第8話あざとさに弱い

「次、5thと出会った場合だが、交戦してみろ」


 ユニオンナイト本部でミーティングを行っている時、園田はユニオンナイトのメンバーにそう告げた。当然、彼女たちはその指令の意図が理解できずに首を傾げることになる。

 思ったことをすぐ口にしてしまう朱美はすかさず口を挟んだ。


「何でですか? あの人とは戦う理由がないと思うんですけど」

「まぁ、そうだな。奴はベノム以外に危害を加えることはないだろうし、確かにそういった意味では戦う理由はない」


 ますます首を捻る3人。その表情には、じゃあ戦わなくていいじゃんという心情がありありと表れていた。それを見ていた園田が言葉を続ける。


「一つ目は、民衆が奴の存在に気づき始め、政府の直属ではない者が戦っているということが噂程度には広まっていることが挙げられる」

「やっぱりそういうのって印象悪いんですか……?」


 園田は香子の言葉に無言で頷く。


「もう一つの理由としては、奴を倒し、こちら側に連れ戻したいというのがある」

「思想の対立で彼はあなたたちの元を去ったのに、倒したら「はい、戻ります」なんて言うとは思えないのだけれど」

「当然、その通りだ。しかし、こちらも奴との交渉するカードが新たに手に入っている。問題は一つ、奴を交渉のテーブルに着席させることだ」

「それでまずは倒して連れてこいっての? でも、あの人は強いよ? 正直、まともに戦って勝てる自信はあたしにはないかな」


 朱美のあっけらかんとした敗北宣言にウンウンと頷く凪と香子の姿に、園田はピクリと眉を僅かにしかめた。だが、彼女たちの言うことにも一理あり、その弱気な態度を咎めることはなかった。


「それに私はあの人がまともに私たちと戦うとは思えません……」

「同感ね。私たちに興味なさそうだったもの」

「だろうな。だが、奴と戦うのはそう難しいことはない。そして、戦闘ができればある程度は奴のデータを取ることも可能だ。こちらが敗北したとしてもメリットはある」


 そう言って園田はコーヒーをゆったりと口に運ぶ。3人の少女たちはその言葉にさらに質問を重ねていく。


「何でそう言えるの? あ、そう言えるんですか?」

「簡単なことだ。奴は甘い。お前たちがベノムとの戦いに向けて手合わせをお願いしたいですとでも言えば、悩みながらも承諾するだろう」

「彼ってそんなちょろいのかしら」

「ちょろいな」


 散々な評価である。ちなみに園田の口からちょろいという言葉が出て、香子はツボにハマったのか口元を隠しながら笑った。それを無視して、園田は言葉を続ける。


「奴はベノムと戦うのは自分だけでいいと思っているが、この前の戦闘で手を出さなかったのを見るに、お前たちの実力をある程度は評価しているのだろう。そして、何よりあいつは人に頼みごとをされると大体引き受ける」

「あんな口悪いのに、あの人そんなお人好しなの?」

「そのお人好しが行き過ぎた結果が、我々との離別だからな」


 その言葉に3人は顔を見合わせ、不思議そうな顔をする。初対面の時の彼からの散々な言われようと園田の評価のギャップがどうにも彼の人物像を複雑なものにしていた。


「何かすごくめんどくさそうな人ね、5thって」

「なんか可愛いかもしれません……」

「そうかしら……? 私は朱美と同感よ」

「何にせよ、奴との戦闘はいい経験になるだろう。ベノムを討伐後、余裕があれば言ってみろ。無論、ベノム討伐が最優先事項であり、奴との戦闘はできればでいい」


 そう締め括った園田の言葉に返事をして、その日のユニオンナイトのミーティングは幕を閉じた。











「くしゅん……。なんだ、風邪か? いや、ライザーが風邪引くわけねぇか」


 その頃、何とも言えぬ可愛らしいくしゃみをするガタイのいい男がいた。












「一週間ぶりに来やがったな」


 ベノムの気配を感知し、いつも通りに5thは出発する。気配は港の方だ。人気のなさそうな位置に出現することは珍しいが、此方としては都合がいい。


「この前はユニオンナイトの奴らに先を越されちまったし、今度こそ俺が先に到着してやる」


 そうヘルメットの中で呟きながら、走り続けること15分程度で現場に到着した。周囲に人の気配はない。それを確認すると、ベノムの出現ポイントに急行した。そして、いつも通り次元が裂けたような穴が出現し、見慣れた異形が顔を出す。

 

『RISE』


 剣を構えて唱え、すぐさま漆黒の鎧に身を包み、手に持っている剣を顔を出したところに投擲する。


「ピギィ!?」


 5thはそれと同時に飛び上がり、突き刺さった剣に向かって蹴りを叩き込む。ベノムの方は顔を出した瞬間に剣を叩き込まれた事実を理解できず、訳も分からずに苦悶の声を出した。

 それを5thは無感情に一瞥し、剣を引き抜く。そのまま地面に着地し、すかさず剣を構える。


「ギェアァァッァ!!」


 とにかく自分が攻撃されたことを理解したベノムは怒りのままに穴から身を乗り出した。が、その瞬間に5thは地面を力強く蹴り、ベノムに一気に接近する。そして、そのまま袈裟斬りでベノムに止めを刺した。

 ベノムとの戦闘は基本的に長期戦では行わない。というのも、基本的にベノムは人間よりも強大な存在であり、それはライザーであっても例外ではない。もし仮に反撃でもされてしまえば、それだけで致命傷になりかねない上に怒涛の畳み掛けを喰らう隙を見せてしまう。故にユニオンナイトもライザーも奇襲が基本戦術となる。無論、5thは正面切って戦っても勝つ自信はあるが、リスクを無理に背負う必要はないと判断するのは当然のことであった。


「何にせよ、今日はこれで終わりか……ん?」


 不意にユニオンナイトが接近してくる気配を感じた。彼らもまたライザーの感覚とは異なるが、ベノムの存在を感知できるはずだ。既に討伐されたのに此方へ向かってくる理由はないはずなのだが、一体どうしたのだろうかと5thは首を捻った。

 それはそれとして遭遇する理由はないので、帰り支度を始める5thを呼び止める声が響く。


「ちょっと待ってー!!」


 この声はユニオンナイトの赤色の少女のものだろう。とりあえず無視を決め込んで、バイクにまたがる。


「え? 無視!? 待ってって言ってるじゃん!!」

「まぁ、彼ってそうよね……」


 すると、パァンという発砲音がして5thの少し離れた位置に弾丸が打ち込まれた。


「す、すいませ〜ん! ごめんなさ〜い!!」


 おそらく銃を武装しているあの黄色の少女が撃ったのだろうが、あまりの奇想天外の行動に思わず5thも突っ込んでしまった。


「いやいやいやいや!! 謝ったら足元に銃弾撃ってもいいとはならねぇだろ!!」

「イエロー……。あたしも流石にびっくりだよ……」

「すごいわね……」

「ご、ごめんなさ〜い」


 黄色の少女の思いも寄らない行動に他の少女たちもドン引きしているのを見て、流石に全員がクレイジーな思考回路をしていないと安心する。というかそんなことをしていたら追いつかれてしまった。


「あ、でも追い付けたね!!」

「そ、そうね……」

「5thさん、本当に申し訳ございません〜」


 何とも言えない表情で3人を見つめる5thはその後、バイクから降りてはぁとため息を吐いて彼女たちに話しかける。まぁ、正直観念した。


「で、何の用だよ? ベノムも倒した後に俺にわざわざ話しかけてくるなんてよ。俺はぶっちゃけお前たちとは仲良しこよしをやる気はねぇんだぞ?」


 というかそもそも戦うこと自体に反対している立場である。


「え〜と、せーのでいく?」

「それなんか恥ずかしいわね…」

「でも、ちょっとあざとい位の方がいいって……」


 何かをゴニョゴニョと相談している3人を見て、とりあえず発言を待つことにした。


「よし、いくよ! せ〜の!」

「「「5thさん、私(あたし)たちに稽古をつけてくださいっ♡」」」


 すごいあざとさだった。何だか語尾にハートがついてる気がする。


「えぇ……やだよ」

「そこを何とか!」

「この通りよ」

「お、お願いしま〜す」

「いや、1人どう考えても人にものを頼む態度じゃない偉そうなやついるんだけど……」


 この通りとか言いながら髪をかき上げる青の少女に戦慄しながら、ひとまず話を進めていく。


「で、何で俺がお前らに稽古つけてやらなきゃいけねぇんだよ。そもそもそんな必要があるくらいなら、戦わなきゃいいだけだろ」

「いや、でも5thさんがそう思っていてもあたしたちこれからも戦う訳だし」

「私たちの生存率を上げるためにも必要だと思うわ」


 あんまりにもあんまりな理屈にえ〜と反応に困るが、引き下がりそうにもない彼女たちの様子を見て、どのような要件なのかを確認してみる。


「で、仮に俺が引き受けたとして何して欲しいんだよ?」

「そのぅ……実戦の経験が不足しているので、そういった訓練をですね」

「組手みたいなもんか。それをするメリットって俺になんかあんの」


 何で自分がわざわざ戦わせたくない奴らに稽古をつけてやらなきゃいけないのだろうか。


「美少女と訓練できるじゃん?」

「顔が見えねぇ奴らの何をもって美少女と判断するんだよ」


 バイザー越しに言われても困る。


「雰囲気で分かるでしょ?」

「分かるか」


 何とも言えないくだらないやりとりを続けて完全に足を止めてしまったことに気づきつつ、話を続ける。


「じゃあ、勝った方が負けた方の言うことを聞くってのは?」

「いや別にそんなのいらないんだけど」

「……だめですか?」


 バイザー越しに黄色の少女が上目遣いで見つめてくるので、思わず5thがたじろぐ。それを目ざとく残りの2人が気付き、さらに猫撫で声で追撃する。


「だめ……?」

「だめかしら……?」


 3人の少女の潤んだ甘い声に5thは、


「……少しだけな」


あえなく陥落したのだった。

 


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ただ一人の英雄でありたい ジーニー @jonney

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