ブラコンお姉ちゃんは弟の誕生日を祝いたい。

(1/3)

「……いや、可哀想かわいそうだなその女の子」


 いつものように、授業前の講義室こうぎしつ


 あれからどうなったのかと千佳子ちかこに問われた真希まきは先日起きた妹との共同戦線きょうどうせんせんについて話していた。


「好きな男の子の家に単身たんしん乗り込むなんて、そんな勇気のいることを決行したのに、待っていたのは男の子の姉と妹の妨害ぼうがいとか……」


 というか、と千佳子は続ける。


「むしろ弟君のほうがアンタのこと邪魔じゃまに思ってたんじゃなーい?せっかく女の子と二人きりになるチャンスだったのに」


 それに対して真希はふーやれやれとあきれたジェスチャー。


「ハルをそんじょそこらの中学生男子と一緒にしないでもらいたい。さかりのついたおさるさんじゃあないんだよ」


「だからそのとしで女子に興味なかったから問題だぞっていつも言ってるじゃん」


 千佳子をふと思い出したように手鏡てかがみのぞき込んで前髪をととのえながら、


「聞いてる感じその女の子良い子っぽいし、大胆だいたんさはあるけどそんなに遊んでる感じでもない。いいじゃんその子。いっそ応援おうえんしてくっつけちゃえば?」


 満足がいったのか鏡にうなづく千佳子。


「ずっと弟君の恋愛に口出すわけにはいかないんだしさ。何事も経験が大事。それに、誰かと付き合うことで弟君ももっと魅力的みりょくてきになるかもしれない。文字通り一皮ひとかわけるわけだし」


「おうてめぇ朝っぱらから下ネタか?ビッチめ」


「おっと、処女しょじょの姉的には弟君に先越さきこされるのは我慢がまんならないかぁ?」


 朝っぱらの講義室でビッチだの処女だのはばかられる言葉を何のためらいもなく口にする女子大学生二人。


 これでは男が寄りつくはずもない。


「ってかさぁ」


 流石さすがにどうかと思ったのか千佳子が話題の方向性をずらす。


「アンタだけならともかく、妹ちゃんも全面的に協力してるってのがちょっと気になるよねー」


「気になる?」


 はてと真希が首をかしげる。


「妹ちゃん、どう思ってるのかなって」


 いまいち千佳子の言葉がピンとこないので、ますます真希は首を傾けた。


「妹ちゃんは弟君が好き。最初、それが恋愛的なものならあんまりよくないよねって話だったけど、今となってはそういう好きというよりかは……」


 千佳子が真希の鼻先にゆびを突き付ける。


「なんか妹ちゃんがアンタみたいになってきた気がする」


 その言葉を受け、しばし考えた真希は、


「……じゃあ何も問題ないんじゃない?」


「まぁ、確かにね。極度きょくどのブラコン姉妹にはさまれる弟君は不憫ふびんだけど」


 始業時間しぎょうじかんせまり、講義室に教授きょうじゅが入ってくる。


 今日の雑談はこれで終わり。


「――でもなーんか、気になるんだよねぇ……」


 授業が始まったので千佳子の最後のつぶやきの意味を問いただすことはできなかった。授業が終わるころには彼女の感じた違和感いわかんもどこかに消えてしまい、以降いこんそのことについて話すこともなかった。





「うーん……うーん……」


 昼過ぎのリビングにて、ソファにだらしなく寝そべりながら真希はスマホをぽちぽちといじりながらうなっていた。


 大学の授業は午前中で終わり。学食で千佳子とお弁当を食べた後、何も予定がなかったのでそのまま家に帰ってきたのだ。


 ちらりと視線を開け放たれた窓へと向けると、外では母が洗濯物せんたくものしている。今家にいるのは母と真希の二人だけだ。中学校の授業が終わり、日葵はるき達が帰ってくるにはまだ時間がある。


 家が静かだからリビングでくつろいでいる、というわけではない。基本的に真希は自室を勉強と寝る時以外には使用しないのだ。もともとこの広い家に真希と日葵だけという時間が多かったため、一人の時間が欲しいと思うことがほとんどなかった。


 だから家にいる時間の大半を真希はリビングのソファで過ごしている。


「うーん……」


 うなるが妙案みょうあんが浮かばず、スマホをわきに置いてその場でゴロンと一回転。うつ伏せでクッションに顔をめる。


「……………」


 しばらくそうしていたが、息苦しくなって顔を上げる。不意に吹いた風が、開け放たれた縁側えんがわから初夏しょかにおいを運んできた。風と共にこえてきたバサリバサリと布のはためく音の方へ、むくりと身体からだを起こして視線を送る。


「よいしょっと」


 母がシャツのしわばしながら物干ものほしにかけていく。朝は若干じゃっかんくも気味ぎみだったが、今はカラリとかわいた風が吹く絶好ぜっこうの洗濯日和びよりだ。


(……けっこうつかれるんだよね、あれ)


 水を吸った布地ぬのじは意外と重量がある。この間まで自分の仕事だった家事をしている様子を真希はソファでだらだらしながらながめていた。


 なんとなく、悪い事をしているような気分になる。


(無理とかしてないといいけど)


 主婦ならば、誰もがしていることだろう。だが母の場合、それまでと今では家事の量が違う。洗濯物にしても、自分と杏奈あんなの衣類だけだったのが今では真希と日葵の分も足して単純に二倍だ。父が帰ってくればその分も増える。


 れてしまえばどうってことないのかもしれない。逆にいえば慣れるまでは大変なはずだ。実際、母がまともにくつろいでいるところを真希はまだ見た記憶がない。いつも何かしらの家事をしてくれている。


「……お母さーん」


 思い立って真希は声をかけた。呼びかけに気付いて布地のかげから母が顔を出す。


「なぁに?」


 もう四十はえていたはずだが、その容姿ようしは三十の前半で十分通用する。背が低めで童顔どうがんなのがその要因だろう。当然だが顔のつく等々とうとう、杏奈とよく似ている。


「手伝うよー」


 真希がそうもうし出て立ち上がると、


「大丈夫よー気持ちだけもらっておくー」


 やんわりと拒否きょひされる。


「でも大変でしょ?」


「全然平気よ。あんまり年寄りあつかいしないでね!まだまだこれからよー!」


「……なら、いいけど」


 ストン、と真希は腰をソファに戻す。そう言われれば無理に手伝うこともできない。


 分かってはいたが、やはり母は真希が家事をすることをあまりこころよく思わない。真希だけではなく、日葵も、杏奈もだ。なので正確に言うならば、家事は全て自分がするべきものだと思っているふしがある。


 それが母親として当然のことなのだと。


(――そんなに頑張らなくても、私とハルは……)


 父が新たなパートナーに選んだ今の母と、その娘の杏奈を家族だと思っている。


「ま、そのうちいい感じになるか」


 小さく声に出すことで気分を切り替えて再び真希はスマホを手に取り、ソファに身体を横たえた。


 どれだけ考えようとも、今この新しい家族に必要なのは時間を置いて他にあるまい。


 今真希が考えるべきことは別にある。


(千佳子に聞いてみるか……)


 連絡用アプリに文字を打ち込んで送信する。


 向こうもひまな時間だったのか、すぐに既読きどくがつき、ほどなく。


『一人っ子で男子中学生でもない私が分かるわけないだろ』


(ですよねー)


 まぁ真希としてもまともな答えが返ってくると思っていたわけではなかった。だったらなぜ千佳子に聞いたのかといえば、千佳子以外にこうやって気楽に相談できる相手がいなかったからである。


(いっそ本人に……でもそれはサプライズ感が……)


 そしてまた真希はうーんうーんとうなる。


 毎年この時期になるといつも真希は頭をなやませている。


「ただいまー」


 と、玄関げんかんから帰宅をげる声がひびいた。どうやら日葵が学校から帰ってきたようだ。


 出迎でむかえてハグするためにソファから真希が立ち上がる。


「お邪魔しまーす」


 と、日葵の声に続いて別の少年の声が響く。真希が廊下ろうかから顔を出して玄関をのぞき見ると、日葵に続いてもう一人少年がたたずんでいた。


「おかえりー」


 真希が声をかけると気付いた日葵が、


「ただいま!ちょっと友達と部屋で遊んでるね」


「お邪魔しますッ!」


 やたら元気な挨拶あいさつに真希も会釈えしゃくを返す。


 初めてみる顔ではない。日葵とよく遊んでくれている子だ。大人しめな日葵とは対照的たいしょうてき活発かっぱつそうな男の子。名前は確か佑真ゆうま、だったか。


 やんちゃそうな印象を受ける外見だが、日葵とは小学生からの付き合いだし挨拶もしっかりする。何よりこれだけ日葵と仲がいいのだからいい子なのだろう、というのが姉である真希の認識にんしきだ。


 さすがの真希も友達がいる前でハグは自重じちょうする。


 真希を後目しりめに階段を上がる二人の会話がれ聞こえてきた。


「――いいなぁ、俺もあんな美人な姉ちゃんがほしいなぁ」


「それ家に来るたびに言ってない?」


 真希は今、Tシャツに短パンという非常にラフな格好かっこうだが、その無防備むぼうびさは青少年にはなかなか目に毒かもしれない。


 階段を上がっていった二人を見送った後、ふと真希はさきほどの千佳子の返信を思い出した。


(……男子中学生のことは男子中学生に聞けばよいのではないだろうか)

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