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「もしもし?」


 買い物カゴをかかえた主婦たちが、少しでもいいものを、少しでも安いものをと家計を支えるべく奮闘ふんとうする戦場。


 比較的ひかくてき年齢層ねんれんそうが高めのその戦場の入り口わき真希まきの姿は少しばかり浮いていた。時刻は昼過ぎ、平日、若者が出歩くには少し早い時間。そしてショッピングモールなどではなく、主婦利用が大半のご当地スーパーの前となれば真希が浮くのも当然と言えるだろう。


 思えば真希がここを利用するのも三カ月ぶりだ。昔から瀬野家せのけの食卓を支えてくれた格安スーパー。瀬野家を支えてくれているというのは今も変わらないが利用する人物がことなる。


「明日の皆のお弁当なんだけど、私が作りたくって。……そうじゃないよ。私が料理したいの」


 スマホしでも、母の表情が声に乗って伝わる。


 やはりというべきか、真希がお弁当を作りたいと言うと、母は自分のお弁当に不手際ふてぎわがあったのかと不安になってしまったようだ。


「ほら、たまには料理しないと腕がなまっちゃうから。大丈夫、お母さんのお弁当は美味しいよ」


 まだまだ関係がかたいことはいなめない。だがこればかりは時間が解決してくれるのを待つしかあるまい。


「うん……うん……今スーパーの前。大学は今日は午前中だけだったから。……うん、明日の分だけだし自分のお小遣こづかいから……いいよ、別に。うー……分かった。うん、それじゃ」


 通話終了ボタンを押す。


 結局、食材にかかる費用は別途べっとで出してくれるそうだ。これぐらい自分で出してもいいのに。


(さて……)


 そこまでがっつり買い込むつもりはないが、カートをとってきて買い物カゴを乗せる。


 大人びた容姿ようしの真希がカートを押していると、一人暮らしの大学生というよりは新婚の若妻わかづまに見えないこともない。


 それはそうと作る予定こそ取り付けたが、具体的ぐたいてきにまだ何を作るかは決めていない。


(ハルの好きなもの……)


 カートを押しながら売り場をめぐる。


(カレー、オムライス……どっちもお弁当には向かないかぁ……)


 姉として当然ではなるが、日葵はるきの好きな物は全て完璧かんぺき把握はあくしている真希である。


 ちなみに苦手なものは納豆やオクラ、ねばねばしたもの。


(でも苦手でも食べてくれるんだよなぁ、ハルは。天使だからなぁ……)


 たとえ美味しくなかったとしても、作った人のことを思って日葵は美味しいと言うのだ。若干じゃっかんほほ痙攣けいれんさせつつではあるが。


 日葵は優しくて嘘をくのが下手なのだ。天使だから。


(お弁当に入れるとすると、ハンバーグなんか無難ぶなんかな)


 精肉コーナーで挽肉ひきにくのパックを手に取る。


(無難過ぎるかなぁ……なんかこう、インパクトがあるものがいいな)


 やはりここは、お姉ちゃんすごい!と思ってくれるような、日葵をわっとおどろかせるような何かが欲しい。


(でもやっぱりお弁当だし、あんまりり過ぎたものは……うーん……)


 とりあえずカートのカゴに挽肉を放り込んだ真希だが、何か物足りない。


 と、何となしにながめていた売り場のポップが目に入る。


(タコさんウィンナー……)


 お弁当に最適さいてき!の文字と、タコの形にカットされたウィンナー。海苔のりを使って表情までついている。


(……キャラべん!)


 キャラ弁、ごはんやおかずを使ってキャラクターをえがいたもの。もともとは嫌いな食べ物を子供に食べさせるための工夫くふうの一つであったが、現在はお弁当の一ジャンルとして確立かくりつしている。


(今まで作ったことないけど、だからこそ見た目のインパクトは十分……これだ!)


 キャラ弁をもらって喜ぶ年齢ねんれいを日葵はとうに超えているように思えるが、行きづまっていた姉にはこれ以上の名案めいあんは思いつかなかった。


(海苔と、あと桜でんぶ……あんまりすごいのは難しいしとりあえずそれで……)


 一度何を作るのか決まってからの真希の行動は速かった。


 もともと家事を担当たんとうしていたのは伊達だてではなく、無駄なものは買わず、必要なものをなるべく最低限に選択してカゴに入れていく。頭の中ではすでにお弁当のイメージが出来つつある。


 あらゆる行動の中心に弟が入ってくるせいで変人のレッテルをられがちな真希だが、家事や勉学など、要領ようりょうはかなりいい方である。

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