ブラコンお姉ちゃんは弟にすごいって言われたい。

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 朝っぱらから妹に惨敗ざんぱいした姉はさぞや落ち込んで……というわけでもなかった。


 ぺらり、と始業前の講義室こうぎしつに雑誌をめくる音がひびく。


「……なに、あんためずらしいもの読んでるね」


 いつものように真希のとなり腰掛こしかけた千佳子ちかこは、友人が真剣な面持ちで読んでいる雑誌の表紙をのぞき見て言った。ごくごくありふれた女性向けファッション誌であるが、ごくごくありふれたとは言いがた要素ようそを多くそなえた友人がそういうものを読んでいるのは非常に珍しい、というより千佳子は初めて見た。


「まぁあんたも何の参考さんこうもなしに服を選んでるわけじゃないよね」


「んー?だいたいお店に言って、マネキンの着てる服一式買ってるだけだよ」


 がくんと千佳子はつこうとした頬杖ほおづえをつきそこねる。


「それであんたよくまともなかっこになるわね……」


「あんまり合わないやつだと店員さんが止めてくれるしねー」


 確かに真希ほどの美人となれば、店員もファッションに関わるものとしてアドバイスの一つや二つはしたくなるだろう。そんな美人がろくすっぽ考えもせずに服を選んでいるのならなおのこと。


 真希が雑誌を捲る手を止め、むむむとうなってページを戻す。


「どったの?」


 真希の様子が気になって千佳子が雑誌をのぞき込む。


 そこに書かれていたのはファッションについての記事ではないコラム。


 いわく、『オトコを恋に落す方法』……


「うっそ……あんたマジ……?」


 友人が熱心に読んでいたコラムの内容を知るや千佳子が口元を両手で押さえて目を見開く。


「そっかそっか!とうとう残念なお姉ちゃんにも春が来たか!いやぁ、あんたの数少ない友人代表としてわたしゃ一安心だよ!」


「おう、私の友人が少ないって勝手に決めつけんなや」


「多いの?」


「……少ないけど」


 美人もすぎると近づきがたいと言う。中身が少々アレならなおのこと。


「で、相手は誰よ?応援するよ!」


 目を輝かせて千佳子が問う。女子にとって、恋バナというものはいついかなる時であっても最大の関心事かんしんごとである。


 一方で真希はあいかわらずの不満ふまんな表情で、


「ねぇ千佳子ー」


「ん?」


 パタンと雑誌を閉じ、


「どうしてオトコじゃなくてオトウトを落す方法はどこにもってないの!?」


 しばしの沈黙、そして千佳子はいつものように何食わぬ顔でスマホを取り出していじり始めた。


「――まぁ、そんなとこだろうとは思ってたけどねー」


 期待半分、どうせ弟オチだろ、というのが半分。


 この千佳子、伊達だてに一年以上真希の友人をやってはいない。こういうオチは想定内である。


「いや昨日ね――」


 そう言って真希が昨日杏奈あんなわした勝負の話について千佳子に話した。


 それを半眼はんがんで聞いていた千佳子は、


「なに、あんたそれに受けてんの?」


「うん」


「というかあれね、なんか聞いてるだけ胸やけしてきたわ。それもうただただ妹ちゃんもあんたと同類なんじゃないの?仲良くしなよ、ブラコン姉妹として」


「それはまぁおいおいやっていきたいけども」


 真希と杏奈が仲良くするということも実際大事。


 だがひとまずそれは置いておいて。


「ハルが私大好きになれば、昨日言ってた恋愛感情云々うんぬんも大丈夫だし、私もとっても幸せになれる。みんなハッピー!」


「そりゃ好きになった人がシスコンになったら百年の恋も冷めるわな」


 その場合、杏奈の中で日葵はるきへの評価がどん底に落ちそうでもあるが。


「ね?いい案だと思うでしょ?」


「もうあんたがそれでいいんならいいんじゃないかな」


「だからさぁ千佳子ぉ、どうやったハルがお姉ちゃん大好きになってくれると思うー?」


「知らないよ、私一人っ子だもん。というかあんたもともと弟君と仲悪いわけじゃないじゃん?それ以上ってなるとねぇ……」


 喧嘩けんかした弟と仲良くしたい、ならともかく。もともと悪くない姉弟仲していなかをさらに深めたいというのは難しいだろう。


「とりあえず無闇むやみなスキンシップをやめるとか……?」


「――し、死ねと……?」


 絶望を浮かべてパサリと雑誌を取りこぼす残念なお姉ちゃん。


「無闇にスキンシップしてる自覚じかくはあったわけね……ほら、猫だって気分が乗らない時にさわられるの嫌がるじゃん?」


「確かにハルの愛らしさは猫のようだけども、猫よりもハルの方が可愛い」


「うん、そういう話してないよね?」


 そうことではなく。


適度てきどなコミュニケーションが必要だってことよ。あんまりべたべたしてくるような姉に威厳いげんなんてないじゃん。もっとこう、弟君がすごいなぁ、あこがれちゃうなぁっていう感じの姉を目指すのはどうよ」


「ふむふむ……」


 真希は熱心に友人の助言じょげんを聞き、そして、


「でも私、ハルに触れずに二十四時間が経過けいかすると死ぬんだけど……」


「病気か?病気だな」


 ブラコンという不治ふじの病。


「ともかく、あんたなんか得意なことないの?」


 友人に問われて真希は腕を組み、ふぅむと首をひねる。


「……料理、とか?」


 思いもよらぬまともな答えに千佳子が目をぱちくりと。


「そっか!そういえばあんた一年の時はお昼のお弁当自分で作ってたもんね。いいじゃんいいじゃん」


 真希の料理技術は家庭環境によってつちかわれたものだ。


 母親をくし、父は仕事で家を空けがち。そうなると必然的に真希が家事の大半をになうことになる。さいわ経済的けいざいてきにはゆとりがあったため、食事は出来合できあいのものを購入こうにゅうするという手段もあったし最初はそうしていた。だが、ずっとそれでは、あまりにも日葵が不憫ふびんだと真希は思ったのだ。


 日葵に温もりのかよったご飯を食べさせてあげたかった。そういう意味では、日葵のために身に着けた技術といってもいいかもしれない。


「でもちょっと前までは毎日料理してたんだよ?今更いまさらそれをアピールしたって……」


 杏奈らと同居するようになってからは家事は新しい母の仕事になった。当然料理も。だがそれまでは真希の仕事だったわけで、日葵にとって真新まあたらしいものではない。


「最近はしてなかったんでしょ?だからこそあらためて、あぁやっぱお姉ちゃんってすごいなぁって思ってもらえるように料理するわけ」


「なるほど……」


 そうと決まればぜんいそげ。


 大学の授業が終わりしだい、さっそく真希は準備にとりかかることにした。

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