第6話彼女達の成長と彼の思惑
ユニオンナイトの戦いを5thは遠くからバイクに跨り、眺めていた。乱入し、彼女達からベノムの標的を自分に変えようと考えていたが、彼女達の戦闘の様子を見てすぐにその考えを改めたのだ。
(以前見た時から連携がいいことは知っていたが……。個々の力がずいぶん向上していやがる、見違えたな)
彼女達の以前までのベノムとの戦いでは反撃がつきものであり、かなり危険な橋を渡ることが多かった。だが、今回の戦いではどうだ。連携には隙がなく、各々の役割をきっちりと果たして反撃させる間も無く止めを刺した。元々、ユニオンナイトの連携はかなりのものであることは知っていたが、それでも仕留めきれないことがあったのは、単に彼女達の力不足によるものだ。それがなくなるほどの実力の向上に5thは素直に称賛する。
もしも彼女達の戦いに自分が割って入るようなことをすれば、むしろ5thという異物があるために危険になってしまっていただろう。
5thは周囲にベノムの存在がいないのかを確認し、帰宅しようとエンジンをかけた。
(あいつらもレベル1のベノムなら対処はできるか……)
それでも、それでもやはりベノムと戦うのは自分だけでいいと思う。彼女達は結局のところライザーではない。生身の人間がベノムと戦う術を手に入れただけでしかないのだ。
5thのようなライザーとは違い、傷の治りも遅く身体能力が根本から人間と一線を画した存在なんかではないのだ。
独り善がりの考えであることなど自覚している。それでも自分以外の誰かにあの異形を相手にして傷つくことなどあって欲しくない。そう思わずにはいられなかった。
「ハァ……ハァ……。勝ったね」
「……うん、私たちが勝った」
「そうね、完璧な勝利と言ってもいいと思うわ」
目の前の崩れ落ちたベノムの遺体を眺めて、肩で息をしながら勝利を3人で確かめ合う。これまでに比べて余裕のある勝利だった。それでも恐怖心が抜けない。反撃を一発でも喰らってしまえば、即座に陣形を崩され、致命傷にすらなりうる。
「なんだか調子が良かった、あたし……」
「……私もよ」
「……そうだね」
そうだ、普段の自分達はあそこまで完璧に射撃もできなければ、体を真っ二つにできるような一撃を放つこともできなかった。
それができたのは、おそらくだが5thのあの動きを見たからだろう。手本稽古ではないが、隙のないあの動きや力の加え方、集中する様子を見て学びとなったのだろう。そうは思っても誰一人としてそのことを認めたくなかったので口にすることはなかった。
もしも、5thが今日の戦いぶりを見ていたら、彼のユニオンナイトへの評価も変わるのではないだろうか。そう思うことができるような戦いだった。
3人は護送車に乗り込み、今日の戦いを振り返りながら帰路へとついた。
ユニオンナイトの戦いから数時間後、5thはとある人物と会うために人気のない倉庫街に来ていた。
「おせーな、あいつ」
待ち合わせの時間から既に30分は過ぎている。スマホなどの連絡手段を持たない5thは、大人しく待つことしかできないのでイライラと貧乏ゆすりをする。
さらに待つこと30分、車のエンジン音が聞こえてきたのでそちらに視線をやる。黒塗りのセダン。待ち合わせ相手の愛車であることを確認し、文句を言おうとズカズカと大股で車に向かって歩いていく。
「おせぇだろうが! てめぇ、人を呼びつけておいて1時間も待たせやがって!!」
運転席側の窓が開く前から怒鳴りつけるが、相手の男は飄々とした態度を崩さず、窓を開けて軽い調子で話し始めた。
「いやぁ、ごめんごめん。中々出るタイミング逃しちゃってさぁ」
「危うく帰るところだ、ボケ」
「とか言いながら、律儀に1時間も待ってくれてたんでしょ? おっちゃん嬉しい」
「これでくだらねぇ話だったら、一発殴らせろよ」
「やんないくせにぃ」
「今、殴ってやろうか?」
飄々とした態度のまま話を続ける男を前に、さらに5thのイライラは募らされる。本当に下らない話だったらぶん殴ろうと心に誓い、5thは本題に入った。
「で、俺に渡してぇもんがあるってのはなんだよ? お前は住処とバイクだけ渡して、てっきり放置するかと思ってたぜ」
「うん、僕もそのつもりだったんだけどねぇ……。君がユニオンナイトと遭遇しちゃうもんだからさ」
「政府の方でなんか動きがあったのか」
瞬間、男の言いたいことを悟り、顔つきが怒りから冷静なものになる。
「そういうこと。多分、君とユニオンナイトを戦わせようとするだろうね」
「自分達の作品がどこまでライザーに通用するか試してみたくなったと」
「そう、君を今まで放置しておいたのは勝手にベノムを殺してくれるからだけど、ユニオンナイトが倒せるなら政府と反発している君はいないほうがいいんだろうね」
5thとユニオンナイト含む政府の対策本部は決定的な対立があり、その道は分たれた。それでも、これまで積極的に5thを追跡しなかったのは、結局5thは国のためでなくても人のためにベノムを狩るからであった。しかし、ユニオンナイトの戦闘力がこの一年で増大し、かつ5thがユニオンナイトの前に姿を現した。その結果として、5thを始末してしまいたいのだろう。
「馬鹿な話だ、本当によ」
「全く同感だね。だから、君をここに呼んだんだよ」
そして、ほいとスマホと通帳、キャッシュカード、クレジットカードを渡される。
「おい、これ持ってると足がつく可能性があるから不味いんじゃなかったのか?」
「そんなわけないじゃん」
「馬鹿にしてんの? そう言ったのお前なんですけど」
「だって、ないと困るでしょ?」
「そりゃな。ライブのチケットとかクレカが基本だし……」
「えぇ……そんな困り方なの……」
念願の口座開設やらスマホやらにテンションが上がり、まじまじと手渡されたものを見る。これで俺も握手会行けるかなとなんとも先ほどとは全くもって関係のないことを考えていた。
「まぁ、ようやく用意できたって感じかな。君が直接契約とかしに行くと万が一もあったし、無駄にデータ記録なんて残さないほうがいいに決まってるけど、もう多分関係ないからね」
「なんでだ?」
「だって、君とユニオンナイトが出会っちゃったし」
男の言葉に5thは怪訝な顔をして、探ろうと質問を続ける。
「俺がユニオンナイトと接触したのは確かに想定外だが、それがなんで俺にこういったものを渡せる理由になるんだよ?」
「もう君の行方を無駄に探る必要がないんだよね。だって、君ベノムがいるところに現れるし」
「そりゃこれまでもそうだろ」
「うん、でも今までは出会ってなかったでしょ。どうにもユニオンナイトの職員たちは君と彼女たちを会わせたくなかったみたいなんだよねぇ」
その言葉に5thは余計疑問を深めた。なぜユニオンナイトと自分と出会わせたくなかったのだろうか。彼らはベノムとの戦い以外に何かを知っているのだろうか。考えても答えは出ないので、そのまま話を続けていく。
「元々、奴らは君が生きてることは知ってたでしょ。なんか死んでたことにしてたらしいけど」
「あぁ、そうみたいだな。理由は知らんが」
「それも含めて君と接触させたくないんでしょ。だけど、もう出会っちゃったから方針を変更した」
「勝手にベノムを狩る俺が邪魔になったのか」
「だろうねぇ。あの子たちも強くなってるんでしょ?」
男の言葉に無言で頷く。彼女たちは大概のベノムと戦ってもなんとか切り抜けられるだろう力があることは確認した。
「だから、君を追いかける必要もない。どうせ出会うんだし」
「ま、細かいことは置いといて、そういうことなんだろうな」
「それこそ僕にはどうでもいい話さ。僕は君がベノムを駆除してくれる限り、力を貸すだけだよ」
そういう男の目は濁り、薄暗かった。
「僕が君のために色々奔走してるのは、君がベノムを殺し尽くしてくれると期待しているからだ。だから、その邪魔になりそうなあいつらの目を欺くために住処とかも貸してあげた。今度はあいつらは君を追いかけず、ユニオンナイトの力で対処しようとしている。それならすぐにあいつらの動きを掴んだら、君に連絡できるようにする必要があると思っただけだよ。カードとかはおまけね」
「なんにせよ助かる。ありがとな」
そう言うと、男はアハハと笑いながら手を振り照れたような動きをする。そして、すっと目を細めてタバコに火をつけた。
「そう素直に言われると嬉しいねぇ」
「お前、大丈夫なのか。お前だって元はベノムの対策本部勤めじゃねぇか」
「どうでもいいんだ、そんなこと」
細められた目に光はなく、復讐の炎が黒々と燃え盛っている。男の名は加賀谷徳明、元々は5thと共にベノム対策本部のスタッフだった男だ。今は官僚として働いているが、当時と今ではその原動力は異なっていた。
「君はあいつらを殺す、僕はその手助けをする。それが僕たちの関係さ。君は人の心配をしないでベノムを殺し尽くしておくれよ」
タバコの火を消し、加賀谷は窓を閉め、車を発進させた。もう話す気はないらしい。飄々としながら、その目は常に笑っていない。ドロドロとした復讐心が蠢いている。それを5thは止めようとは思わなかった。
代わりに思うことは一つだ。
「安心しろ、ベノムは俺が殲滅してやるから」
それが力あるものの責務であり、背負うべきものであると心に幾度も刻むのだ。
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