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「お姉ちゃん!」


 日葵はるきにはしてはかなりめずらしく、強い口調で姉を呼ぶ声に大学から帰ってきたところの真希まきは目をぱちくりさせた。


「ど、どうしたの……?あ、お弁当どうだった?お姉ちゃん頑張がんばってみたんだぁ」


「そう、お弁当だよ!」


 つつみ直してある弁当箱を姉に突き付ける。その動きは軽い。中身が空っぽだからだ。


「残さず食べてくれたんだぁ。お姉ちゃん嬉しいなぁ」


 ニコニコとからの弁当箱を受け取ってあらためて重さを確認する。もっとも、日葵がお弁当を残したことなど一度もない。たとえ苦手なものが入っていたとしても我慢がまんして食べてくれる。


「今回はり付けにこだわってみたんだぁ」


「それだよ!」


 何が問題だったのかまるで分かっていない様子の姉に弟が必死に抗議こうぎする。


「あれは、さすがにちょっと……ずかしい……」


 少しほほめつつ、くちびるとがらせて不満を口にする日葵。その様子に脳天を撃ち抜かれた真希は後方に大きくった。


「……ごめんハル。ハルは可愛いよ」


「ほんとに反省はんせいしてる!?」


 いつも通りではあるのだが、奇奇怪怪ききかいかいな姉の言動に弟は溜息ためいき一つ。


「あのお弁当のせいで僕……クラスのみんなから彼女がいるって思われてるんだから……」


 ピシッ


 姉の身体がかたまった。


「か……か、か、か、かぁぬぉじよぉおおおお!?」


 一歩二歩と後退こうたい。ドンッと背中がかべに当たるとそのままずるずると床にへたり込む。


「そんな……ハルに彼女だなんて……うそだ……嘘嘘嘘……」


 光を失ったひとみで床に向かってブツブツとつぶやいた後、


不純異性交遊ふじゅんいせいこうゆうはお姉ちゃんゆるしませんよッ!?」


 涙を浮かべて声をあらげた姉に、流石さすがの日葵もあきれて脱力だつりょくするほかない。


「だから……あのお弁当のせいでそう思われちゃったんだって……彼女なんていないよ……」


「ほんと!?ほんとに!?」


 半べそをかきながら弟のあしすがり付く姉に本当だよとうなづいて見せる。


「――お弁当作ってくれるのは嬉しいけど、もうあんな恥ずかしいお弁当はやめてね」


「ぐすん……はい……」


 真希が落ち着いたところで玄関げんかんから物音。とてとてと軽い足音がこえてきて、リビングに杏奈あんながひょっこりと顔をのぞかせた。


「あ、お兄ちゃんお姉ちゃん、ただいま!」


 挨拶あいさつわすと杏奈の持っている、買い出し用のマイバッグが目に付く。杏奈におくれて母も荷物もかかえて帰ってきたので、どうやら二人で買い出しに行っていたようだ。


「お姉ちゃん!お弁当とっても美味しかったよ!」


 荷物を置きながら笑顔を向けられて、今しがたのショックから立ち直った真希はホッと一安心。


「そか。よかった」


「それにね!かざり付けもすごく可愛くて、クラスの友達からうらやましがられちゃった!こんなお弁当作れるお姉ちゃんがいていいなぁって!」


 日葵の分のみならず、杏奈と自分の分のお弁当も真希は作った。


 流石さすがに自分の分は大した飾り付けなんてしていないが、杏奈の分にはせっかくだからと工夫くふうしてみたのだ。工夫といっても、せいぜい海苔のりやおかずでデフォルメした猫をいたりした程度ていどだが、それでこれだけ喜んでもらえるのならやった甲斐かいがあったというものだ。


「でも……ちょっとくやしいな……」


 買ってきたものを整理せいりするためにテーブルに並べる杏奈。ナマモノは母が受け取って冷蔵庫れいぞうこにしまいに行く。そのラインナップから、どうやら明日杏奈がお弁当を作る分の食材を買いに行っていたらしい。


「私、あんなに可愛いお弁当作れないよ……」


 笑顔から、一転、声のトーンを落とした杏奈。


 杏奈の料理の腕を真希は知らない。だが、この様子では真希よりも上ということはないのだろう。姉にり合って自分もお弁当を作ることにしたはいいものの、自分が作る前に勝負が見えてしまった。


(……なんか私くっそ大人げなくないか……)


 その声色こわいろいた途端とたんに冷静になった真希。


 妹に勝負しようと言われて、自分の得意分野でガチで勝ちにいった姉。冷静になればなるほど、大人げないしみっともないまである。


「……………」


 いてもたってもいられなくなって、真希は立ち上がり杏奈のそばへとった。


「お姉ちゃん……?」


 不思議そうな顔で見上げる杏奈の頭を真希はわしゃわしゃとでる。


「何弱気なこと言ってんの!勝負しようって言ったのは杏奈でしょ!それに料理は見かけだけじゃないし、最終的にどっちがよかったか決めるのはハルだし」


 そして真希は日葵に意味ありげにウィンク。それだけで姉の意図いとに弟は気付いてくれる。


「杏奈の作ってくれるお弁当、楽しみだな」


 その言葉を受けて妹は、兄を見て、姉を見て、そして。


「お兄ちゃんがそう言ってくれるなら……うん!私頑張ってみるね!」


 またその表情に、見た者の口元をほころばせる笑顔が戻る。


 両手でこぶしにぎって張り切る杏奈を見て真希はホッと一安心。


(ま、私さっきハルに怒られたとこだけどね……!)


 杏奈の心配とは裏腹うらはらに。実際のところお弁当勝負は杏奈の優勢ゆうせいなのであった。

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