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「いやぁ、予定通りなら間に合うはずだったんだがなぁ。突然帰ってきておどろかせるつもりだったんだ」


 すまんすまんと父が日葵はるきの頭を少々乱暴らんぼうでた。


「うー大丈夫だよー気にしてないよー」


 されるがままの日葵だったが、手がどけられるとかみがぐしゃぐしゃになってしまっていた。


 父が日葵と真希まきの誕生日に帰宅できるのはまれなので日葵の気にしていないというのは事実だ。もう悲しく思うようなとしでもない。


「それはそれでちょっとな……ちょっとは気にしてほしい……」


 少しばかりしゅんとなる父。


(めんどくさいなこの父親……)


 真希は内心そう思ったが、流石さすがに口には出さない。日葵の口のはしがひくりと動いたところを見るに日葵も真希と同じことを考えているに違いない。


「ともかく、遅れた原因なんだが……。なかなか撮影さつえい上手うまくいかなくてな。だがあきらめて帰国しようとした矢先やさき、狙っていた被写体ひしゃたいの目撃情報が入ったんだ。それで少しだけ滞在たいざい期間をばしたんだよ」


 そう言って一枚の写真を二人の前に出す。


「……なにこれ」


 真希が率直そっちょくな感想をべると、父は溜息ためいきじりに、


「野生のコビトカバのふん


「……………」


 なぜこの父親はそんなものの写真を見せたのか。


「いやあ、なんとか動いている様子をこの目とカメラにおさめたかったんだがなぁ。そもそも生息数せいそくすうきわめて少ない上に、警戒心が強く夜行性やこうせいときた。テントで何日もねばったが出会えなかったよ。別の場所に仕掛しかけた固定カメラには小さくうつってたんだがなぁ」


 話す内容のわりには楽しそうに父は語る。


 そしてそれを楽しそうに日葵は聞いていた。


「それでだ、これが誕生日プレゼント」


 と、父はかばんから何やら取り出して日葵の手に乗せた。


 手載てのりサイズの木彫きぼりのカバである。


「あ、ありがとう……」


 曖昧あいまいな笑みをかべた日葵だが、これぐらいでちょうどいい。


 帰ってきて、いわってくれる。それだけで十分なプレゼントなのだ。


 なお、昔は国外に出る度にお土産みやげにいろいろ買ってきていた父だが、家族で話し合ってお土産は基本的に買わないことになっている。父の外国に行く頻度ひんどが多いせいでそのたびに買ってくると家が魔窟まくつになってしまうからだ。


「いやぁしかし日本はいいものだ。道を歩いていてひったくりにうこともないし、何より食べ物がうまい。変なもの食べて腹をくだすこともない」


 そう言って父はダイニングの椅子いすにどっかと腰をろし脱力だつりょくした。食べ物はともかく、カメラのような高級機材こうきゅうきざいを持って各国をうろついているのだからそういうやからねらわれるのはいたし方ないことかもしれない。


「夕飯の残りでよければ食べる?」


「食べる!久々ひさびさの手料理だぁ」


 子供のように無邪気むじゃきに笑う父の様子に母が苦笑して食事の準備にとりかかった。ととのった容姿ようしにこの性格。そのギャップが魅力的みりょくてきなのだと二人の母が言っていたのを真希は覚えている。


 ふと、父が周囲を見回す。


「そういえば杏奈あんなちゃんの姿が見えないな」


 父の帰還きかんによって忘れていたことがよみがえる。


「杏奈は……もう部屋に戻っちゃった……」


「……そうか」


 父がそのやりとり一つで何かしらさっしたのが真希には分かった。


 この父親、日頃ひごろ物言わぬ動物と向き合っているからか目線の動きなどの所作しょさで相手の感情を読み取ることにけている。


(どうしてこんなタイミングで帰ってきたんだか……)


 父に隠し事はできない。そんな父が寄りにもよってこのタイミングで帰還するとは。


「真希、あとで少し話をしようか」


「……………」


 もくしたまま顔をらし、小さく真希は溜息ためいきをついた。


 たまに帰ってきたと思ったらこれだ。ここぞとばかりに父親らしいことをしようとする。


 本当の母がくなった時、真希は家のことは自分にまかせてと言い、父に仕事を続けさせた。だから父が家に帰ってきた時には何ら心配などせず、休息きゅうそくだけに専念せんねんしてほしかった。


 だが、こうなってしまったものは仕方しかたない。


「あ……」


 父親にぐちゃぐちゃにされた日葵の髪を真希がポンポンと直した。これから入浴にゅうよくなのであまり関係ないが。


「杏奈のことはさ。お姉ちゃんに任せてよ。私達にとって杏奈は初めての妹。杏奈にとっても、私と日葵は初めてのお姉ちゃんとお兄ちゃん。ちょっとすれ違うことぐらい普通だって」


 そう、何も心配することはない。


 今までがうまく行き過ぎていたのだ。新しい家族、新しい生活が何の問題もなく上手くいくはずがない。重要なのは、これを乗りえられるかだ。


 きずなというのものは、そうやってより強く、よりかたむすばれるものなのだろう。

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