ブラコンお姉ちゃんは妹と協力したい。

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「ええ?」


 日曜日。昼食を食べ終えた後、自分のスマホを見た途端とたんに声をらした日葵はるき


「どうしたの?」


 テーブルの上の食器しょっきをまとめていた真希まきが問う。


「今日、友達とテスト勉強するつもりだったんだけど、急に用事ができてこれなくなったって」


 季節はいよいよ夏本番が近づこうとしている。学生達にとって何よりも待ち遠しい夏休みが近づいてきていたが、その前には前期期末テストという大きな壁が立ちはだかる。とりわけ中学三年生の日葵にとっては内申点ないしんてんに関わる重要なテストだ。


 日葵の成績せいせきは上の中か上の下といったところ。とすると、今回のテスト勉強は友達のほうが日葵に助けを求めた形だったのだろうと真希は推測すいそくする。


「あらら。それは残念だったね」


「うん……でも、他の友達は来るから」


 二人だけの勉強会ではなかったらしい。日葵が友達を家に呼ぶことはちょくちょくある。一人の時もあれば複数ふくすうの時もあるので姉と違って弟の交友関係こうゆうかんけいは広いらしい。


 ピコン、とまた日葵のスマホが鳴る。


「……あれぇ?」


 また声を上げた日葵。


「どうしたの?」


 食器類をキッチンに運び終わった杏奈あんなが日葵にぴとりとってスマホをのぞき込む。


「……女の子の名前」


 日葵にスマホ画面にうつっていた連絡用アプリに表示されていた名前に杏奈が目を細める。それを耳ざとく聞きつけた真希も怪訝けげんな表情をまるで隠そうとせずに日葵の次の言葉を待つ。


 なぜだか知らないが一瞬にして周囲の温度が少し下がったような気がした日葵だったが、


「今日家に来る予定だった友達、もう一人も来れなくなったって……」


 温度が戻る。


「そっかあ。残念だったねぇ」


 なぜか嬉しそうに姉。


「用事ができちゃったなら仕方ないよねぇ」


 と妹。


 血がつながっていないことが不思議なほどにシンクロしている笑顔。


「うーん……じゃあ今日家に来るのはかぁ……」


 ポツリとそうつぶやいた日葵のその一言に二人がかたまる。


「お兄ちゃん、その一人って……」


 まさかなとは思いつつ、杏奈が恐る恐る、


「女の子……じゃないよね?」


「どうして女の子だって分かったの?」


 ガタン、と真希が椅子いすを押し出して立ち上がった。


「――杏奈、ちょっと」


「うん」


 すたすたと妹を連れだって廊下ろうかへと出て行った姉に、弟ははてと首をかしげた。





 日葵に話をかれないようにガチャリと後ろ手にドアを閉めた真希は、


「――どう思う、杏奈」


 けわしい表情。日葵には一度も見せたことのないするど眼差まなざし。声色もゆっくりと廊下ろうかみわたるように、重く、冷たい。


偶然ぐうぜん……なわけないよね」


 壁に背をあずけた杏奈の眼光がんこうが、あかりのない薄闇うすやみの廊下でにぶく光る。


 かつてないほどに神妙しんみょう面持おももちの姉妹。二人の間の張りつめた空気に、外から聴こえる車の音すらも声をおさえているように思われた。


「実際のところ、どうなのよ。学校では」


 全てを言葉にしなくとも何を問うているのか通じる。


「モテるね、とても」


 いかんせん大学生である真希には日葵の学校生活の様子を知ることはできない。だが、同じ中学に通う杏奈であれば話は別だ。


 トントン


 杏奈と同じく壁に背を預け腕を組んだ真希が人差し指で自分の腕を打つ。


「万が一、いや、おくが一そうことはないとは思うけども。すでに日葵にそういった相手がいるということは、ないよね……?」


 クスリ、と杏奈。


「それは大丈夫。お兄ちゃんぐらいの人気になると、抜けけは重罪だから」


 多くの女子が日葵ともっと親しくなりたいと望んでいる。しかし、特別になれるのは一人だけ。


 出るくいは打たれる。同じ人を好きであるという強固きょうこきずなむすばれた集団は、仲間でありライバルである。誰かが一歩み出せば他の誰かがそのあしを引っ張ろうとする。お互いにお互いを牽制けんせいし、結果として誰も前に進めなくなる。


 スッと杏奈の笑顔が消える。ついでにひとみのハイライトも消える。


「――そのはずなんだけどなぁ」


 今回の勉強会の突然の欠席けっせき。一人だけならいざ知れず、もう一人までも。結果として生まれた二人きりの勉強会。


 偶然にしては出来過ぎている。


「多分、だけど。お兄ちゃんと一番仲のいい男友達の相田あいだ君もすごく女子人気の高い人なの。だから……」


「なになにちゃんが瀬野せの君のこと気になってるみたいなの。だから二人っきりにしてあげない?相田君の勉強は私が見てあげるから!ってことか」


 そう、あくまで友達の恋路こいじを応援するという体で、自身もおもい人と二人きりになる機会きかいを得る。


 一人だけ抜け駆けするのは勇気がいるが、友達と一緒なら。


 もちろん全てただの推測すいそくだが。


「……小賢こざかしいわね」


 自身の弟をめぐる女子達の奮闘ふんとうを姉は小賢しいとてた。


「付き合ったりとかそういうのって、中学生にはまだ早いと思うなぁ私」


 と、二十歳にもなってまだ誰とも交際経験のない真希がつぶやく。その呟きに同意してうなづく杏奈。


 果たしていったいいくつになれば早くなくなるのだろうか。


「よくないなぁ……うん、よくない……」


 そう確認するように呟いたあと、姉は妹を見やった。


「杏奈……」


 壁から背をはなし、強い意思いし宿やどした瞳で妹の瞳と正面から向き合う。


 そこに宿る意思は同じであると信じて。


「手伝って、くれるね?」


 妹は強く頷いた。その瞳に宿る意思はまごうことなく姉と同じもの。


 今ここに、かつてないほど強固な姉妹の結束けっそくが生まれた。

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