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 メッセージを送ってしばし。ノックされたドアを開けるといとしの弟がたたずんでいる。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 急に声をかけて邪魔をするのもどうかと思ったので、真希まき日葵はるきに手が空いたら部屋まで来てとメッセージを送っておいたのだ。


「うん、ちょっとたのみたいことがあって……」


 真希は事前に用意しておいた財布さいふを取り出す。


「なんか無性むしょうに炭酸が飲みたくなっちゃったんだけど、ほら、もう大学から帰ってきて着替えちゃったから……だからちょっとお使い頼まれてくれないかなぁって」


 家の近くに自販機じはんきはない。炭酸飲料たんさんいんりょうを買うとすればコンビニまで行く必要があるが、行って帰ってくるのに三十分程度ていどはかかるだろう。


「お姉ちゃん、そんなに炭酸好きだっけ?」


「たまには!たまにはね!」


 はてと首を傾げる日葵。実際のところ真希はそんなに炭酸は好きではない。


「ハルとお友達の分もお金出すからさ。お願い!」


 手を合わせてお願いする真希。


 姉が弟に何かを頼むことそのものがめずらしいので、少し日葵は困惑こんわくしたが、


「うん、いいよ」


「ありがとう!」


 どさくさに一度ハグしつつ、お金を手渡てわたす。


 部屋のドアが閉められると真希はドアに片耳かたみみをつけて日葵の動向どうこうに耳をました。日葵はまずとなりの自分の部屋で友達に少し外に出るむねを伝え、階段を降りる。玄関の開閉音かいへいおんが聴こえてから真希もドアを開けて廊下ろうかに出た。


(ごめんねハル)


 内心で日葵にあやまりつつ、真希はあるじ不在ふざいとなった部屋のドアをノックした。


「えー、佑真ゆうま君?ちょっといいかな?」


 返事がこえる前にドアを開ける。


「あ、日葵の姉ちゃん」


 手にしていた携帯ゲーム機の電源を落しながら佑真が顔を上げた。日葵も持っているゲーム機のハード。どうやらそれで遊んでいたようだ。


 日葵はそれほどゲームはしないが、今の時代、こういったものがなければ友達と遊ぶことさえままならないらしい。


「日葵なら今は……ってあれ?さっき姉ちゃんに頼まれてお使いに行くって言ってたけど……」


 首をかしげる佑真にああいや、と真希は首を横に振る。


「ハルじゃなくて、佑真君に話があるの」


「俺にっすか?」


「ちょっとハルがいたらできない話だったから、ハルにはせきを外してもらったんだ」


「え、それって……」


 おもむろに真希が後ろ手に部屋のドアを閉めた。


 特に深い意味はない。


「佑真君と二人だけで話がしたくて」


「二人だけで……」


 何を思ったのか急に佑真があわてだす。


「え、あ、その、俺、まだ全然お姉さんのこと知らないし……なんで俺……」


「よく家に遊びに来てくれるでしょ?ハルの話にもよく名前が出てくるし、一番仲がいいのは佑真君かなって」


 立ち話もなんだと思ったので、真希が日葵のベッドに腰をろした。


 座った拍子ひょうしにサラリと流れた黒髪を佑真の目が追うと、シャツを押し上げて存在を主張しゅちょうする二つの双丘そうきゅうがある。慌てて視線を下に落すと、今度はまぶしいほどに白く、さわ心地ごこちの良さそうな太ももがある。


「ねぇ、佑真君」


「は、はい!」


 思わず佑真の声が上ずる。それにかまわず真希は、


「佑真君に聞きたいんだけど……」


 あわい桜色のくちびるつむぐ音を一言一句いちごんいっく聞きのがすまいと佑真が集中する。


 そして――


「――ハルの欲しい物って、なんだと思う?」


 その言葉の意味を咀嚼そしゃくするように、しばらく沈黙ちんもくしていた佑真だったが。


「……ああ、そういえばそろそろ日葵の誕生日っすね」


 ポンと手を叩いて事態じたいを飲み込んだ佑真に真希はこくりとうなづいて見せた。


 そう、真希がずっとなやんでいたのは日葵の誕生日プレゼントを何にするか、ということだったのだ。


「それで日葵の友達の俺に相談するために、わざわざ日葵にお使いに行かせたと……」


 こくり、と。


「まぁそんなことだろうと思ってましたけどね……」


 先ほどまでの緊張きんちょうはどこへやら。すっかり力を抜いた佑真が天井てんじょうあおいで思案しあんする。


「んー……パッと思いつかないっすね。あいつあんまりあれしいとかこれ欲しいとか言わないし」


「そうなの」


 日葵はあまり物欲ぶつよくがない。それは男子中学生にしては殺風景さっぷうけいなこの部屋の様子を見ても明らかだ。つね整理整頓せいりせいとんが行きとどいているのは単純たんじゅんに物が少ないからという理由もある。


「ゲームは……別に欲しいソフトはないって言ってたしなぁ。他に日葵の趣味しゅみ……あ、本とかどっすか?」


「それは私も考えたんだけど……」


 日葵はそこそこ本を読む。学校へは文庫本ぶんこぼんを持ち込み、家ではハードカバーを読んでいる。


「どの本がいいか分からなくて……」


「ああ……あいつ何でも読むしなぁ」


 推理すいりモノ、恋愛、伝記でんき、はては児童文学じどうぶんがくやものによってはライトノベルまで。これといったジャンルにとらわれることなく、面白そうと直感で思ったものを日葵は読む。ゆえにほとんどが本屋に寄った時のジャケ買いだ。日葵の部屋で一番混沌こんとんとしているのが本棚ほんだなであり、なるべくレーベル分けはしてあるもののジャンルの坩堝るつぼと化している。


「逆に言えば何あげても喜んでくれるんじゃないっすか?」


「そうかもだけど、私が本読まないからどれが面白いのか分かんないし……」


「確かに自分が分からないものをあげるってのはちょっとアレっすね……俺も本読まないしなぁ……」


 二人して首をひねる。


「あ、食べ物とかどっすか?お姉さん料理得意っすよね。ほら、こないだのすげー弁当べんとうお姉さんが作ったって」


 思い出したのか佑真のほほ苦笑くしょうでひくついた。


 あの弁当と目の前の美人なお姉さんが脳内で一致いっちしない。


「食べ物はどうだろう……食べてはい終わりってのはちょっとさみしい気が……」


「なるほど。うーん……」


 意見を求めているのに否定ばかりする真希にあきれることなく佑真は腕を組んで思案しあんする。やんちゃそうな外見だが、真面目まじめなのだろう。だからこそ日葵と仲がいいのだ。


「ゲームとか本、つまり娯楽的ごらくてきなものはNG。で、なるべく形に残る物……それなら――」


 一通り話を聞いた真希は、


「――それいいかも!」


 妙案みょうあんを得てうんうんと頷いた。


「ありがと。日葵に佑真君の分もジュース買ってきていいよって言ってあるからそれがお礼ね」


「いやいや、たいしたことしてないっすよ」


 ベッドから腰を上げた真希に、ふと佑真が、


「――いいなぁ。俺もお姉さんみたいな弟おもいで美人な姉ちゃんが欲しいっすよ」


「ありがとう。悪い気はしないわ」


 特に弟想いという点がポイント高い。


「それに可愛い妹もできてさー。マジ神様ってやつは平等じゃねーよなーって思いますよ」


 佑真は日葵との友達である時間が長い。故に瀬野せの家の事情も多少は知っている。


 そこで真希はふと気になったことを聞いてみた。


「ちなみに、さ。男の子的には、姉と妹、どっちが欲しい?」


 なんとなしに浮かんだ疑問ぎもん


 一瞬きょとんとした佑真だが、


「人によるとは思いますけど、俺的には……断然だんぜん姉っすかね」


「ほほう。その理由は?」


「エロいからっす」


 よどみのないみ切ったひとみ。迷いのないその言葉。


 真面目でうそきらいな少年、相田あいだ佑真。


「君は……正直だね」


「よく言われるっす」


 常に正直であることがいいことであるかどうかはともかく。


 なんとなく真希はこの少年に自分と近しいものを感じた。


 この場に千佳子ちかこがいればきっとこう言っていたに違いない。残念美形の系列けいれつ、と。日葵と並び、学校の女子の人気を二分している存在であるのにも関わらず、まだ佑真に彼女ができたことがないのはこういった部分に原因げんいんがあるのかもしれなかった。


 日葵が帰ってくる前に自室に撤退てったいした真希。その後、日葵が買ってきてくれた炭酸でのどうるおしながら買い物の日程にっていを決めた。


 開けはなった窓から聴こえてくるせみの鳴き声。何もしなくても汗ばむ陽気ようき。季節はいよいよ夏本番をむかえようとしている。


 学生達が待ち望む夏休み。そして日葵の誕生日はすぐ目前だ。


(ハルは派手はでなのはあんまり好きじゃないしなー。プレゼントのわたし方もこう、自然に……)


 誕生日当日のシミュレーションを脳内でり返す。


(これでハルの私への好感度も爆上げ!ふっふっふっ、残念だが杏奈あんなよ。誕生日にハルをより愛でるのは私だ!)


 大人げなく、勝利を確信する残念なお姉ちゃん。


 この時真希は気付いていなかった。真希と杏奈に致命的ちめいてきな差があったことを。


 その差がどれほど大きなものであったか。


 その差をめるためにどれほど彼女が苦心くしんしていたのか。


 真希は、知らなかったのだ。

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