第5話 誰かに似てるよね
「……なるほど」
「ここ面白いよね」
ファミレスの端でたむろする中高生。
今までそんな人間を馬鹿にしながら生きてきた俺だった。
だけど。
「あ、ジュース持ってくるね」
「どうぞ」
俺はまさに今、ファミレスの端でたむろする高校生をやっていた。
いや、まだ二人だからセーフ……ドリンクバーだけで粘ってはいないからセーフ……。
……そもそもセーフってなんだ?
「ただいまー。見て見て、変なジュース。ここドリンクバーだけでずっといれそうじゃない?」
「それは店に迷惑だからやめた方がいい」
「え? そうなの?」
そんなファミレス勉強会を提案した本人は、イメージと違って大してこういう経験がないのか、さっきからキッズのよう動きをしている。
「というか美山さん……」
「麗奈でいいって」
「……というか君」
「それなら美山がいいな」
「というか美山」
「うん」
「信じてなかったけどマジで頭いいな」
「信じてなかったけど……?」
凡人には酷な話だが、天はわりと人に二物を与えがちだったりする。
うちの妹も女優としてそこそこ評価されているらしいけど、その他にもピアノが弾けたりスポーツ神経が良かったりするし、勉強も時間から考えると明らかに俺より効率がいい。
それと同じように、容姿という武器を持ってるらしい美山も、勉強という第二の武器を持っているらしかった。
信じたくなかったけど。
「もう……なんか良い大学目指せよ。ハーバードとか」
「凄い過大評価されてる!」
なんか俺に容姿を褒めさせることばかりに熱中してるけど、その分普通に勉強すればいいのにな。
じゃないと俺が馬鹿みたい……とまでは言わないけど。
ただ、今日中にこいつから学力を全て吸い尽くせば俺はまだ美山に負けずに済む。まだ諦めてないぞ俺は。
「時君は頭良い大学入りそうだよね」
「……まあ、目指してはいるけど」
それを勉強を教わってる相手に言われると馬鹿にされてるのかおだてられてるのかわからないな。
いや、馬鹿にしてるわけじゃないんだろうけどさ。
「別に大学が目標じゃないけど……とりあえず、学力の目安にはなるだろうし」
「ふんふん」
「頭良い奴と会えたら、その後の仕事でも良いことあるかもしれないし」
「ふーん」
「喧嘩売ってんのか?」
「売ってないよ!?」
なんだこいつ俺より頭いいクセに馬鹿みたいな反応しやがって。
こいつ馬鹿なこと言ってんなって思ってんのか? 俺もなんでこんなこと語ってんだって後悔してんだぞ? おん?
大体、勉強会はともかく美山と仲良く話してるのも普通に謎だしな……俺何してんだろうな……今更だけど。
「ちなみに」
「なに?」
「美山はこんなことに時間使ってていいのか」
「今日は暇だったから」
「いや……そうだけどそうじゃなく……俺は勉強したいからこうしてるけど、美山もなんかあるだろ」
美山は大人びた顔つきできょとんとする。
「いやなんか言ってたろ……モデルになりたい、みたいなの」
美山はきょとんとした顔で首を傾かせる。
「………………あれ!? 言ったっけ!?」
「確か言ってた」
言ってたというか、聞いちゃったというか。
まあ別に、美山がそういうのやってるのは周知の事実みたいだし、秘密にするようなことだとは思わなかったけど。
「あ〜……そっかぁ〜……」
「俺に構ってる時間あったら服でも買いに行った方がいいんじゃね。……詳しくないから知らないけど」
……いや、ジムとか行く方がモデル的には近いのか。
とりあえず何にしろ、ほとんどの行動は俺に可愛いか問うよりはモデルに繋がると思うんだけど。
その辺どうなんですかね。
「うーん……」
「実は既になれる算段がついてて遊んでる最中だったりするのか」
「いや、そうじゃないんだけどね」
そう言うと、美山はスッと真面目な顔になる。
「私、国民的モデルになりたいんだ」
「なるほど」
国民的……というと、まことレベルじゃなくても、俺でさえも名前は知ってるようなレベルのモデルということか。
なかなかに目標が高い。
「それで考えたんだけど、国民的なモデルとかアイドルとか女優さんって皆から好かれてると思わない?」
「まあ、そうなんだろうな」
俺はよく知らないけど。
好かれてるから、人気なんだろう。
「だから、国民的モデルになるためには、ただ綺麗なだけじゃなくて、皆から好かれるってことが条件だと私は思うのね」
「なるほどな」
ちゃんと現実的な目標として、国民的モデルになるために分析をしていると。
頭いいところを見せてくる。
「それで、私は高校に入る時に思ったの」
「ああ」
「まずはクラス全員に好かれないと国民的モデルにはなれないなって」
「……ああ」
「逆にクラスの一人にでも好かれなかったら、私は世間では普通以下のモデルにしかなれないって」
「……ああ?」
「だから時君に可愛いって言ってもらうための時間はモデルになるために必要な時間なんだ」
「頭わる〜〜〜〜〜い!」
え、マジで?
そんな理由で付き纏われてたの俺?
いやそりゃ付き纏ったら俺の気持ちが変わる可能性はあるかもしれないけどさ……。
「でもモデルは一目で好かれないといけないんじゃないか? ファン一人一人に俺みたいに感想求めるわけにもいかないし、好かれるにしてもやり方が――」
「いや、好かれる方法を学ぶことに意味があると思うんだ。モデルは写真に映るところが全てじゃないと思うし。あと何よりね」
そこで美山は胸を張って。
「高校の時、クラス全員に好かれてたっていう称号は、国民的モデルに欠かせないと思うんだ……!」
「…………」
……こいつ、結構馬鹿だ。
「だってそう思わない!? 国民的な……今なら赤羽美優さんとか、絶対今頃クラスで皆から好かれてるよ!」
「いや……ああいうのは……芸能人コースみたいなのがある高校に行ってんじゃね」
「あ、そうかな? 詳しいね」
「……ただの予想だけど」
そもそも、妹が皆から好かれてるかどうかなんて考えたくないし。
好かれててほしいとも嫌われててほしいとも思わない。
「でも、多分私の仮説は当たってると思うんだよね。皆クラスメートからは好かれてるよ。間違いないと思う」
「……そういう話がどっかであったのか?」
「ううん? 私の予想だけど」
根拠ゼロかよ。
「だから、私も頑張らなきゃいけないんだけどね〜」
「…………」
チラッと向けられる視線。
その視線は順調にいかなかったのは俺のせいだという視線なのかどうなのか。
でも俺最初からずっと忖度して「可愛い」って言ってるしな……それで全員から好かれてた扱いにしても誰も怒らないと思うんだけど。
「なんか疲れてるけど、私の話長かった?」
「いや……謎が解けて安心してるだけ」
無意味に付き纏われてたわけじゃなくて良かった。良くはないけど良かった。
まあ、こういう理由で話しかけてるんだよとネタバラシされても、口先だけの「可愛い」が禁止されてる時点で俺にできることはないんだけど。
好きなだけ付き纏うことは許して飽きるのを待つか……いっそモデル業の方を応援するか。
さっさと国民的モデルになってもらえれば俺の好意は必要ないという結論に至ってくれる気がする。
何にしろ、いずれあの時は変なことにこだわってたなと気づいてくれるとは思うけど。
「はぁ〜、疲れた」
「やっぱ疲れてるじゃん」
ま……今は無駄なことは考えずに、勉強させてもらえばいいか。
勉強会に関しては、俺にはメリットしかないわけだし。
甘い汁だけ吸わせてもらって後は……という感じで、今はやっていこう。
あぁ……なんか話聞いてたら疲れたし、喉渇いた。
「……じゃ、俺もドリンクバー――あっ」
「あ」
ただ、立ち上がろうとした拍子にシャーペンがテーブルの横に落ちる。
と言ってもすぐそこに落ちただけだから座ったまま取れ――るかと思ったんだけど。
「……なんでどっちも座ったまま取ろうとしたんだろうな」
「へへ……届くかと思って」
二人とも手を伸ばして二人ともギリギリ届かずに手は空気を掴む。
今俺達は世界一滑稽だった自信がある。
と、慌てて一旦体勢を戻そうとしたところで。
「…………」
「……何故見る」
「あ、いや……何でもないよ」
不意に目が合って思わず喋ってしまった。
意識してるみたいで若干恥ずかしい。恥ずかしいポイント獲得。
いや別に見つめ合っただなんてことは考えてないんだけど……みたいなことを考えつつ普通に立ってシャーペンを拾う。
再びテーブルに戻ってシャーペンを戻すと、なんか美山がこっちを見ていた。
「……時君ってさ」
「ん……」
「誰かに似てるよねぇ……」
「はぁ……」
なんだその雑な話題提起……。
そりゃ人間だし似てる奴くらいいるだろ……とは思うけど、もし赤羽美優に似てる、なんて言われたらどう反応していいかわからなくなるな。
万に一つも双子だとバレることはないだろうけど――
「というか、そんな顔ガン見されると……」
「んっ!? あ、そうだね、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「ああ、そう……」
そんな驚かれるとこっちも困るんだけど。
とりあえず、誰かに似てるって話題に関しては誤魔化せたし、勘づかれる前に逃げるか……。
「じゃあ俺は飲み物取ってくるから……」
「うん。……あ、また赤ペン借りるね」
「どうぞ」
俺が離れるのと同時に、俺の筆箱から赤ペンを奪っていく美山。
美山自身も勉強が捗ってるらしい。
そんな勉強会は、店の迷惑にならない程度の時間まで続いた。
◇◆◇◆◇
「っは~、楽しかったぁ」
店から出ると、頭を使って疲れ切った俺とは対照的に、言葉通り楽しそうな顔で美山は腕を伸ばした。
「私こういうのあんまり経験なかったからさぁ」
「そんな些細なことで嘘を吐くな」
「なんか嘘認定されてる……?」
「俺ならともかく、美山は毎週パーティーでもしてるんだろ」
友達も多いだろうし。
少なくともファミレスに来ただけでそのリアクションはない。ダウト。
「そんなイメージだったの……? いや、私の一番仲良い友達にもっちゃんって子がいるんだけどさ」
「ああ、もっちゃん」
名前は知らないけど顔とあだ名だけ知ってる。
「中学の時から一緒だったんだけど、もっちゃんってとにかく面倒くさがりだから、電車乗るのも面倒くさいって言ってそんな一緒に出かけてくれなくてさ~」
「でももっちゃん以外の友達もいただろ」
「もっちゃん以外と遊んだらもっちゃんがすねちゃうんだもん」
「へぇ」
俺の中のもっちゃん像がどんどん可愛くなっていく件。
俺ももっちゃんになら心から可愛いと言えるかもしれない。
「だから買い物も結構通販も多いし……あ、だから今度――」
「ちなみに俺はもっちゃん側だからあんまり外には出ない」
「……えー。でもそれならもっちゃんと仲良くなれるかもね」
「ああ……」
まあもっちゃんとは話したいっちゃ話したいけどもっちゃんと仲良くなったら美山と共通の知り合いができるから遠慮しておこう。
それにもっちゃんが俺と美山が話してるところを見たら恐らくもっちゃんは拗ねてしまうだろうし――いやもっちゃんもっちゃんうるさいな俺。
「じゃ、まあ、俺は向こうだから……」
「私もそっちだ」
「間違った。俺は逆方向だからここで」
「えぇ……?」
このまま雑談してたらなんかさらに要求されそうだし。
勉強に関しては感謝してるけど、その他の時間は俺の物だ。
「勉強、ありがとな。また。学校で」
「うん! また明日ー」
何か言われるかとも思ったが、最後はするっと別れられた。
手を振って離れていく美山を見て、この光景は少しだけ良いかもしれないなんてことを考えながら、俺は逆方向から若干遠回りをして家に帰った。
「ふー……」
そうして家に帰り、また勉強をしようとノートを勉強道具を広げた時のこと。
「…………赤ペン、盗られたな」
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