第6話 高みに到達しちゃった

『赤ペン』

『あ、ごめん! 私が持ち帰ってた!』

『明日学校でお願いします』

『わかった、朝渡すね』



 ◇◆◇◆◇



「ごめん! 筆箱家に忘れちゃった!」

「…………」


 美山が俺に近づいてくる謎が解けた次の日。

 俺は朝、美山に対して初めて「可愛い」以外の反応を見せていた。


 お口あんぐり。


「いや、わ、悪気はなくてっ。中身確認しなきゃいけなかったから鞄から出して――」

「いや、別に全然いいんだけど……うん……」


 どんどん美山に残念な印象がついていくだけだから。

 それに俺は昨日既にその可能性を考慮して新しいペンを用意してある。


「ごめん……本当に……」

「まあ俺は何個かペン持ってきてるから、最終的に返してくれれば」

「うん、絶対返すから」


 正直返さなくてもいいっちゃいいけど。

 話しかけられる機会が増えるだけだし。


 まあ、返してくれるならいつでも受け取りはする。


「えーと……それで一つお願いがあるんだけど」

「ん」

「何個かあるなら、ペン一つ貸してほしいな」

「…………」


 こいつは俺が出会った中で、一番面の皮が厚い人類かもしれない。




「早人!!!」

「ん」

「見たよ!!!!」

「何を」

「朝を!!!!!」

「良かったな」


 一時限目が終わった後、まことは最近の中でも指折りのテンションの高さで話しかけてきた。


「どうしたのさ一日で!」

「何の話か先に言ってほしい」

「朝の話だよ!!!!」

「ああ」


 つまり何の話だよ。


「わかるでしょ!?」

「まあ……予想はつくけど。それは一応、言葉を濁してるってことか」

「うん! 僕の大きい声でクラスの皆に聞かれたら可哀想だからね!」

「声を小さくするという解決方法はなかったのか」


 既に若干目立ち気味なんですけど。


 つまりは、まことは俺が朝美山と話してたことを聞きたいんだろう。


「昨日は何もないって言ってたのに!!!」

「だって何もなかったし」

「僕達友達だよね?」

「ありがとう」

「なら隠し事はないよね?」

「まことは俺に隠し事はないのか?」

「……あー、まあちょっとだけ」

「正直者か?」


 俺は良い友達を持ったらしい。


「と、とにかくだよ。何かあったなら、僕にも教えてくれても、いいんじゃないかなぁ……?」

「まあ別にいいけど」

「あ、普通に教えてくれるんだ」


 特にやましいことがあるわけでもないし。


 そして俺は簡潔に、昨日あったことを話した。


「……で、そのペンを美山が忘れたってだけ」

「…………」

「どうした」


 固まったまま急にバイブレーション機能搭載してるけど。


「……高みだ」

「?」

「早人が高みに到達しちゃった……」

「っよし一回落ち着こう!」


 まことが壊れちゃった。


 俺の唯一の友達なのに。


「別に仲良くなったわけじゃないからな。向こうが勝手に」

「どうしよぉイケメンがいっぱい出てくるドラマの俺様キャラっぽいこと言ってるよぉ!」

「…………」


 台詞だけ聞くとそんなに否定できないから困る。


「いや違うんだまこと。それはこの状況が――」


 と、そこで鳴るチャイム。


「……この話については後で決着をつけよう」



 ◇◆◇◆◇



 放課後。

 俺は疲弊した頭を労るように目を瞑った。


「ふーっ……」

「今日は疲れたねー」

「誰かのせいで疲れたな」

「そうだねー」


 本人は理解してなさそうだけど。


 今日はまことが俺にしていた変な勘違いを解くために休憩時間を使っていたせいで実質休憩なしの一日だった。


 授業休憩授業じゃなく、授業説得授業みたいな。

 その成果もあり俺の友達まことは、昼休み辺りで俺は高みに行っていないと理解し始めたくれた。


 俺は美山といい感じにはなっていないよ、勉強がしたかっただけだよ、まことは友達だよと、休憩時間になるごとに囁き続けた甲斐があったというものだ。


「もういっそまことが美山と仲良くなってくれればいいのに」

「なんて恐ろしいことを言うんだ……! それはそんな軽々しく言っていいことじゃないよ」

「ああ、ごめん」


 それはまことの中の美少女ルールに抵触してしまうんだろう。


「大体僕はまだ完全に信じたわけじゃないからね」

「そうなのかよ……。というか、俺が美山と仲良かった場合まことはどうするんだ」

「羨ましがるよ」

「…………ああそれだけなのか」


 ならあんな時間使って説明する必要なかったな。


「うん。早人は友達だからね」

「ああ……ありがとう」


 こんなことで友達の絆を確認したくはなかった。


「友達だから言うけど、早人がそう思ってないだけで仲が良い可能性はあるしさ」

「? それは仲が良いとは言わないだろ」

「わかってないなぁ!」


 そういうことには一家言あるらしいまことは急にギアを上げる。


「早人には妹がいたりしない? お姉ちゃんでもいいよ」

「……丁度良く妹ならいる」

「早人の性格なら、自分は妹とはそこまで仲良くないと思ってるんだよ」

「おお」

「でも妹ちゃんは結構話しかけてくるとか、ない?」

「おお」


 なんだこいつメンタリストか?


「あるな」

「そういうのは傍から見たら仲が良いって言うと思うんだよね」

「なるほどな」


 認めたくはないけど、家での美優と俺を見たら仲が良い兄妹だと言われるだろうし、言いたくなる気持ちも理解はできる。


「わかった?」

「大体分かった」

「というか今僕は早人には可愛い妹もいることに気づいて嫉妬しそうになってきてるんだけど」

「話がブレるからそれは一旦抑えてもらって」

「わかったよ」


 ああ、言えば抑えられるのかそれ。


「それでさ、実は美山さんの方は仲が良いと思っていて、っていうパターンもあると思うんだよ」

「ないだろ」

「その根拠は?」

「俺あいつに失礼なことしか言ってないし」


 基本的には馬鹿だと思って接してたし。

 自信があった自分の容姿も変な反応しかされてないわけだし。


 俺だったら間違いなく自分と合わない人間として距離を置いてる。近くにいたら恨み始めちゃいそうだし。


「ふーん」

「うん」

「でも今日さ、美山さんがやたら早人の方見てたんだよ」

「やべ」


 もう恨まれてた。


「あの視線はね早人……」

「恋する乙女の視線とか言い出すんだろ」

「わかってるじゃん!」

「わかってんのはまことの思考なんだよ」


 そりゃそういうドラマばっか見てるまことからしたらそうなるんだろうけど。


 恨まれたは言い過ぎにしても、ペン貸してもらったから表情伺ってたり、もう一本ペン貰えないか伺ってたり、現実では案外下らない理由でこっち見てるもんなんだよ。


「というかまことはなんで向こう見てるんだよ。教室の端と端だろ」

「僕が美人を見るのに理由なんかいる?」

「いや、いらない」


 そう言われたら俺も何も言えない。


 まあ。


 まことの言ってることが本当だとしたら、美山が教室の端から端を見てくるのもおかしいんだけど。


 と、そんな話をしながら帰り支度の終わった鞄を持って立ち上がると、


「…………」


 教室の端でもっちゃんと話していた美山が、確かに一度こっちを見て、再び首の方向を戻した。

 その後もっちゃんもこっちを見てくる。


 ……もっちゃん呼びしてると話したことないのにやたら親近感が湧くな。


「どうかした?」

「……いや」


 まあ。今のは、単に立ち上がった奴を見ただけだろうけど。


 俺にも一応そういう青春を気にする気持ちは残っているから、勘違いさせるようなことはなるべく言わないでほしい。


「帰るか」

「うん」




 そうして、今日は何事もなく帰宅を終えた後。


「……ペンがねぇな」


 貸したペンは後で返すからと言われて貸したペンを返してもらうのを忘れたな。

 ミイラ取りがミイラになった。


 俺この手法でペン無限に取られるんじゃね?


「……ああ、もしかしてこっち見てたのは」


 ペン返すタイミング伺ってたのか?


 ……いや、それなら帰る前にただこっち見てたのはおかしいけどな?

 急いで立ち上がってペン返すところだけどな?


「別に良いけどさ……」


 さすがに3本目は警戒するとして、今日はペンのこと忘れてた俺も悪いし。


 次まとめて返して貰えばいいし。


 明日は休日だし、久しぶりに何も気にせず勉強できるしな――



 そう思っていた次の日。


 勉強に励んでいた俺には、いつの間にか美山からメッセージが届いていた。


『今からペン届けに行っていい?』

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