第10話 知らないっ

「僕のいないところで話が進んだ気がするんだ」

「はぁ?」

「僕のいないところ……つまり学校以外で話が進んだ気がするんだ」


 休み明けの登校日。


 休みを挟んで会ったまことはそんなことを言い出した。


「話が進むってなんだよ」

「たとえだよ。この世界がもしラブコメだったら……そう考えることは誰にでもあると思うんだ」

「言うほどあるか?」


 この世界が物語かならともかく、ラブコメ限定だとそんな一般的じゃないだろ。


「僕のいないところで進展があった匂いがするんだ」

「ラブコメだとしたらまことはどういう立ち位置を狙ってるんだ」

「お邪魔キャラだね」

「謙虚だな」


 ヒロインみたいな顔してるわりに。


「それはそうとどうなの早人? この休日何かなかった?」

「勉強してたよ……大体、何を根拠に言ってんのかわかんないから頭おかしいキャラに見えてるぞ、まこと」

「僕はお邪魔キャラだからそれでいいんだ」


 そんな凛々しい顔で悲しいこと言うなよ。


「ちなみに、根拠は一応あるよ」

「ふーん、言ってみれば?」


 登校早々こんな話に付き合わされるのは不本意だけど、友達だから聞いてやろう。

 俺の友達が百人くらいいたら頭のおかしい奴だと切り捨ててるだろうけど。俺の友達はまことしかいないからな。聞いてやろう。


「今日、美山さんがこっちを見る回数がこの前に比べて多いんだ」

「……なんだそれ?」

「この前は一分間に平均2回……でも今日は平均六回は見てる。……あ、今平均七回になったかも」

「なあまこと」

「なに?」

「それ気持ち悪いぞ」

「僕はお邪魔キャラだからね」


 これでいいんだと、勇敢な戦士のような顔でまことは言う。

 どんどん変な方向に進化を遂げている友人を俺はどんな目で見ればいいんだろう。


 それはそうと、美山がこっちを見てると言うのが本当なら少し気になる。


 いや、俺が気にかけなくてもどうせ美山は遠慮なんてせずに用事があれば話しかけてくるだろうけど。


 ただ、どんな用事かは予測しておいて悪いことはない。

 この前はペンのことでこっちを見てたんだろうけど、もうペンは――


「あー、傘か」


 そうだ、この前また俺の物を美山に貸し出したんだった。

 また懲りずに。美山が帰る直前になって、咄嗟に折り畳み傘を貸した。


 今日はそれで返すタイミングでも伺って、


「傘ってなに?」

「……ん?」

「今言ったよね? 傘って。何の話?」

「え、いや……」

「何の話? 僕に言えない話?」


 え、なにこの人、こわ。


「いや休みに雨降ったなって……」

「それ今思い出す理由ってなに? 今の話に関係あったってこと?」

「ただの独り言だけど……」

「ただの独り言で今そんなこと思い出す? 何か関係あるんじゃない?」


 ただの独り言にめちゃくちゃ齧り付いてくるじゃん。

 これが弁解する必要のあることならまだしも、凄くどうでもいい話なだけにただただ面倒くさい。


 もう面倒くさくなって何も言わずに立ち上がろうかと思っていると、


「……ん」

「なに? LINE? 誰から?」

「妹からじゃね」

「なら黙って見守るしかないね」


 誰かが相手だったら黙ってなかったのかよ。


 まあ妹じゃねっていうのはただの予想だけど、俺に連絡してくる相手は美優くらいしかいないから――


「…………嫌だなぁ」

「え? 妹ちゃんなんて?」

「両親が離婚するかもしれないって」

「それ嫌だなぁで済むんだ!?」


 俺は感情が薄いんだよ。


 ……と言っても当然これは朝から興奮してるまことを落ち着かせるための嘘で。


 本当のメッセージは今、教室の中から送られてきたものだったんだけど。


『今日の昼休みに、少しだけ話せないかな』


「……嫌だなぁ」


 傘だけじゃなくて絶対次の面倒を持ってくる。

 その確信があった。



 ◇◆◇◆◇



「あ……お、おはよう」

「もう昼だけどな」


 昼休み。

 廊下に出ると、何故か遠慮がちに美山は挨拶をしてくる。


 今回は美山が呼び出してきた割には、表情がパッとしない。

 まだ言うか迷ってるんだよな〜みたいな雰囲気。


 俺としては貸した物さえ返してくれれば何でも――


「とりあえず、傘、返すね」

「おお……!」


 返ってきた! 何のハプニングもなく貸した物が返ってきた! すげぇ!


 嬉しいなぁ! とりあえず最初は傘忘れた話から入ると思ってたから「まあいいよ」って言う準備してたのに!


「えっと、この前はありがとね」

「いや返してくれるなら全然。もう何でもいいよ。返ってきただけで嬉しいから。最高」

「あれ……? 私そんなに信用なかった……?」


 少なくとも一回は忘れちゃったすると思ってた。

 今回は3忘れちゃったは覚悟してたな。


「いやぁ、良かった良かった。じゃ、俺はこれで」

「ちょちょちょっと待って!?」

「えぇ?」


 俺は用事済んだのに。


「その、話があるんだよ」

「……傘以外に?」

「傘以外に」


 そう言う美山は、珍しく少し緊張しているように見えた。


 自分のことだけ考えれば当然教室に戻りたいけど、ここで話も聞かずに断ったら美山は落ち込むんだろう。


 ……それはちょっとな。


「スマホ見ながらでも文句言わないなら」

「むしろその方がいいな」

「なら聞く」


 それなら時間無駄にしてる感が少し薄れる。


「それで、どんな話なんだ」

「……時君ってさ」

「うん」

「映画好き?」

「嫌い」


 特に見たいと思ったことはない。

 元々好きでも嫌いでもなかったけど、今度誰かに連れていかれることが決まってから嫌いになった。


 だから嫌いだ。以上。


「…………」

「話は以上で?」

「待って待って!? ちょっと動揺しただけで」

「質問に答えただけで動揺するなよ」


 多分俺以外にもいるだろ、映画嫌いな人なんて。

 皆映画が好きだと思ってる方が悪い。


「……というかさ」

「な、なに?」

「一応聞きたいんだけど……今、映画一緒に行こうとか言い出したかったわけじゃないよな」

「…………ドウカナー」


 図星かよ。


「いや、それはさ……誘う相手間違ってるだろ、もっちゃんと行けよ」

「もっちゃんにもそれ言われた……」

「酷い奴だなもっちゃんって奴は」


 そこは友達なんだから行ってやれよ……。

 俺だって行きたくなかったけど妹のために快諾したんだから。


「そもそも、もっちゃんの次が俺ってのもおかしいし」

「だって私服見せるチャンスだってもっちゃんが」

「え、もっちゃんは美山が俺になんかしようとしてること知ってんの?」

「うん。だから頑張れって」

「酷い奴だなもっちゃんって奴は」


 友達がそんなこと言ってたら正気に戻してやるのが友達の務めだろうに……。

 そんな奴だったのかよ、幻滅したぜもっちゃん。


「時君ってもっちゃんと喋ってたっけ?」

「いや?」


 話したことないけど勝手にイメージが良くなったり悪くなったりしてるだけ。


「まあそれはともかく……そういうのは、友達と行った方が楽しいって、美山もわかってるだろ」

「……それは思うけど、時君と行きたいとも思ってるよ」

「いや……それは私服見せたいからだろ。わざわざ仲良くもない奴と映画観に行ってまで私服見せたいか?」


 何なら、ファッションショーがしたいだけなら画像でもいいわけだし。

 前から思ってたけど、クラス全員から好かれるって目標を美山が本気で持ってるとしても、美山の行動は少しズレてる気がする。


 何なら、俺以外のクラスメートに好かれてるかすら美山は確認してた様子はなかったし。

 ただ単に、ムキになって俺に特攻してるだけなんじゃないか?


「……で、でも、私は別に仲良くないとは――」

「というか美山、本気で今やってることがモデルのためだと思ってるか?」

「……へっ?」


 聞くと、美山は不意をつかれたような顔をする。


「可愛いって認めてもらいたいのはわかるけど、もし俺といるところがネットで話題になったりしたらそれこそモデルとしてはマイナスだろ」

「いや、私はまだそんなに知名度は――」

「でも、有名になってから言われるかもしれないだろ。そんなリスクを取ってまで知るほど、俺が可愛いと思うかどうかって重要じゃない気がするんだけど」

「そ、それは……」


 もしモデルとして成功したら一人の素人の意見なんて気にしてられないわけだし。

 モデルに詳しいわけでもない一個人の感想をそこまで大事にする理由は俺にはわからない。


「なんか、他に俺に聞く理由があるのか?」


 わざわざ俺に可愛いかどうか判断を求める理由が。


 美山が噓をつけるような人間だとは思わないけど、本人も後から気づいたような、他の理由があったりするんじゃないか?


 一見変な、映画に行こうという話もその理由のために言ってるんじゃないか?


 だから今日も美山は様子がおかしいんじゃないだろうか。


 その辺り、美山が少しでも何か教えてくれれば俺も納得できるかもしれな――


「――知らないっ」

「え、ちょ」


 とか考えているうちに、美山はその場から逃げた。

 単なる逃走。戻ってきて話す様子もなく、美山は教室に帰っていく。


 ……映画のことはいいのか? いいんだよな……うん。


 なんか、初めてのパターンだったけど。


「…………撃退成功?」


 俺は初めて、美山から逃れた。

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