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 少しばかり緊張きんちょうかたくなった指でチャイムのボタンを押す。扉が開くまでに間に、すでに何度も何度も確認した前髪の位置を再度確認。セミロングのストレート髪を手でいてととのえる。


(もっとがっつりメイクしておいた方がよかったかな……でも勉強会でがっつりメイクしてるって変だし……)


 あわく色づいたくちびる。中学生といえど外出時にはメイクは欠かせない。それも恋する乙女となればなおのこと。


(せっかくさっちーが作ってくれたチャンス……今日でグッと瀬野君せのくんとの距離をちぢめてみせるんだから……!)


 友達に感謝しつつ、決意を込めて拳をにぎりしめたところで目の前のドアが開く。あわてて拳を背中に隠すとその意中の相手が顔をのぞかせた。


「あ、新田にったさん。今日はよろしく」


 そういって向けられた異性とは思えないほどに可愛らしい笑顔に一瞬反応が遅れたが、


「――あ、う、うん!今日はよろしくね!」


 どうぞとまねき入れられた玄関げんかんに、日葵はるきのクラスメイトである新田小和こよりは足を踏み入れた。


(せ、瀬野君の家に入っちゃった……!)


 これだけでも他の女子達よりもずいぶん先んじたような気がする。日葵のことが気になっている女子の中でも、家に行ったことがある女子はほとんどおるまい。


「お、お邪魔しまーす……」


「どうぞ」


 今になってかなり大胆だいたんなことをしているという自覚が出てくる。友達にはドタキャンというていをとってもらっているとはいえ、男子の家に女子一人でたずねるなど。


 もちろん小和としては何かしらのが起きてもまったく問題ないわけだが、日葵の性格からしてそんなことはありえないというのが安心でもあり少し残念でもある。


 スニーカーを綺麗きれいそろえて玄関のわきに並べると、下駄箱げたばこに並んでいる他のくつが目に入った。


(お姉さんと妹さんがいるんだっけ……)


 妹の杏奈あんなは学校で何度か目にしている。日葵の妹らしい、とても可愛らしい女の子だ。日頃あんな可愛らしい子と一緒にいるのだから、日葵の美的感覚は相当えているのではないかというのが女子達の悩みどころ。


 しょうんとする者はまず馬を射よ。日葵とお近づきになるために妹と接点を持とうとする者も少なからずいるようだが、うまくいったという話は聞いたことがない。


 一方で姉の方については大学生ということ以外まったく情報がない。


(きっとすごい美人さんなんだろうな……)


 そんなことを小和が思っていると、


「あら、お友達?」


 廊下ろうかの奥から現れた人物の呼びかけに、小和は思わず息を飲んだ。


 薄明うすあかりの中でもつやめく黒髪。何気なく手で払うだけでその場に燐光りんこうが舞うかのよう。半袖のトップスはキュッと腰の部分がシェイプしていて腰の細さを際立きわだたせる。パンツスタイルのすらりと伸びたあしは長く、ファッションモデルもかくやという脚線美きゃくせんび


 想像通りのすごい美人。いや、それ以上。この人は本当に自分と同じ人種なのかとうたがってしまいそうになるその美貌びぼう。自分が大学生になった時、この人の美貌に果たしてどれだけ近づけるだろうか。


 アンニュイに細められた両眼とふと目が合い、小和は慌てて、


「は、初めまして!瀬野君と同じクラスの新田です!瀬野く……日葵君のお姉さんですか……?」


 一瞬、ピクリと真希まきまゆが動く。


「そうよ。今日はだったわね?」


 なぜか勉強会という単語が特に強調された言い方だったような気がしたが、小和がうなづく。


「勉強熱心でいいわね。、頑張ってね」


 やたらと勉強という単語を強調してくるような気がしないでもないが、小和が頷いていると、


「ところで……」


 何かを疑問ぎもんに思ったらしい日葵が口を開いた。


「お姉ちゃん、これからどこか行くの?」


「ふぇ?いや、ずっと家にいるよ。うん、ずっと家にいるからね」


 なぜか後半は日葵ではなく小和に向けて言ったように感じたのは気のせいだろうか。


「じゃあさっきまで部屋着へやぎだったのになんで余所行よそいきの服着てるの……?」


 日葵の純粋じゅんすいな疑問にうっと真希がうめいた。


「いや、ほら……気分転換きぶんてんかんにね……!」


「ふーん」


 特にそれ以上は言及げんきゅうせずに、日葵は小和を二階へと案内した。


「僕の部屋二階だから。こっちだよ」


「う、うん!」


 真希に会釈えしゃくしつつ、二人はその脇を通り過ぎていく。


「せ……日葵君のお姉さん、すっごく美人だね……私びっくりしちゃった……」


「そう?僕はもう見慣みなれちゃったから」


 少しばかりれくさそうに日葵は言う。本当は姉をめられることを喜んでいるが、その喜びを素直に表現するのは恥ずかしい。そんな弟心が言葉の中に見え隠れしていた。


(でも……お姉さんには感謝しなきゃ……)


 前を行く日葵にさとられぬよう、小和はフフッと笑った。


(自然な流れで下の名前で呼べるようになっちゃった……私のことも下の名前で呼んでくれないかなぁ……)


 日葵の家に来てさっそくの進展しんてんに、今一度小和はこの状況を作ってくれた友人に感謝するのだった。





「……………」


 階段をのぼっていった二人を見送った真希。


 その背後のドアがガチャリと開く。


「――


 めるようなその声色に、先ほどまでの凛々りりしい立ち姿をへにゃりと崩して項垂うなだれた真希がはい……とこたえた。


「敵に塩を送ってどうするの!なんか自然に下の名前で呼んでたよ!?」


「うーむ……でもあれはどうしようもないっていうか……」


 実際あの流れは真希が姿を見せた以上仕方ない流れだったとも言える。


「まぁでも、これで家に大人がいるってことはちゃんとアピールできたね」


 もっとも重要な目的が達成できたことに、ひとまず杏奈はうんとうなづく。


「これで大胆だいたんなことはできないでしょ」


 最初の牽制けんせい。それが真希が姿を見せた理由だった。


 明確に第三者の存在を意識させることで、二人きりだと思わせない。軽はずみな行動をさせない。


「しっかりした感じの子だったし、あんまり変なことにならなさそうだけどね」


「甘いよお姉ちゃん!」


 考えの甘い姉に妹がビシッと指を突き付ける。


「最近の中学生はそれはもうんだから!」


「そ、それはもう!?」


 具体的ぐたいてきに何がどうとは言わないが。


「二人きりでいい雰囲気になったら……ちゅーぐらいしちゃうかも……」


「なんてこった……あの子も大人しい顔して実はおおかみだってのか……!」


 日葵の方からとは微塵みじんも思わないこの姉である。


「ともかく、少し様子見だね。いちおう勉強会だし、あんまり邪魔するとお兄ちゃんに怒られちゃうし」


 手伝いをたのんだのは真希のはずだが、いつの間にか作戦指示さくせんしじは杏奈がしていた。


 そう、作戦だ。日葵と小和が必要以上に仲良くするのを妨害ぼうがいする作戦。同じ目的のもと、かつてない強固きょうこきずなむすばれた姉妹の共同戦線きょうどうせんせん


 共通の敵を前にした時こそ、人はもっとも団結だんけつできるものなのだ。

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