あれ……リビング、入んないの?」

「いや……」


 そんな冷静な時君は立ち止まったまま、扉の前で頭をかく。なんだろう。


「いや本当……ここまで来て言うことじゃないんだけど」

「え」

「一応最大限の忠告はしておく」

「え? うん」

「多分裏切られるから――何も期待するなよ、美優に」

「……?」


 ……ど、どういう意味で?


 そう言われても、私がふわふわしてるせいなのか、時君がぼかして言ってるのか、全く意味はわからなかったけど。


 時君はそう言うと向き直ってドアノブに手をかけたから、私はドキドキしながら扉の先を見た。

 美優ちゃんがその先にいるんだろうから。


「おじゃまし――」


 元気な挨拶をしよう! と決めていた通りの声量で挨拶をして、初めて入る部屋の中で視線を彷徨わせながら美優ちゃんを探す。

 すると美優ちゃんは私の挨拶が終わる前に見つけられるわかりやすい場所に座っていて、


「――ま……ぁ……す……?」


 まるで魔王役でもやっているような怒った顔で、私の方を見てた。

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