第3話ユニオンナイト

「それで彼について説明してくれるのよね、園田司令官」

「職務中は敬語を使えと何度も言わせるな、朱美」


 ユニオンナイトの本部に戻り、少女達は自分達を率いる司令官に詰問をしていた。特に不満気な顔で赤いスーツに身を包んでいた少女、東山朱美はあけすけな物言いで司令官に注意をされていた。残り2人の少女も同様の思いだったのか、朱美を嗜めることもなく司令官を見つめていた。

 そんな少女達を腕を組んだまま見て、ユニオンナイトの司令官である園田真奈美は、はぁと短く嘆息して話を続けた。


「私とてドローンの映像を見て驚いたものだ。まさか5thが生きているとは思いもしなかったのでな」

「やっぱり、あの黒い騎士さんは2年前に日本で戦っていたライザーだったんですか……?」


 黄色のスーツに身を包んでいた少女、西野香子はおどおどと園田の答えを確認する。それに園田は首肯し、話を続けた。


「5thは確かに2年前のベノム出現時に現れたライザーだ。だが、その最初にして最大規模の戦いで命を落としたはずだった……だが、」

「それに関しては私としてはどうでもいいの」

「……上官には敬語を使え、それと話を遮るな」


 青のスーツに身を包んでいた少女、北乃凪が園田の言葉をピシャリと打ち切る。そして、園田の注意をどこ吹く風と言わんばかりに受け流し、言葉を続ける。


「私達が聞きたいのは、なぜ彼についての情報をそもそも私たちが知らないのか、ということよ。彼が日本の正規のライザーで、戦闘のために命を落としたということはどうでもいいの。ユニオンナイトにおいてライザーの戦闘データなんて貴重な情報を知らされていないのがおかしいのよ」


 それがユニオンナイトとしての少女達の最も聞きたいことであった。そもそもユニオンナイトの結成は1年前である。その結成理由としてはベノムと戦うライザーを日本が全員失ったことに起因する。

 つまり、正規のライザーが未だ存命だというのならば、彼女達ユニオンナイトの存在理由の根幹が揺るがされる異常事態なのだ。

 朱美が凪に続き、園田へ言葉をぶつける。


「ライザーの代わりとして、日本が莫大な予算を投じてライザーのベルトに近いユニオンを作り、その適合率が高かった私達3人をユニオンナイトとしてベノムと戦わせる。だから、あの初めてベノムが現れた頃に数多くのベノムを葬った彼を知らないなんてありえない」


 ユニオンナイトの戦闘経験は多くない。それこそ初めて出現した時は夥しいほどのベノムが現れたが、それ以降の出現率は低下の一途を辿っており、今では月に2回ほどしか出現することはない。

 したがって、ベノムが出現しない時の彼女達は訓練や勉学、メディアによる広報活動などを行っていたのだが、その訓練の中には過去や海外のライザーの戦闘データを確認することもあった。

 だが、彼のことだけは知らない。なぜという少女達の疑惑の視線に、園田は腕を組み目を瞑ったまま何かを考え込んでいた。

 そうしてしばらくの沈黙が続き、やがて園田はゆっくりと口を開く。


「奴に関して君たちに伏せておいたのは、私やスタッフ達の総意だ。だが、こうして5thが現れた以上は話さなければならないだろうな」


 園田は目を開き、周囲のスタッフに視線を向ける。バイタルチェックや処理班に指示を出していたスタッフ達も緊張した面持ちで作業を止め、園田の視線を受け止めた。


「私達はライザー達と共に2年前からベノム対策チームだったことは知っているだろう」

「は、はい……。そして、亡くなったライザーの皆さんの遺志を継ぎ、私達ユニオンナイトの発足に力を尽くしてくださったんですよね」


 香子が園田の言葉を肯定し、話を促す。今のユニオンナイト本部はそもそもライザーと彼らスタッフの本部でもあったという話は彼女達も聞いている。


「そうだ。だが、5thは最初の戦いでは最後まで生き残っていた。そして、奴は私達を裏切り、死んだと思っていた。全くもって忌まわしい話だよ」

「裏切った……。それってどういうことなの? あいつ、ベノムどもを殺す気満々だったように見えたけど」

「えぇ、それにベノムを駆除しようとする私達に手を出す気もないようだったし」


 その言葉に園田もそうだろうな、と頷く。


「5thは別にベノムを殺すことに関しては私達と袂を分けたのではないさ。あいつはな、エゴイストだったのさ」


 少女達は園田の言葉に首を傾げる。ベノムを倒すことが共通しているなら、裏切るような理由はないはずだ。それなら何を指して5thを裏切り者と呼ぶのだろうか。


「そもそもだ。日本政府はライザーを英雄として祭り上げている。まぁ、世界各国どこも似たようなものだが。事実、1stから4thまでのメンバーは顔写真まで公開され、国を守った英雄として認知されているだろう」


 ベノムという圧倒的な星の脅威に対し、人々は英雄を求めた。そして、お誂え向きにライザーが現れた。科学の発展した現代メディアにおいて、彼らを英雄として讃えるのはそう難しいことではない。


「そんな英雄の中で、国と方針の違いで別行動を始めたライザーなんて取り上げてみろ。国と英雄は協力関係が築くことができてないと人々は考え、国の求心力を低下させることになるだろう。ベノムどころではなくなる可能性も考えられる。何より5thを旗印にクーデターなんぞ起こされてみろ。目も当てられんだろう」

「でも、それならあたしたちにだけでも教えてくれてもいいんじゃ……」

「そもそもデータがないというのもあるがな。奴は私たちの元から離れる直前に自分に関するデータを破壊して回り、そのままベノムを始末しに向かって消息を絶った。最後に奴を私たちが発見したときには全身から血を流し、腹には風穴が空いているような状態だったんだ。遺体こそ見つからなかったが、死んでいると考えたのもそこまでおかしな話ではないだろう?」


 そこまで話し、園田はこれ以上話すことはないと言わんばかりに踵を返し本部を後にした。これ以上話す気はないという意思表示でもあるのだろう。それは確かに少女達に伝わっていた。










 ユニオンナイトの3人はあれから訓練を終え、政府によって用意された宿舎に戻っていた。そして、香子の部屋に集まり、園田司令官が話していた内容について考えを述べ合っていた。


「どう考えてもまだ何かを隠してるでしょうね」

「だよね〜」


 凪の言葉に朱美も頷く。そこにキッチンでお茶を入れていた香子も話に加わる。


「そうだね……。口頭で私たちに伝えてもいいわけだし、反面教師として話題に出すくらいはしてもいいもんね」

「あたしたちが口を滑らすとでも思ってるのかなぁ」

「まぁ、朱美に関しては間違ってない懸念ではあるけれどね」


 凪がお茶を飲みながらサラッと朱美に皮肉を言うと、朱美はウガーッと怒る。香子もあははと笑うだけで、フォローはしないので凪と似たようなことは考えたらしい。


「それに5thの件って裏切りと言うには、どうもしっくりこないのよね」

「そうなんだよね……。ベノムと戦ってくれるのなら別にそこまで問題でもないよね」

「多分だけど、もうちょっと根本的に政府と溝ができたんだろうね。あの5thって人、協調性なさそうだし」


 ああでもない、こうでもないと考えを好き勝手に言い合うが、結局話は特にまとまらず、朱美が話を打ち切る。


「まぁ、協力はできなくてもベノム退治をしてくれるってんならこっちも助かるし、深く考えても仕方ないでしょ」

「結局、そう思うしかないもんね……」


 3人でウンウンと頷き合い、話題は移り変わり、きゃいきゃいと盛り上がっていく。その中でふと凪が5thについて気になっていたことを2人にこぼす。


「そう言えば2人はあの5thの声って、何か聞き覚えとかないかしら? 私、どうにもどこかで聞いたような気がしてならないのよね」

「う〜ん……、どうだろう。私はあんまりないかなぁ。それにあの5thさんヘルメットや兜を被ってたから、くぐもって聞こえたから……」


 香子が凪の言葉に真剣に悩んで返す横で、ニヤァッと小憎たらしい笑みを浮かべて朱美がからかうような声音で凪をいじり始めた。


「えぇっ、もしかして凪ってばあの人のこと気になるのぉ??」

「腹立つわね、叩くわよ」

「もう叩いてんじゃん!? 何、そのスピード感!?」

「しょうがないでしょ、朱美が意味の分からない言葉を喚き散らすんだから」

「意味は分かると思うんだけど……。まぁ、恋愛にすぐ絡めようとするのは朱美ちゃんの悪い癖だよね」


 結局、その後は3人で戯れあって、夜も更けていったので凪の言葉は流されていった。


「どこで聞いたことあるのかしら……。ああいう話し方の人とは関わりもなかった気がするのだけれど」


 しかし、その疑問は凪の頭の中でなぜだか引っかかり続けていた。

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