迷心 ~借金背負ってお嬢様を誘拐したら、逆に捕まってしまった件について~
紅陽(くれは)
第1話
「おい!こっちに来んじゃねぇ!」
右手に掲げるは一本の拳銃。
左腕の中には人質。
とある夕方の、静まり返った銀行の中。
カウンターを背にした男女二人を囲むように、利用客と従業員は店の奥に集められていた。
物事は理不尽に、そして怖いくらいに上手く進んでいた。
まるで安っぽいB級ドラマの中にいる気分だ。
「おい、お前!車と現金を用意しろ!…早くしろ!変な気起こしてサツなんて呼んだら容赦しないからな!」
右手を振り上げると、耳を劈く高鳴りとともに景色が明滅した。
あぁ。
やっちまった…。
銃弾が発砲されたのだ。
降り注ぐ破片、鼻を突く火薬の匂い。
「きゃー!」
「助けて!!」
「殺される!!」
場は一瞬にして、野次馬達の恐怖と叫びに支配された。
そして、騒ぎに乗じて数名の脱出を許してしまった。
「おい、待ちやがれ!…くそっ!!来い!」
「痛っ。ちょっと!」
「黙れ!」
脱走者の証言により、直ぐに警察が来るだろう。
こうなったらもう、出来る限り遠くまで逃げるしか無い…。
あぁ…何でこんなことに。
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この俺『雅之(まさゆき)』は近所じゃ有名な引き篭もり、24歳だ。
大学に進学したが、就職活動に尽く失敗。
軽度の鬱と人間恐怖症を患った俺は、自営業を営む実家の自室に引き篭もり、PCと睨めっこする毎日を過ごしていた。
まぁ…とはいえ。
自営業とは名ばかり。
実際には店はとっくに畳んでいて、もう10年も前のことになる。
個人業なんて流行らない。
4代続いた小さな商店は年々経営が悪化していき、ひっそりとシャッターを閉じた。
それからというものの、両親は足りない生活費を補うべく、宝くじやギャンブルに明け暮れるようになった。
そして、当ててしまったのだ。
最悪にも1000万円。
かつての栄光の見る影もない底辺な暮らしに、突然降り注いだ富。
ちょうど、俺が高校に進学した時だったが、その頃から両親は家をあけることが多くなり、気付けば家族のコミュニケーションは文の中だけのものになっていた。
旅行先の何とも華々しい写真を添えて。
家のポストには身に覚えのない領収書と、頼まずとも送られてくる実用性のない土産物が敷き詰められていった。
そして更に一年後、両親から衝撃的な事実が告げられる。
『所持金が底を尽きそうです。なので、雅くんの口座から諭吉さんを5人召喚しました。倍にして返すから待っていてね❥』
うん・・・。
自分で稼ぐ方法考えないと駄目だ、これ。
それからさらに2か月。
有り金を蒸発させた両親の手により勝手に俺の株式口座が開設されたのだが、それは想像に難くない。
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事前に調べておいた路地裏を進み、人目の届かないところまで辿り着くと、辺りはすっかり暗くなっていた。
生活の形跡のない静寂の中に逃げ込むことに一先ず成功し、ほっと胸を撫で下ろした。
…が、その時…。
塀の奥から赤い光が漏れているのが見えた。
「…。くそ!」
頭の中にリフレインするサイレンの音。
何とか逃げなければ…。
どこか…隠れる場所はないか!!
落ち着かない心情の中走っている内に、公園に辿り着いた。
「ここなら隠れられるか…。」
手入れされていない荒れ切った野道を進んでいくと、小さなボロ屋を見つけた。
手をかけると扉は鈍い音を立て開き、この無法者の侵入をすんなりと受け入れた。
女を建物の奥へ誘導し、全ての鍵とカーテンがかけたことを確認すると、下駄箱にかかっている懐中電灯を手にとった。
古ぼけた照明の光がぼんやりと辺りを照らしていく。
「ここは…公民館だったのか。」
壁を見渡すと、子供と大人の集合写真が大量に飾られていた。
写真にはこう記されている。
「令成○▲年度会長、江口………は?親父?」
「ヘェ~?あなたのお父様、これに映ってるんだ?」
「黙ってろ!」
「何故?人質の私には知る権利があるわ。」
「何でこうも強気なんだ?殺されるかもしれねぇんだぞ!!」
「不毛ね。手足ガタガタでそんな事言われても説得力ないわよ。こんな情けない男、ちっとも怖くないわね。」
「てめぇ!」
「そんな意気地無しが、何で強盗なんてしたのか訳わっかんないし、それ以前に何で私が誘拐されなきゃいけないの?本当、理解出来ない。」
「はぁ・・・。」
そんなこと言われても困る。
哲学者じゃあるまい。
まぁいい。
どうせこの女は縛られていて抵抗出来ないのだ。
俺は今回の経緯を掻い摘んで説明してやることにした
❍年齢を偽って株取引や危ないインターネット貿易に手を染めてきたこと。
❍両親の豪遊で日に日に増やされていく借金を償却しながら、騙し騙しの大学生活を送ってきたこと。
❍B4の前期で遂に学費が払えなくなり、大学を中退したこと。
❍あまり感触の良くなかった就職活動において、唯一内定が出ていた企業から大学中退を理由に内定を取り消されたこと。
❍それから2年。誰も信用出来なくなり、引き籠りとなったこと。
❍そして本日。高跳びしたことを知らせる両親からの手紙が届いたと思えば、借金取りがやって来て、身売りされていた事実を知ったこと。。
今、この手に握っている銃がその滅茶苦茶な経緯に説得力を齎してくれる。
…多分。
そして、
やけくそになって飛びかかったところ、上手いこと奪取に成功。
全力疾走で電車に飛び乗り、銀行強盗すべく恐喝、誘拐に立て籠もり。
あぁ、もう。見事、犯罪まっしぐらです。
最終的には、ものの見事に失敗したけど。
兎に角、身代金要求だけでもしとかないとな・・・。
そのためにもコイツの身元を聞き出さないと。
「まぁ、金さえ手に入れば誰でも良かったんだ・・・。運が悪かったと思ってくれ。」
「………………。っていうことは、私が捕まったのは偶然で、何の根拠もありませんていうの?そんな軽い認識で犯罪に手を染めるなんて。くっだらなーい。」
「下らないとは何だ!もう俺は終わりなんだ!なりふり構っていられないんだよ!!」
こうなった以上、残された手段は臓器売買で老い先短くなるか、犯罪者になってでも身の安全を優先するかだ。
そこに選択の余地なんてなかった。
「別に貴方の人格を否定したつもりはないわ。」
「手段なんて選んでらんないんだよ!せめて借金さえ返せれば、命だけは助かるんだ!」
「だから、貴方の浅はかな思考回路のことなんて私は興味は無いの!私の価値も知らないで利用しようだなんて愚かしいって言っているのよ。」
「知ったことかよ。どうでもいいんだよぉ・・・・・・・。」
この女、もう訳が分からない!
何だか、急に泣けてきた。
感情が堰き止められなくなり、涙が溢れた。
霞んでいく視界、冷え切っていく心…
俯き、一人の世界に逃亡した。
何でこんなにも理不尽なんだろう。
泣きじゃくっていると、何か温かいものが頬に触れた。
「お金が必要なんでしょ?だったら誰かに頼れば良かったのよ、アンタは。」
「はいそうですかで払える額じゃないんだよ!!!言える訳無いじゃないか!」
「そう。じゃあ聞いてあげるわよ。」
「は?」
「いくらか、私に言ってみなさいよ。」
「何言って…」
「いいから言いなさい!何百万?何億?…何?もっと??」
「あぁ?うるせぇな!!3億4000万くらいだよ!お前に言ってどうしようってんだ!!」
「分かんない?私が払ってやるって言ってんのよ!!はっ、そんなはした金。くれてやったところで痛くも痒くもないわ。こんなことして大怪我するのはアンタだけよ、分かった?・・・なら、とっととこの汚い縄を解きなさい!」
「おい、こっちから声がするぞ!」
寒空の下、二人の怒鳴り声は外へしっかり響き渡っていた。
さて、この賑やかな逃亡劇も終わりを迎えようとしている。
迷心 ~借金背負ってお嬢様を誘拐したら、逆に捕まってしまった件について~ 紅陽(くれは) @magentsun
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