第4話一人暮らし

 東京某所のボロアパート、そこに一台のバイクが停められた。バイクに跨っていた男はヘルメットを着けたままバイクから降り、自分の部屋へと向かっていく。昼間にベノムを討伐したライザー、5thである。

 ガチャリと鍵を開け、ヘルメットを取りそのまま四畳半の部屋に敷いてある布団へ倒れ込んだ。


「あ〜、めんどくせぇことになったなぁ」


 歳は二十代半ばの短髪の男だった。身体は非常に鍛えられており、その身長は180cmほどだ。5thは独り言を溢し、今日の出来事を振り返る。

 正直な話、これほど早くにあのユニオンナイトという少女達と遭遇する予定などなかった。できるだけ先回りしてこれまではベノムの殲滅に勤しんでいたのだが、今日は遅れてしまった。というよりも彼女達の到着が想像以上に早かったのだ。


「ライザーのベノム感知能力並みに政府のベノム探査機能が発達してきたってことだ」


 それが意味することを5thはあえて考えない。自分はベノムの敵であって、政府の敵ではない。やり方こそ納得も理解もできないが、やることに関しては共通しているのだ。その点は政府側も同様に考えているからこそ、自分を放置しているのだろう。

 そこまで思考して、立ち上がり夕飯の支度を始める。今日は面倒だし、親子丼でも作るか、なんて思いながら米を研ぐ。

 一人の夕飯は慣れているはずなのに、未だになぜか寂しさを感じる自分に苦笑しながら玉ねぎを切る。


「またうっかり2人前作らねぇように気をつけないとな」


 独り言は響くこともなく、虚空に溶けていった。









朝5時に目を覚まし、顔を洗ってから家事を済ませていつも通りランニングに励む。4月だというのに、明るい色の長ジャージに黒のパーカー、フードまで被っているものだから、不審者が簡単に完成してしまう。


「生活リズムってのは染みついちまうもんだよなぁ……。ベノムを殺すだけなんだからこんな時間から走る必要もねぇのに」


 独り言が増えたように思う。一人の時間がどうしようもなく長いので、つい言葉にしてしまうのだ。自分がここまで寂しがりだと知ったのは、ここ1年でとっくに自覚したはずなのだが、それでもどこか自嘲の響きが伴う。

 ふと、走りながら周囲の景色を見てみるが長閑なものだ。2年前にベノムの大群によって多くの建造物が破壊されたはずであったが、そんな様子は微塵も感じられない。そういうことを走って気づくたびに、何かを作ったり、生み出したりすることができる人間に対する尊敬の念が強くなる。

 だから、きっと必然だったのだろう。










 5thがアニメや漫画、アイドルといった文化にのめり込んでしまったことは。


「トレーニングをしながら、録画したアニメを観るのはやっぱり最高だよなぁ!」


 もちろん、リアルタイムの視聴の時はかぶりつきで観るが、録画したものを観るときはライザーとして身体を鍛える必要もあるので、どうしてもトレーニングしながらになってしまうのだ。

 5thが観るのは当然だが、アニメだけではない。気になるアイドルのバラエティであったり、ライブ映像であったりする。他にもお気に入りの曲を流しながらトレーニングをすることもある。

 ちなみにユニオンナイトも広報活動の一環としてアイドルのように、テレビに出演したり、歌わされたりすることもあるのだが、5thのストライクゾーンではなかった。


「クソぉ……俺もスマホみたいなのがあればなぁ。俺と同じ趣味のやつと仲良くなれたり、オフ会したりとかできたのかも知れねぇのに」


 5thは情報機器を持っていない。PCやスマートフォンといったものは、下手に手元にあると政府にそれを基に自分の居場所が掴まれてしまうかもしれないためである。したがって、5thが持っているのはテレビとDVDプレイヤーといったものしかない。そもそも戸籍情報を持っていなかった5thが住処やバイクを手に入れられたのは、とあるツテによるものだ。あまり高価な情報機器は買えない現状に5thは無念そうに歯噛みする。


「握手会とかライブも行ってみてぇ……。でもなぁ……」


 そもそも口座とクレジットカードも持っていない。金だけは政府に所属していた時代にもらった多額の報奨金があるとはいえ、そういった個人情報が必要なものは足がついてしまうので持つことができなかったのだ。金は原始的に金庫に保管していた。

 人とのつながりが希薄すぎる5thには、当然だが偽造してくれる(犯罪である)ような心当たりもない。というか、そもそもその発想が5thにはなかった。


「あぁ……。俺もこのライブ映像みたいにサイリウム振って応援とかしたい」


 日本で唯一の生き残りであるライザー、5thの唯一の願いはそんな俗っぽいものだった。

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