第9話 観に行こうよ

 ――美山の、『国民的モデルになる』って大して仲良くもない俺に宣言するようなところは、わりと好きだし、凄いと思うけどな。


「……そういうのは自然に言ってくれるんだ」


 夜九時頃。


 私は部屋に戻ってからずっと生活拠点にしてるベッドの上をいつまでもゴロゴロ転がっていた。


 今日はいつもより充実した休日だった。

 どこが充実してたかは私もよくわからないけど。気分はいいし。いい休日だった。


 やったことと言えば、勉強と、買い物と……借りてたペンを返しに行ったくらい、かな。

 ペンを返しに行った時、使った時間は10分もないくらいだったけど――


「……て、照れるなぁ」


 ゴロゴロとベッドの上を転がる。


 なんであんなことを言ってくれたのかわからないけど、外面じゃなくて内面をあんなに褒められたのは初めてだったし。


 なんかさっきからたまに思い出しては勝手に嬉しくなってる。


 可愛いって言われてもここまで嬉しくはならないんだけどな。


「……この喜びを分かち合いたい」


 きっと誰もわかってくれないのはわかってるけど。

 単に暇だったこともあって、私は枕元に置いてあるスマホを手に取った。


「ねーもっちゃん」

『どうした〜』

「私、国民的なモデルになるよ」

『……おやすみ〜』

「もっちゃん!?」


 分かち合う前に話もさせてくれない!?


 ただ、優しいもっちゃんは一応通話は切らずに『暇なの〜』と返してくれる。


「今日嬉しいことがあってさ」

『簡潔に話してみてよ』

「私の性格は凄いらしいんだ」

『おやすみ〜』

「もっちゃん!?」


 簡潔にって言うから話したのに!


『要は暇だってことでいいんだよね』

「そうなんだけどさ、私……性格を褒められちゃって」

『美人な上に性格もいいなんて最高だね〜おやすみ〜』

「あれ!? 信じてない!?」


 言いたいことは明確なのに全く話が進まない。


『性格を褒めてくれる人なんて先生くらいでしょ〜』

「違うよ? 誰だと思う?」

『家族』

「クラスメートだよ」

『ああ、あの人か』

「そうそう」


 最近の私達の話題からして「あの人」で大体は予想できた。


『麗奈の好きな人』

「……時君の話ししてる?」

『うん』

「あれ? 私そんな話ししたっけ?」

『してなかったけど、大体わかる』


 真顔で言ってそうなトーンで話すもっちゃん。

 普段恋バナなんてしないのに珍しいなぁ。


「やだなー私恋したことないのが取り柄なのに」

『なにその取り柄』

「最近モデルとかが人気になるとさ、検索で『○○ 彼氏』とか出るじゃない?」

『うん』

「その点私は無敵なんだ」

『眠くなってきた』

「もっちゃん!?」


 いっつも12時くらいまで起きてるのに!


 話したいことがある日に限ってもっちゃんがやたら眠ろうとしてくる。


『ああ……つまり今日その人と会ってきたんだ』

「借りてたペンがあってさ。返してきたんだ」

『借りてたペンを返すなんて麗奈の性格は素晴らしい〜ってことね』

「違う違う」


 そこじゃなくて。


 ただ、そこを説明しろと言われるとちょっと難しい。

 難しいというか……少し、恥ずかしい。


「まあ、その……ちょっとした雑談の中で褒めてくれたんだよ」

『よかったね〜』

「うん」

『それ他の人に話す前に私に話してよかったね』

「どういうこと!?」


 他の人に聞かせたらまずかったってこと!?


 いや、確かに時君との関係がわからないと変な話になるかもしれないけど……。


『麗奈は本当好きだよね〜なんだっけ、早人君?』

「うん、時君に認められた時、私はもう一段上のレベルに行けるからね」

『そうじゃないけど……ま、いっか。でも、珍しいよね〜麗奈が男子と仲良くするの』

「……そうだっけ?」

『私がブロックする必要なくなるから助かるけど』

「ブロック?」

『こっちの話』


 SNSかなんかの話かな。


 言われてみれば、LINEでここまで話すようになった男子も初めてかもしれない。

 別に自分では人見知りだとは思わないんだけど、私の場合昔から一人の友達といる時間が凄い長い。もっちゃんとか。


 高校に入って皆に話しかけて、それも変わるかと思ってたけど、結局今も仲が良いのはもっちゃんと……時君くらいだ。


『それで〜話は終わりー?』

「あ、今忙しかった?」

『動画見てたところ』

「ならいいじゃん」


 そんな急かさなくても。


 実際何か話があるかというと別にないんだけど……


「あ! 次の日曜日一緒に出かけない?」

『嫌だね』

「もっちゃんの好きな俳優も出るよ」

『ああ、映画の話』

「観に行こうよ」

『私は映画館じゃなくていいかな〜』

「もう」


 そう言われると思ってたけど。


 もっちゃんを外に連れ出すのは至難の技だから仕方ない。

 もっちゃん歴の長い私でも試行錯誤の日々。


「面白そうだったのに」

『時早人君と行けばいいよ』

「もっちゃんそればっかり」

『それ私の台詞だと思うけど』

「……そうかなぁ?」


 そんなに話してるっけ。


『というか最近の私達の話題がそればっかり』

「……そうかなぁ?」

『ま、私はいいけどね〜。それに、出かけたいなら尚更誘うのは私じゃないんじゃない』

「……というと?」

『好きな服着て「可愛い」って言ってもらえばいいんじゃない、ってこと』


 少し楽しそうな声で言うもっちゃん。

 つまりそれは――


「……というと?」

『おやすみ』

「もっちゃん!?」


 今のおやすみは冷たくなかった!?


『ただ、早人君を誘えば丁度いいんじゃない〜ってだけ。さっきも言ったけど』

「……簡単に言うけど」


 いいファッション……って言うのがそもそも難しいというか。

 今日は雨を言い訳にしちゃったけど、あれも私はいいかなと思って着た服だったし。


 それに、


「そこまで行くと……少し、デートみたいじゃない?」


 いくら何でも服を見せるために映画に誘うっていうのは――


『私は勉強会の時点でデートみたいだと思ってたよ』

「……嘘だあ!」


 勉強会は勉強会でしょ!

 大体、時君も普通だったし、私も――


『仲良くなって帰ってきたみたいだし』

「そ、そんなことはないよ。普通普通。それに時君には、人に好かれるための練習に付き合ってもらってるみたいな感じで」

『なら映画もさくっと行けばいいのに』

「…………」


 なんで時君の話になるとこんなにもっちゃんは厳しいんだろう。


 いや……うん。友達と映画に行くって経験も人間関係に活かせるかもしれないし、さくっと誘えるようになっちゃった方がコミュ力的にもいいのはわかってるんだけど。


『何か誘えない理由でもある?』

「いや、そ、そういうのはないけど」

『なら大丈夫だね。とにかく、私は行けないから、二人で行くなら頑張って〜』

「うん……」


 散々追い詰められた後に頑張ってと言われても困るんだけど……


『じゃ、おやすみ〜』

「あ、うん。おやすみ」


 そうして、もっちゃんとの通話は切れた。


 電話を終えた後も、頭に浮かぶ考えは一つ。


「……変じゃないかなぁ」


 服見せるために映画って。


 そんな考えが最初に浮かぶ。


 クラスの皆に可愛いか聞こうと思いついた時は、名案だ! すぐやろう! と積極的に行動できていたのに、最近は時君のところで停滞してるせいか、その勢いがなくなってきてる。


 そもそも私の考えがおかしいとは時君からは言われ慣れてるし、もういっそ最初の勢いを思い出してとにかく言っちゃえばいいのかもしれないけど。


 とりあえず、


「……傘は、ちゃんと返さないといけないなぁ」


 今度こそ、忘れないようにしよう。

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